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第百十五話「起きて、お母さん」

 夫人は、即時型の海老過敏症シュリンプアレルギーだった。

 しかもその反応は非常に鋭敏であり、場合によっては海老シュリンプの匂いを嗅ぐだけでも呼吸停止してしまうほどの重度な症状が出るという。


 夫人が倒れたあの後。

 とにかく必死になって夫人に治癒魔法を掛け続けていた俺は、伯爵からそれを聞いて即座に水魔法を使い夫人の胃から過敏症アレルギーの原因物質である海老シュリンプを洗い流した。


 それからのことは、あまりよく覚えていない。

 ただ俺は過敏症アレルギーの原因を取り除いたあとも、とにかく必死になって夫人に治癒魔法を掛け続けていた。


 そして、それから数時間後の夕方。

 夫人の目が覚めたあと。


「私、今までずっと……夢を見ていたわ」


 寝室でベットに横たわる夫人を囲むようにして、伯爵、ダニエル、俺の三人は彼女の話を聞いていた。


「でも、日を追うごとに夢はどんどん浅くなって……私、気づいてたのよ。もう少しで目が覚めるんだって。もう夢が見られなくなるんだって」


 夫人の目元から一筋の涙が流れる。


「でも私は、目を覚ましたくなかった。ずっと幸せな夢を見続けていたかった。だから私、リーズが手料理を作ってくれて、しかもそれが海老シュリンプを使ったものだって気づいた時……きっと神さまが願いを叶えてくれたんだって、そう思ったの」


 幼い頃に海老過敏症シュリンプアレルギーだとわかって以来、夫人はずっと高級食材であり、非常に美味だと言われる海老シュリンプが食べれなくて悔しい思いを抱いていたという。


「ただ……さっき気を失ってる時にね、言われちゃったのよ。『起きて、お母さん』って……」

「…………」

「ねぇ、アナタ……お名前は?」

「……ミコト、です」

「ミコト……」


 夫人はベットの上で体を起こし、涙を流している俺の頬に優しく手を添えた。


「ごめんなさいね……自分勝手なお母さんで……」

「ぁ……」

「もう、自暴自棄になったりはしないから……お母さんのこと、許してくれる?」

「……お母さん」

「なぁに、ミコト」

「……お母さん」

「そうよ」

「……お母さん!」

「もう、泣き虫ねぇ、ミコトは……」


 俺の頭を優しく抱き寄せる夫人。


「目が覚めても、アナタは私の子よ、ミコト。私は……そう思って、いいのよね?」

「う……うぐっ……ぐすっ……うああ……おがあざん……」

「あら……アナタがそんな泣いてると、私も泣けてきちゃうわ……ちょっと」

「な、なんだマリアンヌ?」

「今まで迷惑掛けて、ごめんなさいねアナタ……でも、今は席を外してくれないかしら?」

「あ、ああ……すまない。気が利かなかった。行くぞ、ダニエル」

「父上?」

「男は退室だ。……どうしたミコト?」

「ぐすっ……え……?」

「どうしたの、ミコト。アナタは出て行かないでいいのよ。女でしょう?」

「うぅ……うぐぅ……そうだったぁ……」

「もう、変な子ねぇ……」


 一度離れかけた俺を、再び抱きしめる夫人。


「リーズとは似ても似つかない、私のもう一人の、愛しい娘……」







 ◯







 夜。

 夫人が寝たあと。


 俺が夫人の寝室から出ると、廊下ではダニエルが壁に寄り掛かり、腕を組みながら待ち構えていた。


「おい、貴様」

「……はい」

「あれはなんのつもりだ? 母上を殺そうとした挙句、命を助けたことはまだしも、母上に延々と抱きついて泣き腫らすとは」

「…………はい」

「あのような茶番……父上、母上はあれで騙せるかもしれないが、この僕は騙されないぞ。この詐欺師が」


 ダニエルはおもむろに懐から短剣を取り出して、俺の首に添えた。


「相手を殺そうとし、それを自分で助けて信頼を得るなど……極めて悪質な詐欺、犯罪行為だ。伯爵家次期当主として、この僕が成敗してくれる」

「…………」

「どうした詐欺師。抵抗しないのか」

「……ごめんなさい」

「なに?」

「…………ごめんなさい」

「……ふん」


 ダニエルは俺の首から短剣を離し、懐へと仕舞った。


「中々に上手い演技だな。まるで本当に落ち込み、反省しているように見える」

「…………」

「ふん……今すぐ貴様を処分するのも面倒だからな。当面はせいぜい、その演技力で父上と母上を騙すがいい」


 俺から離れてこちらに背を向けるダニエル。


「……一階に貴様の食事が用意されている。父上の配慮を無駄にするなよ。それも貴様の仕事だ」


 そう言ってダニエルは廊下の向こう側へと去っていった。










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