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揺らぐ太陽の韻律  作者: みえさん。
第七章 精霊は玉響に
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12

 笑顔の中の無感情な瞳が、ただじっとライラを見ていた。

「貴方は何らかの形でコルダ卿の故郷を知った。調べたのか、それとも誰かから聞いたのかは知らないけれど、貴方は見てしまった」

「何をですか?」

 ライラはここに書かれていたと示すように先王の日記を軽く持ち上げる。

「コルダ卿の上司に当たる人なのかしら。‘団長’と呼ばれる男とオルジオ王が密会しているところを貴方は目撃してしまった。それだけならまだしも、王はコルダ卿を自分の手元に置いた。……失望したのでしょうね」

 自分の兄を殺したかも知れない人間を側に置くオルジオ王。友と思っていただけに、ハイラム王とは違うと思っていただけにその失望は大きく、殺意にも似た感情が芽生えた。

 そのころにはサイディスもものの分かる年齢に達していた為に踏み切ったのだろう。

 ネバは関わった全てを憎み、復讐しようとした。

「……これは推測なのだけど、コルダ卿の育った村は何者かの手によって破棄されたと聞くわ。貴方が関わったのではないですか?」

 ざわりとキカの気配が強くなる。

 それをジンが制したのが気配だけで分かった。

 かちゃりと剣に触れたような音が聞こえる。

「何を証拠に」

「推測と言ったでしょう? でも、そう考えると全ての辻褄が合う。今回、王に関して噂を流したのは貴方ね。本当は村と一緒に彼も殺すつもりだったけど、生き残ってしまった。手を出すわけにも行かず貴方は好機を待っていた」

 そして訪れた。

 王が父親を殺した者を燻り出すために、国を荒らしかねない危険因子を根こそぎ排除するために動いていたのと同じように、ネバもまた待っていたのだ。

 全てが動き始めるその瞬間を。

「ヒューム卿の目的は王だったけれど、貴方の目的はコルダ卿だった。王を一緒に貶めはしたものの、本当は殺すつもりなんて無かったんですね?」

「違いますよ」

 ネバは軽く腕を組んだ。

「サイディス様に関してはどちらでもいいと思っていました」

「……認めるんですか」

「その日記にどれだけのことが書かれているか存じませんが、貴方ごといなくなれば証拠は無くなる。……サイディス様はハイラム王によく似ていらっしゃる。死んで頂いた方が後々の国の為にもなります」

 ライラは表情を引き締める。

 怒りなのか失望なのか胸の奥が変に熱く感じた。

「殺さなかったのはユリウス様のためですよ」

「殿下の?」

「そうです。あの子は、あんな兄でも慕っている。唯一の肉親だからです。……可哀想でしょう? 信頼する兄を失ってしまうんです。あの優しい子がそれで苦しまないわけが無いでしょう」

「そんな、理由で?」

 口の奥が乾く。

 ネバは変わらず穏やかに笑む。

「貴方に、残された者の気持ちなど分からないでしょう」

「……ふざけないで」

 ぞわりと全身の毛が逆立ったように感じた。

 自分の声が酷く掠れるのを感じる。

「そんな……勝手な理由で人を生かしたり殺したり。貴方のその勝手な感情のせいで、どれだけの人が犠牲になり苦しんだか、分からないの?」

「なら、サイディス様を殺せば良かったですか?」

「……命は……誰かの勝手な感情で思い通りにしていいものじゃないわ。教会の、最高位たるあなたが、どうしてそんな事も……」

「最高位?」

 くすりとネバが笑う。

「本来ここにいるべきは兄上でした。私はここにいるのも相応しくない小物です。兄上がいればこんな事にはならなかった。国が、兄上を見捨てさえしなければっ!!」

「……それは違うよ」

 声を聞いてライラは振り返った。

 ジンとキカ間を通ようにクウルが聖堂に入ってきた。

 珍しく真剣な面持ちだったが、叔父の登場にライラは少し安堵の息を漏らした。

「国は……ハイラムは別にディオのこと見捨てた訳じゃないよ。間に合わなかったんだ」

「間に合わなかった?」

「うん、アンニ草の中毒症状を緩和させるには血清が必要になってくる。魔薬学の進んだファーミラがあった頃はともかく今じゃその血清を作れるのは竜の谷くらいだろうね。ハイラムはディオを助ける為にあるかどうかも分からない竜の谷をさがしていたんだ」

 金の瞳が少し揺れる。

「竜の谷に人間を入れるわけにはいかない。あの谷は竜族に取っては重要な場所だから。ましてあの当時もめ事も多かったから竜族が結構警戒して出回っていたんだ。本当なら丁重にお帰りしてもらうはずだったんだけど、エテルナードの王国旗を掲げていたからむげに出来ず結局俺の所まで来たんだけど………」

 クウルは困ったように笑う。

「本当は血清は使い方誤ると危険なものだから持ち出しちゃ駄目だったんだ。でも、ハイラムは親友を助けたいって……王様で頭を下げることに慣れていない彼が親友助けたいって頭を下げたからだから俺はハイラムに血清を渡した。結局それでも間に合わなくて、ハイラムが戻った時はディオは亡くなっていたそうだよ」

 何十年も前の事をまるで見てきたかのように言う二十代かせいぜい三十代の男に対して、ネバは顔を真っ赤にして怒る。

「よくもそんな、でたらめを……!」

「でたらめじゃないよ。見えないかも知れないけど、俺は竜族だから」

 言いながらクウルは額から耳の上までを覆った布を外し、片側の髪をかき上げて見せる。

 そこには人にはない突起物があった。

「本当は簡単に人に見せるものじゃないんだよ」

 笑いながら彼は髪を再び戻して撫でつけた。

 あの突起物は竜の角だ。人の姿をとっている時でも、それが竜としての性であるために残ってしまうもの。敏感で重要なものであるために普段は布で覆ったり隠したりして保護をしている。

 クウルはライラの隣に立って軽く肩に手を置いた。

「ディオが病気になったのって、誰かが毒を盛っていたからじゃないよ。樹が弱っていたんだ」

「……」

「ユクの樹って言うんだよね? 元々樹が育つにはエテルナードでは環境が良くないらしいんだ。でもこの国を支えるには必要だからって王と教会で守ってきたんだって。ディオは弱った樹の悪い部分……この場合アンニ草の毒素のことだけど、それを自分の身体に移すことで中和して守ろうとしたんだ。そうして病に冒された。ハイラムが気付いた時には進行が進みすぎていたんだって」

「……まさか、そんな………」

 今まで自分が仇と信じていたものが違うのだと聞かされ酷く混乱をした様子だった。俄に信じがたいという様子も見せていたが、樹のことに関して恐らく心当たりがあったのだろう。ネバの顔色はみるみる青くなっていく。

 青ざめてよろめくように後ずさった。

「そんな、私は信じない……っ」

 彼はくるりと踵を返した。

 何かから、自分自身から逃げ出すように走り出した老人は入ってきた誰かにぶつかって尻餅を付いた。

 その姿を見てネバに勝利を確信するような奇妙な笑みが浮かんだ。

「オード……!!」


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