13
「父上……」
ネバとよく似た顔立ちの青年は少し落胆したように呟いた。
宮廷魔術師の姿をした男の手には鞘に収まった剣が握られている。魔法使いが教会を訪れる姿としては随分と奇妙なように思えた。
「あれが、オーちゃん」
ぽつりと耳元で囁かれてライラは頷く。
以前クウルが気になると言っていた人物だ。彼の言っていたように見かけで判断すればとても暗殺に関われるような人には見えなかった。見かけで判断してはいけないと重々分かっているけれど、とてもそうは見えないのが率直な意見だった。
嫌疑を掛けられた息子と、実際に暗殺を企てた父親。
ライラは心臓を抑えた。
奇妙に心臓が鳴っている。
「オード、私の命を狙う者がいるのだよ。済まないが、少し父を助けてはくれぬか」
「出来ません」
「オード?」
「……貴方を捕縛しに参りました。今回の国王暗殺を教唆した容疑です」
驚愕という風にネバの目が見開かれた。
「何故……私が墜ちれば、ミーディルフィール家は」
「私も城内に残れるか怪しいでしょうね。でも、駄目なんです。私は十四年前嫌疑を掛けられてからずっと、そのことを恥じていた。疑われたというのは恥ずべき事です。私が真実背を伸ばして立っていられれば、疑われる事はなかった」
オードは剣をぎゅっと握る。
「覚えておいでですか、父上。他ならぬ、貴方の証言が私を貶めたんですよ」
「何、を……」
ぎくり、とした。
オードは確かに父親の証言が自分を貶めたのだと言った。そのことをネバはまるで何も覚えていないかのような風に彼を見ている。
十四年前、国王暗殺を企てたとオードは疑われ、捕らえられた。その原因となったのが真実ネバの証言だったとしたら、何故、彼は生きているのだろうか。ネバは慎重な男だ。これだけの大それた事をしながらも今まで発覚しなかったのが彼の慎重さを物語っている。だとしたらおかしい事があるのだ。
疑われた事を恥じていると言ったオードが、その汚名を殺ぐために何もしなかったとは考えられない。息子とはいえ、そんな危険な存在を慎重なネバが放置しているだろうか。
家族であるために、彼がネバの屋敷をうろついていてもさほど奇妙ではないし、教会の色々な場所に出ていたとしても何ら不思議はない。自分の身辺を探りやすいオードという存在をネバが放置しているわけがない。
そもそも嫌疑を掛けられる原因となった言葉はネバの証言だという。ネバほどの人物が不用意にそんな発言をするとは思えないし、そうなればオードに濡れ衣を着せるためにかあるいはオードが何らかの事に気が付いたために敢えて汚名を着せたのだとも思える。
では何故、彼は今も生きているのか。
「……叔父様」
背が、寒い。
「オードさんの年齢は?」
「三十、五位だったかなー」
ライラはオードの方を見る。
「私には、十代後半か、二十代前半にしか見えないわ」
「!」
自分の言葉に鳥肌が立った。
オードが剣を抜こうと柄に手を掛けた。
「シュトリ!」
ライラが叫ぶ。
瞬間的にオードがこちらを向いた。
声に驚いたような、名前に驚いたような奇妙な顔。
その顔が、一瞬の間をおいて奇妙に歪む。
狂気を秘めた、笑い。
その周囲に今まで感じられなかった邪悪な気配がたれ込める。
「違うね」
オードが声を発すると同時だった。
ライラの後方にいたキカとジンが同時にオードに向かって斬りかかった。高く跳躍し斬りかかるキカと、低い位置から胴体を狙ったジン。
どちらかを受け止めればどちらかの攻撃を受ける。そう見えた。
しかし、
「馬鹿が」
反射的にクウルが動いた。
ライラも呪文を組み上げる。
強い魔力の反動でネバを含めた三つの塊が後方に激しく飛ばされた。ライラはその力の余波を受け止め、ジンとキカは空中を舞うようにしながらゆっくりと床に降りる。一人その衝撃に絶えきれなかったネバはクウルが受け止めた。
きしきしと奇妙な笑い声が響く。
「よく受け止めたって、褒めてあげるよ。でも馬鹿だね。俺とあの方を間違えるなんて」
「オード、何を!」
呻くようにネバが叫ぶ。
「オードってだーれのことかなー?」
「!?」
「思い出してみなよ。お前に疑いを掛けられた三男坊はどうなった?」
「な……何を……」
戸惑ったみるみるネバの顔色が青くなる。
その瞳がまるで化け物を見るかのようにオードを見た。
「そ、そんな、まさか……」
「まさかだよ。お前が、殺したんだ」
す、とオードの身体が沈む。
残像だけを残して姿が消えたように見えた。気が付いた瞬間にはオードはネバの間近まで迫っていた。
クウルがその手を引かなければネバは酷い怪我を負っていただろう。
庇うように前に躍り出たクウルの腹部に魔力がたたき込まれた。
「!」
「叔父様!」
「来ちゃ駄目だ!」
ばちん、と爆発が起こる。
衝撃で飛ばされる二人の姿が見えた。
ライラはほぼ無意識に魔法を放った。放たれた魔法はオードの背に当たり激しく痛めつけるが、オードは少し表情を歪めただけだった。
狂気の瞳がライラを見る。
「お前、うるさい」