第百一話「指名依頼」
スフィとのパーティーを解散してから三週間が経った。
パーティーを解散したとは言っても、週一で剣術を教えてもらっているため疎遠になったという感じはしない。
スフィとは一ヶ月ほどずっと付きっきりだったのでちょっとした喪失感というか、寂しさはあったが、それも徐々に薄れていった。
人間は慣れる生き物とはよく言ったものだ。
まさにその通りだと思う。
よくも悪くも、同じようなことが続けば感覚は麻痺していく。
だからだろう。
「お嬢ちゃんに指名依頼だぜ」
なんて、もう内容を聞くまでもなく厄介事だと推測できるような言葉を耳にしても、俺が動じるようなことはなかった。
せいぜい『ああ、またか』ぐらいに思った程度だ。
「お断りします」
「おう、そうか。了解」
「……あれ、いいんですか? 断って」
冒険者ギルドのカウンターにて。
唐突に切り出された話を条件反射で断ったのはいいものの、内容さえ聞かずに断れたのが逆に気になってしまった。
「いや、まあ別に指名依頼は強制じゃないからな」
「でも私を指名するということは、私でなくてはダメということなのでは?」
「あー、いや、これはちょっと特殊な指名依頼でな」
「特殊な指名依頼?」
「えーと、だな……」
モヒカン男は手元の資料を見ながら話し始めた。
「冒険者歴が一年未満で、なおかつ十五歳以下の女冒険者……というのが条件で、それさえ合致していれば本当のところは誰でも受けられる依頼なんだ。ただちょっと事情があってな。情報公開はしてなくて、基本的にギルドが人員を選別して指名依頼という形を取らせてもらってる」
「は……? それはなぜですか?」
「いや、その事情は依頼人のプライバシーに関わる部分だからな。それは言えない」
「はあ……そうですか」
怪しいな。
とても凄く怪しい。
モヒカン男があまり乗り気じゃないのがそれに拍車を掛けている。
「ただこれは別にお嬢ちゃんがやらなくてもいいような仕事だからな。今のところ他に空いてる該当者がいないから一応義務として声を掛けたってだけだ。嫌だったら受けなくても……」
「依頼の内容は?」
「う、受けるのか……?」
「どうでしょう。内容次第ですね」
なんだろうな。
こう、グイグイ来られると逃げたくなるが、逆に引かれると追いかけたくなるこの気持ち。
不思議な感覚である。
「内容は、とある伯爵夫人の話し相手だ。時間は十三時から十八時までの五時間。他に来客がなければ毎日行ってもいいことになってる。今のところ終了時期の決められていない、継続型の依頼だからな」
「……話し相手、ですか?」
「ああ、話し相手だ」
「たったそれだけ?」
「それだけだ。言っとくがな、面白くない仕事だぞ。お嬢ちゃんみたいな有能な冒険者がやるような仕事じゃない」
モヒカン男はしかめっ面で、手に持つ資料をカウンター内の引き出しに仕舞った。
うーん……情報公開していない点といい、簡単過ぎる依頼内容といい、モヒカン男の態度といい、凄く、凄く気になるなぁ……。
「報酬はいくらですか?」
「……一回の訪問で金貨一枚だ」
「金貨一枚!?」
おいおい、昼過ぎから夕方までの五時間で金貨一枚って!
日本円換算したら金貨一枚は五万円ぐらいだぞ!
どんだけ割のいい仕事だよ!
一気に怪しさが増したわ!
「破格だがな、それだけの理由もある。守秘義務があるからその理由までは教えられないが参考までに言っておくと、この依頼を一週間以上続けることができた冒険者はいない。最初に依頼が出された五年以上前からな」
「それは……」
「もちろん依頼主側から継続を拒否されるというケースも多いが、それ以上に依頼を受けた冒険者が『自主的に』依頼継続を断るケースも多い」
「…………」
……なるほど。
ただ割のいいだけの仕事ではない、ということか。
「だから、なにもあえてお嬢ちゃんみたいな……」
「受けます」
「話を聞けよ……」
なんだろう。
モヒカン男に止められると、ますますこの依頼を受けなくちゃという気になってくる。
本当に不思議なものだ。
「いやだって、気になるじゃないですか。ここまで聞いたら引き下がれませんよ」
「いや、普通は止めたら引き下がるだろ……」
「そうですか?」
「そうだよ……ああ、そういえばお嬢ちゃんはオレが止めて引き下がったことなんて、今まで一度もなかったか……」
「そういえばそうですね」
言われてみればそうだ。
冒険者になって初の依頼でも、初の戦闘系依頼でも、その他でも、ムチャだとされた依頼は今まで幾度と無くモヒカン男に止められてきたが、一度だって俺が引き下がったことはなかった。
なんだろうな。
そういう法則でもあるのかもしれない。
「はぁ……もったいない……お嬢ちゃんにはもっと、お嬢ちゃんにしかやれない仕事があるのに……」
「別にずっとその依頼を継続するって決めたわけじゃないですよ。やめようと思えば一日でやめられるんでしょう?」
だからこそ今回依頼を受ける気になったのだ。
ちょうど手頃な依頼も達成しつくして暇な時期だったしな。
それに当初は元の姿に戻るまで一年間遊んで暮らそうとでも思っていたが、よくよく考えたら将来もしかしたら今の力を失うかもしれない俺のことだ、今のうちに稼げるだけ稼いでおいた方が安心である。
言うまでもない当たり前の話だが、お金はないよりあった方が断然いいからな。
「いやまあ、そうなんだが……」
「じゃあ問答は無用ですよ。はい、ギルドカード」
「ああもう、わかったよ……でもな、早く戻ってこいよ? お嬢ちゃんは数少ない貴重なAランク冒険者なんだ。もっと他にやるべき仕事があるんだからな?」
「わかってますよ」
こうして、俺は初の指名依頼を受けることになった。