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揺らぐ太陽の韻律  作者: みえさん。
第七章 精霊は玉響に
95/109

15

 ライラの巡らした魔障壁で聖堂は崩れることはなかった。

 だが魔法の衝撃で中は見るも無惨な程に砕かれていた。瓦礫にまみれた室内には人の息づかいだけが響いていた。

「……大丈夫か?」

 小声で問われ、ライラは頷く。

 崩れて吹き飛ばされた瓦礫の大半はジンが引き受けたために、ライラに怪我は無かった。ジンの懐から這い出るように起きあがると、粉塵の向こう側に肩で息をするキカと、身体に穴の空いた男が佇んでいた。

 ぐらり、とその男の身体が揺らぐ。

 前のめりに倒れ、まるで溶けるかのように男の身体が崩れる。

 残されたのは骨と髪と衣服だけだった。

 その身体を支配していたものは完全に消滅をしているように見えた。

 ジンの手を借りライラが立ち上がり軽く衣服をたたく。キカがこちらを向いた。汗で髪の貼り付いた顔は粉塵で黒く汚されている。逆光のせいだろうか。酷く顔色が悪いように見えた。

「写本を手に入れることも、この手で、師の仇を討つことも………出来ないのだと思っていました」

 肩で息をしながらキカは言う。

「あれが……本当に私の仇だったでしょうか」

 振り返って揺れたキカの髪が、ずるりと滑り落ちるように切れて床に落ちた。

 含まれていた微量元素を全て失い朽ちた髪は途中から切れて落ちていったのだ。おそらく今の彼の身体には魔力所か体力もろくに残されていない。命すら削っているのかもしれない。

 怒りと憎しみ。

 その全てを一本の魔槍にたたき込んだキカ。

 その瞳は慈悲を求めているかのようだった。

「復讐なんて、何も残らないわよ」

「分かっています。……多分、私が本当に殺したかったのは」

「キカ」

 ライラは彼の言葉を遮る。

 それ以上言わせてはいけない。

 そんな気がしたのだ。

 復讐を求め続けていた男。その男が咄嗟にとった判断は、全ての元凶になったかもしれない男を守るために魔槍を使った。

 あれが彼の仇だったかもしれない。

 違っていたかもしれない。

 その確認も出来ないまま、彼は自らの手で滅ぼしてしまったのだ。まるで口を封じてしまうかのように。

 言えることは少ない。

 けれど、無いとは言えない。

「……貴方に、<塔の女神>の祝福を」

 キカの肩が静かに降りる。

 その唇が初めて本気で微笑んでいるように見えた。

「……ああ、貴方はやはり女神のよう……で……」

 ぐらりと彼の身体が揺れる。

 先刻崩れた男と同じように、キカの身体が大きく揺れ、地面に落ちた。

「キカ!」

 ライラが慌てて近づくよりも早く、クウルがその身体を支える。

 地面に落ちてしまう前に抱き留め、そしてゆっくりと床へと下ろした。

「叔父様」

「大丈夫。魔力を失っているだけ。休んでいれば多分良くなるよ」

 ほっとライラは息を吐く。

「……これは、何の騒ぎだ?」

 兵を引き連れ、サイディス国王が惨状を目にして驚いた表情を浮かべる。

「オードは………キカはどうした?」

 状況が飲み込めないという風な彼が近づいてくる。

 危険です、とその後をユリウスが続いた。

 サラサラと天井から光と共に砂が落ちてくる。真っ白い砂だった。

 ライラはすっと背筋を伸ばす。

「全ての元凶は彼だったわ」

「オード?」

「正確には、彼の中に入っていたもの」

「……キカは?」

「その元凶を取り除いたの。今は少し眠っているだけ」

「そうか」

 彼はキカの前で跪いた。

 目を閉じ気を失っている彼を見て少しおどけるように言う。

「何だ、寝顔は子供みたいだな」

「起きている時に言ったら盛大に嫌な顔をされるわよ」

「違いない。……だれか、彼の手当を」

 は、と控えていた兵士達がキカを運び出すために近づいた。

 そして彼の身体を慎重に運んでいく。

「ネバ猊下?」

 座り込んだまま、動かない彼を不信に思ったのかユリウスが近づこうとするのをジンが慌てて止める。

 様子を察して国王はライラに問う。

「……奴か?」

「ええ」

 頷くと、国王も頷き返す。

 ライラの短い言葉だけでおおよそのことを把握したようだった。

 皆が見守る中、国王は聖剣を片手にネバの方に近づいた。

 影を落とされネバが憔悴しきった様子のネバが顔を上げる。

「……こ、殺して下さい」

 その言葉に国王が息を吸い込んだ。

 大喝を覚悟したが、国王は声を荒げなかった。

 低く、それでいてはっきりした声で言い放つ。

「ならん」

「何故ですか!? 私は、貴方の父上を殺した! 息子を……オードを殺した! これだけ、国を揺るがしたのに……生きる価値など……無いというのに」

 男の告白に兵士達が少しざわめいた。

 男は教会の大司教であり、その発言は時に国王以上の力を持つような男だ。その男が先王を殺したと、息子を殺したと自供したのだ。

 驚いた様子のユリウスが問いつめようとネバに近づこうとする。

 だがそれは国王の奇妙な程に穏やかな声によって引き留められた。

「貴方は愚かな人だ」

 その声はまるで小さな子供に言い聞かせるかのように優しい。

「今、貴方を手に掛けるのはたやすい。私自身が行わなくとも、誰かに命ずればすぐにその首が飛び、貴方は大逆者として曝されることになる」

「……それが、当然の事です!」

「では、それを見た国民はどう思うか。今まで自分たちが信仰していたものの最高指導者が罪人であり、それが国王の命を狙ったとあればどう見るか。教会だけではなく国家までが軽んじられ腐敗に繋がる。いくら名君であろうと、国民の支持が得られなければその命は短い。歴史を学びそれを伝えてきた貴方には分かるはずだ」

 ネバが目を伏せる。

「貴方の心を救うために、国家を揺るがすことは出来ない。まして国王である私が、復讐心に囚われ貴方を害すればこの国は無法となるだろう。レブストもそれは望んでいない」

 落ちてきた砂が日だまりの中に白い山を築いた。

 サイディス国王は剣を背負い、留め金で止める。

「蟄居命ずる。貴方にはその手で命を絶つ価値もない。……居合わせた者に告ぐ。この一見は他言無用。万一にも漏れることがあればその首全てが地に落ちると心得よ」


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