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第十話「勇者ルート」

 後日。

 リーダーとの話し合いの末、二人で東の森へ魔物を討伐しに行ったことは秘密にすることになった。

 リーダーは初め正直に院長へ報告しようとしたのだが、俺が止めたのだ。


 たった二人で三百以上の魔物をほぼ殲滅したなんてことは普通誰にも信じてもらえないだろうし、しかもその八割方は俺が一人で倒している。


 こんなのは普通の人間にはまず無理で、可能となると伝説級の英雄や魔術師、もしくは勇者か魔王辺りじゃないと不可能である。

 つまり、今回の功績を信じてもらえたとしてもそれはそれで困るのだ。


 なぜ困るのか。

 それは俺が、幸運にも得ることの出来た二度目の人生を自分の生きたいように生きられなくなってしまう可能性が高いからだ。


 たとえば、俺が今回のことで一躍有名人になったとする。

 するとどうだろう、不思議なことに、俺はそのあと人助けスパイラルに巻き込まれ、残りの人生を人のために費やすことになるのだ。

 これはほぼ間違いないだろう。


 何も知らない人間からは『起こってもいない先のことがなぜわかるのか』と言われるかもしれないが、これは俺の前世から今に至るまでの流れを考えれば誰でも行き着く答えだと思う。


 こちらの世界に転生する際に『次はNOと言える日本人になる』とか決意しておきながら、俺は転生後から今現在にいたるまで、なんだかんだで人からモノを頼まれると断り切れていないのだ。


 なにしろ、魔物を殲滅した日から三ヶ月が過ぎた今、孤児院内では『困った時はイグナート』などという言葉が流行っており、力仕事はもちろん、ケンカの仲裁から日々の相談事、木材を売る際の商人との交渉から(隣に立ってるだけだが)果ては子どもの世話まで、孤児院の各部署から引っ張りダコなのだ。


 これまでも普通の人間と比べるとそれなりに頼み事をされることは多かったが、魔物が東の森から出て来なくなってからはそれが倍増していた。

 やはり今までは俺が魔物討伐戦闘での核となる人材ということで、皆多少は遠慮していたのだろう。

 いくら役に立つとはいえ、さすがにいつ戦闘に駆り出されるかもわからない人間を頻繁に所定の配置から外すのは危ないからな。


 そういうわけで、俺はどうしても目立ちたくないのだ。

 英雄はもちろんのこと、勇者なんてもっての他である。

 だから、


「勇者候補として、王都へと来てほしい」


 などと言われても困る。

 本当に困る。


「父さん、イグナートはうちの重要な戦力なんですから、勝手にスカウトされちゃ困りますよ」

「ガングレドの奴には話を通してある。あとは本人の意思だけだ。それとな、ウィンター。今日は仕事で来ているんだ。私のことは将軍と呼べ」


 藍色の髪をした渋いおっさんが俺の前に立つリーダーをたしなめる。

 ちなみにガングレドは院長、ウィンターはリーダーの名前だ。


「はぁ……将軍、だから、本人の意思も何も、イグナートは断ってるじゃないですか。いかなる権力でも、本人の意思に反して『選定』に加わることを強制することは出来ない。お忘れですか?」

「強制ではない。協力の要請だ」

「将軍がそんな怖い顔で『協力しろ』なんて言ったら、それはもう強制に近いですよ。やめてくださいそういう圧力をかけるのは。イグナートは気が弱いんですから」

「気が弱い……? 数百からなる魔物の巣を単独で壊滅させる力を持った強者がか……?」

「だからそれは噂です。噂。ここの人間が勝手に話しているだけです」

「ではいったい誰が魔物を掃討したのだ」

「知りませんよ。通りすがりの達人じゃないですか?」


 リーダーと将軍の視線がぶつかり、バチバチと火花を散らす。


 しばらくすると、このままでは埒が明かないと思ったのか将軍は大きくため息をついた。


「とにかく、だ。私はここに三日間滞在する。その間に、イグナート。君から良い答えが来ることを期待している」


 将軍はそう言ってこちらに背を向け、調査隊がテントを張る陣営へと戻って行った。


 ……さて、もう大体状況はわかるとは思うが、先ほどのようなやりとりをするに至った経緯は以下のような流れだ。


 魔物が一ヶ月以上東の森から出てこないという状況が、院長を経由して王国軍に伝わる。

 ↓

 しばらく様子を見たあと、王国軍で調査隊が組まれる。

 ↓

 三ヶ月ほど経った今、調査隊がやって来て東の森に入り、魔物の巣がほぼ壊滅状態であることを確認。

 ↓

 孤児院内での噂で、どうやらイグナートという巨人の仕業ではないかという情報を調査隊率いる将軍が入手。

 ↓

 俺、将軍に勇者候補として勧誘される。←New!


 ……いやもう、本当に勘弁してほしい。タイミングが悪すぎる。




 この世界には古来より魔王と勇者が存在する。

 それらの存在は往々にして強大な力を持っていて、たびたび世界を混沌に陥れたり、救ったりするわけだが、その長い長い歴史は今回の件について直接関係はないので省くことにする。

 すべてを語ったら日が暮れるからな。


 重要なのは、この国が勇者発祥の地で『勇者の剣』というモノが存在すること。


 そして十三年に一度、十三日間『選定』と呼ばれる儀式が行われ、その期間内に勇者が誕生するということ。


 更に、その『選定』の儀式がちょうど今日から始まるということだ。


 ……これで先ほど述べた『タイミングが悪い』という言葉の意味がわかってもらえたと思う。

 これはもう、俺の人生に何か目に見えない力が働いてるとしか思えないぐらいの状況である。


 ここでもし俺が今さっきリーダーが話していた通り『気が弱い』男だったら、十三日間の選定期間中にあの手この手で説得されまくり、半ば無理やり勇者候補として立候補させられただろう。


 だがしかし、俺は別に気が弱いわけじゃない。

 そりゃ家族も同然である孤児院の仲間たちに頼まれたら、多少は自分が嫌でも断りづらいが、今回のケースはまったく別だ。


 さすがに俺も赤の他人から自分の嫌なことを頼まれて、それを引き受けるほどお人好しではない。

 ……いや、まぁ、前世では赤の他人から色々と助けを求められ、それに応えることも多かったが現世では断固として拒否するつもりだ。


 とはいえ、この世に絶対というものはない。

 人の意思はうつろいやすいもの。

 今日決意していたことが明日には覆っている、なんてことは日常茶飯事だ。


 だからこそ俺は強行手段に出る。


「あれ、イグナート? ハルバードなんて背負って、何処か行くのかい?」

「え……えぇ、まぁ、ちょっと狩りにでも行こうかなー、と」


 挙動不審な俺をリーダーが訝しげな顔で見ている。

 ……まずい、さすがに行動を起こすのが早すぎたか。


 十三日間ぐらい旅にでも出て孤児院から離れていれば問題解決、説得のしようがないと思ったのだが。


「……うん、そうだね。確かに、イグナートは狩りにでも行ってた方が良いかもしれない。皆には僕が上手いこと言っておくよ」


 どうやらリーダーは俺の真意をわかった上で協力してくれるようだ。

 ありがたい……。

 この恩は必ず返そう。


「じゃ、行ってらっしゃい。父さん……将軍はせっかちで、そのうえしつこいからね。早ければ夕方にはまた勧誘に来るかもしれない。行くなら早めにここを出た方が……あ」


 リーダーが俺の後方を見て固まる。

 それにつられて俺も後ろを振り返ると、先ほど調査隊の陣営に行ったはずの将軍がこちらに向かって歩いて来ていた。


 いやいやいや……せっかちにも程があるだろ。

 断ったの今さっきじゃん……。

 そう思い辟易していたのだが、こちらに来た将軍の第一声は俺の予想とはまったく違うものだった。


「残念ながら、先ほどの話は無かったことにしてほしい」


 突然の前言撤回に事態を飲み込めない俺とリーダーに、将軍は言葉を続けた。


「勇者の剣を抜いた者が現れた。選定の儀式は、もう終わりだ」


 ……ええと、うん。


 そういうわけで。


 俺はなんだか拍子抜けするほどアッサリと、『勇者ルート』を回避したのであった。




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