第百十三話「王国海老」
手料理を作ろう、と決意した次の日。
俺は朝食後『ちょっとやることがあるから』と皆に言って自室へと戻る……フリをして、屋敷内の厨房に来ていた。
「お嬢様……本当に大丈夫ですか?」
「だから大丈夫だってば。あなたはいつも通りの仕事をして。誰か来たら私はいないって言ってね」
「わかりました」
「それと、こっちは絶対に覗かないように」
俺は料理長に念を押してから、第一厨房室から普段は使われていない第二厨房室へと移動した。
「よーし、やるぞ!」
あらかじめ借りておいた料理長が着ているような白いコックコートに着替え、コック帽を被り、両手をよく洗う。
カウンターの上には食料庫と第一厨房室の冷蔵庫から持ち出してきた食材が並んでいる。
無限袋から各種調理器具も取り出して、準備は万端である。
「ふふ、皆驚くだろうなぁ」
鼻歌を歌いながら手早く玉ねぎ、マッシュルーム、ジャガイモの下処理を進めていく。
今日作るのは海老グラタンだ。
なぜ手料理に海老グラタンを選んだのかというと、これには色々とワケがあるのだが、一番の理由としてはやはり『夫人が食べたそうにしていた』からである。
あれはいつだっただろうか。
中庭で紅茶を飲みながら佇んでいる夫人の元へ俺が近寄ろうとした時。
夫人が遠い目でふと、『海老……』と呟いたのだ。
俺はその一言ですべてを察した。
実はこの世界、海老はかなりの高級食材である。
元の世界で海老というと小さい海老が脳裏に浮かぶが、この世界の海老に小さいものは存在しない。
基本的に海老と言ったらイメージ的には伊勢海老みたいな感じのデカイやつのことを指す。
元の世界でも伊勢海老とかは高級食材扱いだったと思うが、この世界では更にその傾向が顕著、というより他の高級食材と比べると別格と言っていいぐらいに高い。
この海老は王国で取れるからか王国海老と呼ばれているのだが、なんと平均して安いものでも大金貨一枚(十万)、高いと大金貨十枚(百万)というお値段だ。
うん。
どう考えても、領地経営が厳しい今の伯爵家が食卓にポンと出せるような食材じゃない。
いや、領地経営が苦しくても俺を雇うぐらいの財力はあるのだから、記念日とかには出そうと思えば出せるのだろうが、少なくとも普通のなんてことない日にはまず食べれない食材だ。
なんでこんなにバカ高いのかというと、この王国海老が取れる磯が複数のAランク魔物が出没する非常にリスキーな危険地帯であり、漁獲するにはこれまた高い代金を冒険者や傭兵に払って護衛してもらわなければならないからなのだ。
だから平均大金貨一枚、高いと大金貨十枚という値段は、実はちゃんとした適正価格なのである。
何ヶ月か前に漁師たちから護衛依頼を受けて、その働きぶりを見たことのある俺が言うんだから間違いない。
まあ俺は昨日の夜、自分で取ってきたからダダなんだけどな。
この世界には漁業権とかないから問題ないし。
夜だからか巨大なタコやらイカやら魚人やら様々な魔物が襲ってきたが、それらは自重なしの広範囲にわたる紫電の『放電』で返り討ちにした。
そして無事王国海老を取ってくることに成功した俺は今、それを贅沢に使った海老グラタンを作っているというわけだ。
……なぜグラタンという形を取ったのかというと、正直なところ、王国海老を使用できるそれ以外の料理にはあまり自信がないからである。
まあ王国海老なら大した調理をしなくても美味しいのだが、そのまま出すのはちょっと寂しいからな。
それにグラタンの場合、食べてみてその時初めて『王国海老を使っている』ということがわかる、という点もいい感じだ。
いわゆるサプライズ、というヤツである。
「ふぅ……」
そして調理を始めて三十数分後。
海老グラタンの仕込みが終わった。
ホワイトソースとかは第一厨房室の冷蔵庫から持ち出してきたとはいえ、一応材料の下処理から始めているからな、時間的にはこんなものだろう。
むしろこれでも相当に手早い方である。
まあマカロニ茹でたり、野菜をオリーブオイルで炒めたり、王国海老に軽く火を通したり、そんな大した調理はしてないんだけどな。
「オーブン入りまーす」
そんなこんなで四人前の海老グラタンをオーブンに入れて加熱を開始した。
一時間ぐらい掛けて弱火でじっくりと焼き上げ、最後の数分で一気に火力を上げて焦げ目をつけるのがコツである。
最初から火力が強いと表面だけ焼けて中までアツアツにならないからなこのオーブン。
そう、実はこのオーブン、俺の持ち出しなのである。
普段は無限袋の中に仕舞ってあるのだが、結構いい品なのだ、これは。
消費型の火魔石を使用するから維持コストが半端ないのだが……購入時の金額の方がもっと半端ないことは秘密だ。
しかし、こんなものばっかり買ってるから俺はお金が貯まらないんだよな。
スフィいわく、普通Aランクになるぐらい依頼達成しまくってたら相当な金額が貯まっているはずなのだが……まあ、うん。
これからは貯金しよう。
「さて」
家族の分は作り終わったから、今度は伯爵家に仕える皆の分を作るとしますか。
俺は執事を始めとした使用人が何人いるか思い出しながら、再び食材の下処理を開始するのであった。