第百十四話「夢の終わり」
そして昼食時。
「お待たせしました!」
俺はそう言いながら他の料理を運ぶメイドたちと一緒に食堂へと入り、トレイに乗せた海老グラタンを伯爵、夫人、ダニエル、自分の席に置いていった。
「おやリーズ、自分の部屋に行っていたのでは……その格好は?」
「驚いた? 実はねー、今日は私、コックさんだったのです」
「おお、ではまさか、このグラタンはリーズが作ったのか?」
「そうだよー」
俺は伯爵と話しながら白いコックコートを脱いで帽子を取り、自分の席へと座った。
ふと視線を正面に向けると、わざとらしい笑顔でグラタンの匂いを嗅いでいるダニエルが目に入った。
「どうしたの? お兄ちゃん」
「ああ、大したことじゃないよ。ちゃんと食べれるものなのかな、と思ってね?」
「ふふ、面白い冗談だねお兄ちゃん!」
俺はテーブルの下からダニエルの股間に向けて手から水鉄砲を放った。
「うわあ!?」
「どうしたダニエル……うっ、お前、それは……?」
「ち、違います父上!? これはその、そ、そう! 水をこぼしたんです!」
「そ、そうか……」
「いや、本当に違いますからね父上!? と、ともかく着替えてきます!」
「ああ……食事前だ、しっかり洗うんだぞ」
「ぬ、濡れ衣だ……!」
ダニエルはそんなことを言いながら食堂から出て行った。
うん、まさに濡れ衣だな。
上手いこと言うじゃないか。
いやぁ、水魔法って便利だなぁ。
「…………」
「……どうしたの? お母さん」
俺の隣でジッと目の前に置かれた海老グラタンを見つめている夫人に声を掛ける。
「あ……いいえ、なんでもないのよ、ちょっとビックリしちゃって。リーズ、これ、本当にアナタが……?」
「そうだよ! どう? 美味しそうでしょ?」
「ええ。本当に、美味しそう……ごほっ、ごほっ」
「だ、大丈夫お母さん?」
急に苦しそうな顔で咳き込み始めた夫人の背中をさする。
「ええ、大丈夫よ……うふふ、あまりにも美味しそうで、深呼吸したらむせちゃったわ」
「……ホントに?」
今のはそんな感じの咳じゃなかったと思うが……。
「ええ、ホントよ。そんなことより早く頂きましょう? せっかくリーズが作ってくれたグラタンが冷めてしまうわ」
「どうしたのですか? 母上」
「なんでもないわ。ほら、ダニエルも戻ってきたことだし。ねぇ、アナタ?」
「……マリアンヌ?」
なんだか少し様子のおかしい夫人に対し、伯爵が訝しげな視線を向ける。
「ほら、アナタ」
「あ、ああ……『我らが母なる大地の神よ、今日の糧に感謝を』」
伯爵に続いて夫人、ダニエル、俺が祈りの言葉を復唱する。
「では、頂くとしようか」
「ええ、頂きましょう」
「匂いと見た目は大丈夫だが……」
「お兄ちゃんまだ言ってるの?」
それぞれがスプーンを手にして、海老グラタンの器に片手を添える。
どうやら俺の手作りだということで皆、一番最初に食べてくれるようだ。
作り手として嬉しい限りである。
さて、俺もさっそく食べてみよう。
味見をしてないから非常に楽しみだ。
とはいえグラタン自体は今まで何回も作ったことがあるため、間違いなく美味しいのはわかっているのだが。
そんなことを考えながらスプーンを手に取ったその時。
「これは……!?」
グラタンを一口食べた伯爵が、ハッと何かに気づいたように目を見開いた。
「あ、お父さん気づいた? 実はこれ、王国海老をふんだんに使ったグラタ……」
「マリアンヌ!!」
伯爵は俺の言葉を遮って立ち上がり、前のめりになってスプーンを持った夫人の腕を掴もうとした。
だが夫人は腕を引いてそれを避け、グラタンをすくったスプーンを口に入れた。
「マリアンヌ!?」
唐突に伯爵が夫人の頬を叩く。
「お、父さん!?」
「吐けっ! 吐くんだマリアンヌ!!」
俺の言葉を無視して夫人に掴みかかり、その口を開かせようとする伯爵。
だが夫人は自分の口を両手で塞いでうつむき、頑なに言うことを聞こうとしない。
「え……え? な、なに……?」
目の前の光景に頭が真っ白になる。
なにが起こってるのかまったく理解できない。
「あ……」
――そして真っ白な世界がスローモーションで動く中。
ゆっくりと。
夫人が床に倒れ込んだ。
「……お母さん?」
俺の足元に倒れ込んだ夫人の顔と喉は、無数の赤い斑点で覆い尽くされていた。