10
サイディス国王が弟と共に玉座の間に入っていったのを認めた後、ライラはキカと共に彼の寝室の方まで向かった。
城内に忍び込んだ時の夜、ジンが見たライラの瞳は赤かったと言う。ならば確かめなければならないことがあったのだ。
「あると思います?」
「正直分からないわ。写本かも知れないし、別のものかもしれない。でも、何か重要な物であることは確かよ」
「今度こそ無駄足にならなければいいんですが……」
キカは言って少し笑みを浮かべて寝室の前に立つ男を見た。
不機嫌そうに腕組みをした男は扉に寄りかかったまま、キカを睨め付ける。
「その節はどうも、おかげで助かりましたよ」
ジンはキカには答えずライラに文句を言う。
「仲間がいるなら言っておいてくれ。あれでは心臓に悪い」
「まさかそんなことになるとは思わなかったのよ。本当はもう少しゆっくり計画を立てる予定だったから」
「今度は是非ともそうしてもらいたいな。……ところで、なんて格好をしているんだ?」
ライラは自分の姿を見て答える。
「レブスト教会の神官の格好よ。着替えるのが面倒だったからそのままで来たのだけど、問題あったかしら?」
「似合っているからいいんじゃないですか? 貴方もそう思いますよね?」
「まぁ、似合ってはいるが……」
口元を押さえて視線を逸らせたジンの頬は軽く赤みを帯びていた。
くすくすとキカが笑う。
「ま、ともかく中に入りましょう。貴方も中のものを確かめに来たんですよね?」
ジンは真剣な顔つきに戻って頷く。
サイディス国王が寝室に使っている場所のベッドの下には、人を衰弱死させる為の魔法陣が敷かれていた。魔法陣が発見されてからは全てをそのままにした状態のまま、この寝室は使われていないそうだ。ライラがこの部屋に何かを探しに入ったのはジンも分かっていただろう。魔法陣に関して確かめに行ったようにもとれるだろうが実際の所違うというのは彼も理解していたのだろう。
正直な所、ジンには「何を」は分からなかった。ただ、ライラの手助けが出来ればとここで待っていたのだ。騒動を鎮圧した後、彼女がここに来ることを見越していたのだ。
「ところでジン」
ライラは振り返って彼を見上げる。
青い瞳が不思議そうに見返した。
「何だ?」
「無事で良かったわ」
ジンはため息をつく。
「それはこっちのセリフだ。毎回お前には冷や冷やさせられる」
「大丈夫よ、私はまだ死ぬつもりなんてないもの」
「そう言う問題じゃない。そもそもイクトーラでもそうだったが、お前は毎回……」
「あー、すみませんが、そういう痴話喧嘩は後にしてもらえませんかねぇ」
咳払いをしながら割って入ったキカの言葉にライラは苦笑し、ジンは不満そうに顔を顰めた。
そう言う関係に無いことを知っていてわざわざそう言う揶揄するような事を言うのだから、彼も随分とたちが悪い。
「痴話喧嘩だとしたら随分と色気がないわよね」
「ああ、ではもう少し色っぽくやってもらえませんか。その方がこっちも楽しめる」
言われて苦く笑い、ライラはベッドの近くに歩み寄った。
意識を集中させると微かに魔力の気配があった。
「……ジン、キカ、これ動かすのを手伝ってくれるかしら」
ジンは頷く。
「ああ、そう言う仕事なら男の役目だろう。……おい、お前、手伝え」
「それが人に物を頼む態度ですか。全く、人によって態度が違うと誰かに文句言えませんね。……あーあー、分かりました、ちゃんと手伝います」
言われなくてもそうするつもりだったのだろう。睨まれて、観念したと言う風に肩を竦めて見せたが、すぐにジンとは逆側に回ってベッドに手をかける。
「いいですか、こちらに引きますよ」
軽くかけ声をかけて、二人が一気に力を込めてベッドを押しのけた
現れた魔法陣にライラは手をかざした。既に効力を消す呪文がかけられているために作用していないが、その真下から微かに魔法の気配がした。
彼女は衣服の裾をたくし上げ、隠し持っていたナイフを引き抜くと絨毯の上に突き立て乱雑に引き裂いた。
毛足の長い高級な絨毯だったが構わず引き裂いたライラを見て、ジンが呆れ、キカが口笛を吹く。だが、絨毯が取り除かれ顕わになった床を見て二人とも表情を引き締めた。
「……王家の紋章ですね。ベッドの真下にあっても可笑しくないですが、これは」
キカの言葉にライラは頷く。
紋章自体が刻まれていることはおかしくないだろう。だが、それは普通の紋章であったならの話だ。
もしも単純に紋章があり、その上に件の魔法陣が描かれているだけだったなら、王家を呪おうとしたのだろうと思っただろう。だが、紋章の周りを囲むように複雑な紋印が描かれている。すなわち、ここは王族以外は開けることが出来ないことを意味しているのだ。
「開けられますか?」
「どうかしら」
ライラは紋印を読みとろうとするように指でなぞってみる。
ふわり、と周りの大気が揺れた。紋印がうっすらと光を帯びる。
「!」
覚えずライラは手を引いた。
まだ何もしていないはずだ。
魔力を込めた覚えはない。
だが、確かに紋印はライラの身体の中の魔力に反応をして光を帯びたのだ。サイディスに宛てられた書簡の呪力封印を解いたときと全く同じ状況だった。
だが、今度は何が起こっているのかが正確に読みとれた。
何故は分からない。だが、ライラ自身に反応をして、そこに宿っていた精霊がゆらりと揺れたのが分かったのだ。
精霊の形質は光。
紋様に刻まれた性質も光。
ちょうど鍵が鍵穴にぴたりとはまるように揺れた精霊が紋様を動かし描かれた封印を解いた。
ふわりと立ち上るように紋様が大気に流れて消える。
「あの時と同じですね」
怪訝そうにジンが問う。
「……あの時?」
「前に書状の呪力封印を解いたことがあったんですよ。あの時は只の偶然とも思ったんですが、どうやらライラさん自身に反応しているようですね」
「………」
ライラは曖昧に笑う。
理由は分からない。だが、この王家の使う封印は恐ろしくライラと相性がいいようだ。
「……開けてみましょう」
ライラは言って紋章に触れる。
反応するようにそこに小さな穴が開いた。
ちょうどそこに指の入るくらいの僅かな隙間だけをあけて一冊の本が填め込まれていた。一瞬緊張する。
「……写本ですか?」
ライラは緊張した面持ちで本を持ち上げる。
埃を含んだ古い本の匂いがあるものだったが、本自体から魔力は感じない。写本では無いのだろうと、ライラは首を振って見せた。
「それじゃあこれは一体……」
ライラは本を捲り一行を読んで息をのんだ。
本に書き記すにしては随分と汚くたどたどしい字だった。それでもそこに書かれた名前はオルジオ・ネル・エテルナード、つまり、先代のエテルナード王の名前だった。