第百十一話「本番」
ダニエルを担いで空へと飛び立った俺は、屋敷から遠く離れた平原に降り立った。
「おい、起きろ」
「う……うぅ……?」
ダニエルの縄を解いて、自由にしたのちペシペシと頬を叩いて起こす。
ちなみに治癒魔法を全身に掛けておいたからダニエルの体調はすでに万全のはずである。
「ここは……?」
「いつも狩猟に行く途中で通る平原だ。一応まだ伯爵領内だよ。遠いけどな」
俺はそう言って準備しておいた剣を鞘ごとダニエルに放り投げた。
起き上がったダニエルがそれを訝しげな顔で受け取る。
「……これはなんのつもりだ?」
「俺の剣だ。言っとくが貸すだけだからな。丁寧に扱えよ」
「そういうことを聞いてるんじゃない」
「決闘だよ」
「……なに?」
「未遂とはいえ何度も俺のことを殺そうとしたことだし、最初は徹底的に拷問でもしてやろうかと思ったが、よくよく考えたらおまえは一方的に痛めつけても逆に根に持ちそうな気がするからな。今から俺とおまえが戦って、負けを認めた方が相手の要求を聞くってことでどうだ?」
「…………」
「そんな考えるようなことじゃないと思うがね。それともそんなに俺が怖いのか?」
俺が肩をすくめて挑発するとダニエルは手に持った長剣を両手に握り、全身を迸るアニマで覆った。
「……ふん、いいだろう。先ほどは怪しげな術に惑わされたが、真っ当な勝負でこの僕が負けるはずもない。その決闘、受けてやる」
「怪しげな術って……両手首をちぎったのはただの握力で、治したのは治癒魔法だぜ?」
なにも怪しくないと思うが。
「ハッ、ただの握力と治癒魔法? あの悪夢が? そんなバカな話があるか。いいから早く武器を構えろ。一瞬でケリをつけてやる」
「いいや、俺は武器を使わねぇ」
「……なに?」
「素手だよ素手。おまえとは実力差がありすぎるからな。ハンデってヤツだ」
「フッ、単なる冒険者風情が。自分の実力を見誤ったな。貴族たるもの文武両道。当然ながらこの僕も、統治者として愚民どもに舐められぬだけの鍛錬を積んでいる。それを素手とは」
「御託はいいから掛かって来い。まずは正しい実力差を認識しろザコが」
「貴様……殺す!」
ダニエルは間合いを詰めながらこちらに向かって剣を振り下ろした。
だが俺は自分にそれが振り下ろされる直前に、剣の腹を手で軽く『押して』ずらした。
「なっ……なんだ!?」
結果、ダニエルは俺の左隣り、すぐ近くの地面に向かって剣を振り下ろすことになった。
「き、貴様今なにをした!?」
「剣の腹をこう、手で押してずらした」
「剣の腹を……? くっ、また怪しげな術を!」
怪しげな術って。
聞かれたから答えたんだが、コイツ全然理解してないな。
「セアァ!!」
「おっと」
急に再稼働したダニエルが横薙ぎに払った長剣を払われる方向に移動して避け、そのままヤツの背後に回り込む。
「ハッ!? ど、どこだ!? どこに行った!?」
「もしもーし」
「うわぁ!? き、貴様いつの間に後ろに!?」
「いや、普通に目の前で避けて、横から後ろに回り込んだってだけなんだが」
「怪しげな術を使うのはやめろ! 決闘なのだ! 正々堂々と戦え!」
「えぇ……」
自分が目で追い切れないものはすべて怪しげな術か。
ひどいなコイツ。
しかも人の話聞かないし。
「隙あり!!」
あきれていると、ダニエルがアホなことを言いながら袈裟斬りを繰り出してきた。
俺はその袈裟斬りを右手で掴み、止めた。
「なっ……!?」
「どうだ。これでも正々堂々じゃないってか?」
さすがにこれは目の前でやって見せてるし、怪しげな術もへったくれもないだろう。
「……あ」
「あ?」
「怪しげな術を!!」
「俺にこれ以上どうしろと」
一緒にしちゃ悪いと思うが、この頑なに現実を直視しない感じ、ちょっと夫人に通じるものがあるな。
やっぱり血の繋がった親子だからか?
「くっ、これがまともな戦いだったら……」
「わかったよ」
俺は土魔法を使って平原の土を圧縮し、アニマを込めて固め、一本の棒を作り出した。
棒とはいえその長さは大したことはなく、今ダニエルが持っている長剣と同じぐらいの長さである。
ダニエルが言い訳できないよう意図的にこの長さにしたのだ。
「言い訳できないように、ほぼ同じ条件で、ちゃんと目視できる速度でゆっくりと、相手してやる」
「フッ、なにを言っているのかサッパリわからないが、武器を手にするとは僕の実力に恐れをなしたのか?」
「誰か俺に通訳を頼む」
会話が成立しない。
「っていうかホント幸せな思考回路だよな。さっきの電撃で頭ぶっ壊れたか?」
「挑発には乗らないぞ。大体、貴様さっきからなんだその変な口調は。突然豹変して……ハッ、貴様もしや悪魔憑きか!?」
「妄想たくましいなぁ……」
そしてメガネのイケメン貴族という知的な風貌からは想像もつかないぐらいにバカっぽいなぁ……。
思い込みが激しいだけなのかもしれないが。
「悪霊退散!」
「はいはい」
この調子だと長期戦になりそうだな。
俺は『怪しげな術』などと言われぬよう、努めてゆっくりと動きながら斬り掛かってくるダニエルを迎え撃った。