プロローグ「真紅の光」
つい今さっき、通り魔に襲われてた女子高生を助けた俺は、アスファルトに血の海を広げながら倒れていた。
享年二十六歳。
一人の男の人生が、今ここで幕を閉じた。
――完。
(それにしても……あっけない最後だったなぁ)
俺は霊魂的な存在となり、血の海に倒れる自分の死体を眺めながらそんなことを考えていた。
通り魔が振るった包丁で首を一閃。ほぼ即死だった。
(しかも人を助けて死ぬとか、予想通り過ぎだろ俺)
そう、予想通りなのだ。
俺は今までの人生、なんでか知らないが人を助けるような出来事が多く、そしてその大半が俺にとって不幸な結果となって返ってきていた。
生まれも育ちも児童養護施設で、高校生になってからはバイト三昧だったが決して裕福ではなく、更に言えばドチビでメガネ、ひょろくて童顔な俺なのに、何かと人に頼られることが多かったのだ。
そして十九歳になり施設を出て就職して、現在に至るまで勤めていた場所も、生まれ育った児童養護施設である。
これも施設の人に頼み込まれた結果だ。
……まぁ、頼られてとか頼み込まれてって言うと聞こえが良いけど、実際は良いように利用されてたというだけなんだろうなぁ。
結果だけ見ると典型的なNOと言えない日本人だし俺。
自分としては特に意思が弱いわけでも、ましてやお人好しなわけでもないと思っているのだが。
ただそれも死んでしまった今となってはどうでも良いことだ。
せいぜい、来世ではNOと言える日本人になれることを祈ろう。
日本にまた生まれ変われるのか、そもそも来世があるのかどうかもわからないけどな。
ちなみにさっき助けた女子高生は無事に大通りへ逃げ切り、何を思ったか彼女を追いかけた通り魔は、たまたまそこに居合わせた通行人であるスキンヘッドの屈強な大男に顔面パンチを食らいノックダウン。
その後、大男によって地面へ押さえつけられていた。
それからどうなったのかは見ていないが、あの状況じゃおそらく警察に捕まっただろう。
めでたしめでたし、だな。
……俺以外。
それから事の顛末を見届けた後。しばらくすると俺(霊魂)は上空へと浮かび始めた。
浮かばずに地上へ留まれるか色々試してみたが、どうやら抵抗は出来ないらしい。
これが成仏ってヤツなのかもしれない。
(……で、これ、どこに向かってるんだ?)
そんなこんなで大気圏を突破し、今、俺は小さな光となって宇宙空間を漂っていた。
背後に(もはや正面も裏もないけど)地球が見える。
特に自分では何も意識していないのに俺の行き先はすでに決まっているようで、俺はどんどん地球から遠ざかっていった。
そして背後の地球がすっかり見えなくなった頃。
(うわ、なんだあれ、凄いな)
無数の小さい光が渦巻く銀河のようなものが見えてきた。
現在位置とどれくらい距離が離れているのかはわからないが、ぱっと見で凄まじく巨大であろうことは推測できる。
アレか。
アレが噂のアカシックレコードか。
いやそれは違うか。
グレイトスピリッツってヤツか。
すべての魂の集まる場所なのか。
まぁ多分そんな感じの何かだろう。
俺あそこに向かってるっぽいし、周りにも同じように光の渦に向かって進んでる魂的な光がいっぱい浮かんでるし。
あの中に入ったら転生とか出来るのかね。
(あぁ……もし生まれ変わるなら、次はドチビじゃなくてデカくなりたいなぁ)
今までの人生、チビで良いことなんて一つも無かった。
いや、多少はあったかもしれないが、思い出せないぐらいに悪い記憶の方が多い。
そもそも今回死んだのだって背が低かったのが原因だ。
通り魔は俺の首を狙ったというより、ただ単に包丁を横に薙ぎ払ったという感じだった。
つまりその先にたまたま俺の首があったのである。
俺はあの時、生地が硬めの外套を着ていたから、包丁が首ではなく肩らへんに来れば即死とまではいかなかったに違いないのだ。
(それにしても、ほとんど人の為に生きてるような人生だったな)
死ぬ間際までこれなのだから、今回はそういう運命というか、そういう星の元に生まれたのだろう。
(転生とかしたら、次は絶対自分のために生きよう……ん?)
なんか前の方で、赤い光が近くにいる白色の光(多分俺と同じ魂的な存在)に寄り添ってふわふわとその周りを浮遊していた。
鮮やかな赤い光……いや、赤っていうより真紅だなあれは。なんだアレ。あれも魂か?
(あ、離れてった)
今まで寄り添っていた魂から離れ今度は別の魂にまとわりつく真紅の光。
何をやっているのかはわからない。
わからないが、なんとなくまとわりつかれた魂は嫌がっているように見える。
(……なんか凄く嫌な予感がする)
そして予感は的中した。
いくつかの魂にまとわりつき、その度に嫌がられたのであろう真紅の光が今度は俺の方にやってきたのだ。
するとなんだろう、なんとなく、真紅の光の意向というか、お願いみたいな意思が伝わってきた。
――自分について来て欲しい。悪いようにはしないから。
いやいやいや……。
それ絶対ついて行っちゃダメなヤツじゃん……。
完全に意思の疎通が出来るわけではないのか、真紅の光からは細かい事情が伝わってこない。
ただ、誰かがついて来てくれないと非常に困る、今まさに困っている、ということだけは伝わってきた。
(でも残念だったな。生前だったらいざ知らず、今の俺はついさっきNOと言える日本人になると決めたばかりなんだ)
連続で断られまくってるようだから可哀想ではあるが、他を当たってくれ……と、俺の周りを浮遊する真紅の光に念を送ったら、あろうことかコイツからは、
――ついて来てくれるまで絶対に離れないし、どこにも行かせない。
というような念が返ってきた。
……うん。
きっと、今まで他の魂に同行を断られていたのは粘り強さが足りなかったからだと思うから、その作戦は間違ってない。
間違ってないけどさ。
でも残念、やる相手が間違ってる。
(今回は、絶対にNOを貫き通す……!)
魂だけになってなお、良いように利用されてたまるか。
今までは状況的にしょうがない時が多々あったけど、今はもう何も失うモノなんかない。
とことん戦ってやる。
そう決意した時、真紅の光から伝わってくる念があからさまに変わった。
威圧的なものから、友好的なものへと。
具体的には『絶対離れない、絶対離れない』から『良いことあるよ、良いことあるよ』みたいな変化だ。
(良いことってなんだよ……)
俺にとっての良いことは、記憶をそのままにちゃんと人間として転生とか、体格に恵まれる遺伝子で生まれるとか、そういうことだ。
お前にそれができるのか?
そう念を送ると、『できる、できる』と返ってきた。……マジで?
じゃ、じゃあついでに、イケメンで、お金持ちで、女の子にモテモテな運命に生まれさせるのは?
『……、……』あ、そこまでは無理なんだ……。そうか……。うん、でもそうなると、悪い話じゃないかもしれない。
俺がコイツの要求をのむとしても、ちゃんとそこに代価があるのならそれはギブアンドテイク。
良いように利用されてるわけではないのでなんの問題もない。
問題は、コイツが信用できるのかどうかということだが……。
(まぁどうせ一度死んだ身だし……騙されたつもりでこの話、乗ってみるか)
よし、連れてってくれ!
そう念を送った瞬間、俺は真紅の光に包み込まれ意識を失った。