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第百六話「家族」

「ごちそうさまでした。……お母さん?」

「リーズ……アナタ、お酒……強いわねぇ……」


赤い顔の夫人はそう言って、テーブルの上へ倒れるように()した。


「お母さん!?」

「ああ、大丈夫だよリーズ。いつものことだ。マリアンヌはお酒に弱くてね」

「そ、そうなんだ……」


ちなみに俺も夫人もまだ赤ワイン一杯しか飲んでない。

……夫人の中では赤ワイン一杯を飲んで倒れなかったらお酒が強い人扱いなのか。


その後、幸せそうな顔で寝ている夫人を伯爵は寝室まで連れて行って、再び食堂まで戻ってきた。


「改めて……ありがとう、フィエスタさん」

「え?」

「過去五年間、マリアンヌがこんなに嬉しそうにしているのは見たことがない」

「伯爵……」

「前途ある冒険者のキミにこんなことを言うのも心苦しいのだが……これからも、マリアンヌのことをできる限り支えてはくれないか?」

「……はい。私でよければ。その役目、謹んでお受け致します」

「う……む……」

「……伯爵?」


伯爵は苦虫を噛み潰した顔で笑いを堪えているかのような、なんとも言えない微妙な表情をしていた。


「いや……キミがリーズとして振る舞うことに慣れてしまったからな。キミにそんなかしこまった言い方をされるとなんだか……変な感じがするよ」

「ああ、なるほど。……ふふ、そんなこと言ったら私だって、今になって『フィエスタさん』なんて呼ばれるの変な感じがするよ。お父さん?」

「はは、それはそうだろうな」


伯爵は心底おかしそうに笑ったあと、ふと真面目な顔に戻って言った。


「しかし、その……なんだ。今更ではあるが、こんな急に外泊してキミのご両親は……」

「大丈夫ですよ」

「大丈夫……というのは?」

「いませんから。両親は」


俺は手元にあった二杯目のワインを飲み干して言った。


「私、孤児なんです」

「…………すまない、不躾ぶしつけなことを聞いた」

「いえいえ、ぜんぜん不躾じゃないですよ。この髪を見たら私が孤児だなんて、誰も思わないでしょうから。……ちょっとした事情があってこんな長い髪をしてるんです。別に、貴族をかたろうとしてるわけじゃないんですよ?」


この姿で孤児だと言っても大抵の人間は信じてくれないだろうから、普段は言わないだけだ。


「冒険者も特別なにか理由があってやってるわけじゃなくって、ただ単に生活費を稼ぐためにやっているだけです。だからそんな気を使わなくても大丈夫ですよ。私は身軽な人間ですから」


やろうと思えば明日にだって、この地を去りどこか遠くへ行くことだって出来る。

風魔法での超高速飛行があるから本当に『ちょっとそこまで散歩しようかな』って気分ですべてのしがらみを断ち切ることが出来るのだ。


……いや、しないけどね。

しがらみとは言っても、この姿になった時点で殆どのしがらみが一旦切れてるからわざわざ断ち切る必要もないし。

とはいえ過去の経験上、どうしても断ち切らないとマズそうだったら躊躇なくどこかへ逃げるけどな。

俺は元来、薄情な男なのである。


「そう、か……フィエスタさん……いや、ミコト、と呼んでも?」

「ええ、どうぞ」

「ミコト。身寄りがないというのであれば……キミさえよければ、この家の養子に」

「ダメですよ」


俺は首を左右に振って答えた。


「私は、あなた方の娘ではありません。リーズではないんです」

「ミコト……」

「それに伯爵、気づいているでしょう? 夫人は今、回復に向かっています。もし夫人が完全に目を覚ました時、現実を直視した時、自分の娘がいつの間にか他人の娘に成り変わっていたら?」

「……それは」

「一時的にならいいです。ちゃんとしたギルドを通した依頼ですから。もしかしたら、夫人も私にお礼を言ってくれるかもしれません。ですが養子となると話は別です。私のことをハッキリと『自分の娘ではない』と認識した夫人が、私と一緒にいることを望むでしょうか? ……自分の娘とは似ても似つかない、私と」

「…………」

「私は自分の分をわきまえています。私は、あなた方の娘にふさわしくありません」


俺はそう言って席を立った。


「でも、ありがとうございます。養子にすると言ってくれて……嬉しかったです」

「…………」

「それでは、また明日。……おやすみなさい、伯爵」


俺はそのまま伯爵に背を向けて、割り当てられた自分の部屋へと歩き出した。







その日から俺は毎日、伯爵家に泊まるようになった。

昨日に引き続いて時季を正確に把握した夫人が、俺を屋敷に引き止めたからだ。


そしてこれまでの一週間と同じような日々が始まった。

……いや、大体の流れは一緒だが、正確には同じような日々じゃないな。


毎日伯爵家に泊まるようになって、今まで以上に夫人と一緒にいる時間が増えた。

それに、夫人の発作的に起きる癇癪の頻度が今までとは比べ物にならないぐらいに減った。


穏やかに過ぎる日々。

始めの数日は夫人とだけ過ごしていたが、そのうち伯爵と一緒に過ごす時間も増えていった。

どうやら伯爵の仕事も少し遅い夏休みに入ったらしく、基本毎日家にいるようになったからだ。


それからは伯爵、夫人、俺の三人で様々なことをした。

今までと同じ紅茶を楽しみながらの雑談やホールでのダンス練習、カードゲームや楽器の演奏などに加え、乗馬や釣り、狩猟や剣術の稽古など、伯爵と一緒ならではのアウトドア系な趣味もするようになった。


しかし乗馬や釣りを夫人が一緒にやったのは意外だった。

夫人も昔は結構アクティブな人だったのかもしれない。

さすがに狩猟や剣術の稽古は俺と伯爵がやっているところを見物しているだけだったが。





平穏だった。

平和だった。

いつの間にか、仕事だということを忘れていた。


楽しかった。

幸せだった。

まるで……本当の家族のようだった。


でも、だからこそ、終わりを迎えるのが怖かった。

夫人は日に日に元気になり、発作はどんどん減っていった。


もし夫人の症状が完全に回復したら。

俺はもうリーズではいられない。

二人の子供ではいられない。


それが……本当に怖かった。










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