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揺らぐ太陽の韻律  作者: みえさん。
第七章 精霊は玉響に
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18

「兄上!」

「すぐ、でないのなら猶予もある。発芽させたところでユク以外のものが出来るなら後生大事に持っていたとしても無意味だ。ライラの言うように害になるくらいなら、いっそ燃やしてしまった方が良いだろう」

「それは……そうですが」

 納得は出来る、だが不安だという風にユリウスは目を伏せた。

 ライラは窺うように彼を見る。

「いいのね?」

「かまわん。やってくれ」

 俺の気が変わらないうちに、と付け加えられる。

 彼自身も迷ったのだろう。彼は燃やして欲しいという言葉と、助けて欲しいという言葉を両方聞いている。彼女も迷っていたのか、或いはもっと別の意味があるのかは分からない。ただ、これを燃やしてしまって、この国にどんな変調があるかわからない。

 無論、何もないかもしれない。けれど、取り返しの付かないことにもなりうるのだ。

 けれど、王が決断したのだから、ライラに反対する理由はない。

 もともとこの写本を燃やすためにこの国を訪れたのだから。

「出来るんですか、姫さん」

 コルダに聞かれてライラは悪戯っぽく笑う。

「ティナの十三はその方法を知っている、のよ」

「方法とは?」

「理論上は不可能な方法、光と闇との混合魔法」

 一同に緊張が走る。

 魔法知識に乏しいイディーが瞬いた。

「不可能なのか?」

「兄上……」

 呆れたようにユリウスが頭を抑える。

「光と闇は対極にあるもの、混ざり合うことは出来ません」

「だが氷と炎が同時に存在することもあるだろう。それと同じで光と闇も同時に存在できるのではないのか?」

「確かにそう言う考えもありますが、氷と炎はそう、例えば」

 ユリウスはエンブレムを外して手のひらに載せる。

「氷と炎は同じ面の上に存在します。それ故に交わることもあります。ですが、光と闇はこれの裏と表、どんなに薄くしたところで裏と表が交わることはありません」

「だが、こうすれば交わることもあるのではないか?」

 サイディスは自分のエンブレムを外し、ユリウスの手に乗せる。ちょうど裏と表とが同じ手のひらにある状態だった。

 呆れてため息をつく一同をよそに、ライラだけが感心したように頷く。

「やっぱりあなた、頭の回転が速いのね」

「え?」

「私のしようとしているのはまさにそういうことなの。完全な光と闇は同時に存在し得ない。片方が異常に強い場合を除いて混ざり合おうとすれば反発を起こして消えるのが常。でも、不可能ではないのよ」

 光だけの世界も闇だけの世界も存在し得るが、混じり合ってしまった時点でどちらも存在しなくなる。光と闇が他のものと違い特別視されているのはそれのためだ。

 光に属する魔法もあれば闇に属する魔法もある。似た場所で同時に使う事は出来るけれど、交わった時点で消滅する。

 その衝撃を利用して写本を燃やすのだ。

 魔力として存在する写本を開くのは魔力。そして消滅させるのも魔力なのだ。

「や、でも、その方法じゃあ難しいんじゃねぇですか? どのくらいの力が必要か分からねぇですが、魔法の均衡が崩れれば消滅どころか暴走する。よっぽど気の会う奴同士でも難しいだろう」

「一人でやれば問題はないだろう」

「陛下、アンタ、魔法学をちゃんと学びませんでしたね」

「ん?」

「人間には適正ってのがあるんですよ。稀に全ての属性に適正の出る奴も居ますが、その場合使える魔法のレベルが低い。一つの属性に対して適正が高ければそれの真逆の属性は使いにくいもの。陛下がどんなに頑張ったとしても、闇魔法は使えねぇ。使えてせいぜい初級魔法です」

 早い話、同等程度の光と闇を使える人間というのは殆どいないということ。万一にもいたとしても初歩的なものしか使えないはずだ。それでは写本を燃やす所のはなしではない。

 イディーは不思議そうに首を傾げる。

「だが、ライラは出来るのだろう?」

「ええ、出来るわ」

「まさか! そんな常識外れな事をアンタは出来ると……」

 ライラに詰め寄りかけたコルダとの間にジンが割ってはいる。

 じろりとコルダはジンを睨む。

「……何だ、騎士気取りか」

「話すよりも見た方が早いだろう。彼女には出来る。俺はそれを見たことがあるから知っている」

「ははぁ、お姫さんの事は俺が一番よく知っているっつー牽制か? そんなに姫さん大事なら始終側にいるか、どこかに閉じこめておくのがいいんじゃねぇのか? ああ?」

「ジュール卿、自重してくれないか」

「生憎といけ好かねぇタイプの男を見るとどうにも突っかかりたくなる性分でしてねぇ、こいつの態度見ているとイライラする、若い頃のデュマの野郎を思い出す」

 言った方も言われた方も視線を鋭くさせた。

 その間で軽く火花が散る。

 お手上げ、という風にライラが肩を竦めた。

「やるならどこか別の場所でお願いするわ。私は個人で写本を燃やすから」

 軽く舌打ちをしてコルダが離れる。

 同じように剣に手を掛けていたジンも争うつもりがないと示すように両手を上げて見せた。

 頷いてライラは写本を両手で包み込んだ。

「始めるわ」

 ゆっくりとした動作で彼女は写本を挟み込んで合わせた両手を口元まで持ってくる。

 ふう、と息を吹きかけると魔力を帯びた写本が宙に浮かぶ。くるくると回転をしながら、その周りに青白い光を集め始める。

「……」

 ライラの唇が微かに動く。

 誰も彼女の言葉を聞き取れなかった。

 だが写本はその言葉を聞き取ったかのように不思議な色を帯びそして、本の形へと変化していく。

 閉じた状態の写本はやがてバラバラとめくれ初め、周囲に様々な色を帯びた光をまき散らし始めた。

「……」

 彼女の唇がまた何かを呟く。

 風になびくかのように彼女の髪がふわりと揺れ始める。その黄檗色の髪は揺れるたびに色を失い象牙のように僅か黄色を含んだくらいの明るい灰色の髪へと変化していった。その髪がまたゆっくりと変化をしていく。翡翠を含ませたような淡い色、桜で染めたような淡い色。

 まるで精霊達がゆらゆらと遊んでいるように見えた。

 様々な変化を経てやがてその髪は急激に色を増していく。鮮烈な赤、目の覚めるような青、鋼のような黒。

 今度はまるで闇の者達が彼女を祝福するようだった。

 禍々しくも美しい、死の女神。

 そして、最後に元の金の色を取り戻した。

 とたん、ばたん、と音を立てて本が閉じられた。

 彼女の掲げられた手のひらから光と闇が同時に放たれる。

「………」

 動いた唇は僅か‘ユク’と囁かれたように見えた。

 光と闇とを吸収し、複雑な光を帯びた写本は急激に燃え上がる。

「戻りなさい。全ては塔の女神の御心のままに」

 燃えていた写本が光の珠へと形を変える。

 それは真っ直ぐに浮かび上がり、天井をすり抜けて、空の中へと消えた。





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