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揺らぐ太陽の韻律  作者: みえさん。
第七章 精霊は玉響に
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14

 オードが斬りかかってくるのが分かった。防御呪文を組み上げるよりも前に、咄嗟に次の攻撃呪文を組む。

 男が眼前に迫った時、左右からキカとジンがライラを守るように剣を突き立てた。

 ライラの呪文がオードに向かって放たれる。

「!」

 さすがに驚いた様子のオードは魔法による攻撃を受けた腹部を押さえる。

「はは、二人の騎士に守られたお姫様強いねぇ。でも、俺とあの方を間違えるんだから、大したこと無い」

「……あの方?」

「お姫様がシュトリって呼んだ人」

 けらけらとまるで挑発をするかのように男は笑う。その表情は酷く刹那的な印象を受ける。先刻までのオードの表情とはまるで違っていた。

 ライラは表情を険しくさせた。

「貴方…………何?」

「あの方の指先」

 ひゅんと、風が鞭のように唸る。

 反射的に防御魔法を展開したのは経験よりも本能だろう。

 魔法の壁に阻まれた風の鞭がびりり、と光を発生させた。

「あは、早いね」

「そ、その身体は、オードのものだ」

 クウルに庇われ、何とか無事であった様子のネバが言う。魔法を直接受けたクウルは少々厳しい顔つきをしていた。

 ちらり、とオードの身体をもつそれが二人の様子を見て笑う。

「ちょーど、身体が欲しかったんだよなー。十四年前お前が息子に問いつめられて逆上して、殺しちゃった時」

「しかし、私は……」

「お前が忘れたがっていたから殺した時のこと、忘れさせてやったんだよ。俺は息子そっくりだろう? そりゃそうだよ。息子は死んでいるが、魂は囚われたまま、生きているつもりなんだからな。俺の半分はずーっと、オードだったんだよ」

 誰もオードが偽物であることは疑っていなかった。その理由は、身体が彼のものであり、彼の魂はまだ生きているつもりだったから彼はそれの干渉を受けながらも今までのオード・ミーディルフィールと同じ行動をする。

 だから誰一人として疑いもしなかった。

 殺した当人が覚えていなかったのだから疑う人はいなかった。

 僅か言動に変化があったとしても、それは塔に閉じこめられ疑いを掛けられたことで思うところがあったのか、あるいは王が身罷り新しい王の誕生という時期であったために周囲はそれどころでは無かったかのどちらかだ。

 次第に新しい人格のオードにも慣れ、受け入れていった。

「さすがにもう限界だって思っていたんだよな。いくら若く見えるとは言っても限界があるから。そろそろ返してやるよ。……でも、その前に」

 ざらりと男が笑った。

「写本はどこだ?」

「しゃ、写本?」

「そうだよ、ユクの番人のお前なら知っているはずだ。本当はお前殺して情報得た方が早いんだが、出来ない事情がある。面倒だよな、ホント」

「出来ない事情ですって?」

 問うように言うと、男は舌を出して笑う。

「教えねーよ」

 剣がネバの元に突きつけられる。クウルが腰を浮かせるが目線だけで制圧された。動けばすぐに首を落とす、そう言う脅しのように見えた。

「今はー、オードが国王から命令うけているからー、殺しても平気かもしんねぇけど、どうかな? とりあえず拷問に掛ける位は許されるだろうし、襲いかかってくる奴を殺しても別に大丈夫だろうな。うん、きっと大丈夫だ」

 ぶつぶつと呟くように彼が言う。

 殺せない事情。

 国王の命令があるから殺しても平気という言葉。

 それはまるで何か制約に縛られているかのような口ぶり。

 ライラが知っているシュトリに関する情報では、彼は囁くことこそすれ、直接手を下すことは無いと聞く。それに関して疑問であったのだが、どうやら彼の言動から察するに出来ないのだと推測できる。

 おそらく何かの制約がある。

(でも、何の?)

「大人しく写本を渡せ。そうすれば、そうだなー、殺さないでやってもいい」

 言われたネバは青ざめていた。

 恐怖と混乱で生き延びられると思えば素直に在処を言ってしまいそうな気配すらあった。しかし、彼にはそれは出来なかった。

「知らない……」

「嘘を言うな」

「知らないんだ! 私は、写本など、知らない」

「ちっ、役立たずが」

 男が剣を振り上げる。

 反射的にジンが動いた。クウルがネバを抱え込むように抱きしめて跳躍する。

 男の剣を受け止めたジンの身体が大きく飛ばされる。同様に反動で飛ばされた男が大きく体勢を崩した。

 背後から鋭い魔法の匂いがした。

 ライラの手のひらに黒い剣が現れる。

 キカが早口で呪文をまくし立て、一気に組み上げていく。

「‘混沌を統べる闇の王、古の盟約に基づき、敵を滅ぼす烈刃と成せ’」

 黒い剣を天井に向かって投げる。

 一度転倒し掛けていたジンが慌てたようにライラに向かって走る。

 ジンがライラを庇うように抱きかかえる。

 ライラの瞳が赤色を帯び、天井に向かって投げつけられた剣を中心にして聖堂全体に魔障壁を展開させる。

 キカの呪文が完成した。

「………踊れ、蒼き魔槍」

 ゆらりと周りの空気が揺れた。

 現れた青い槍が激しい力をまき散らしながら一直線に飛んだ。

 それは月迦鳥を守ったあの夜に見た魔槍術とは桁外れなほどに規模の大きい魔法。キカの生命そのものを削り取るような莫大な魔力。

 それがただ一人、オードの中にある者に向けて放たれたのだ。

 受け止める自信があったのだろうか。あるいは体勢を崩していたために避ける余裕が無かったのかもしれない。爛々と輝く瞳で、それは魔槍を受け止めようと手を伸ばす。オードの身体の数倍はありそうな魔槍は、槍と呼ぶよりは城を攻め落とす時に使う一本木のよでもあった。

 それを受け止めた男の口元には笑みが浮かんでいた。

 楽しげなのにどこか空虚な笑い。

「おのれ……」

 それが最後の言葉だった。

 男の身体は強い光に飲まれる。

 鼓膜が破れそうな程の大きな音が聖堂の中へ響き渡った。


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