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それはコルダ・ジュールだった。
「お恐れながら陛下、御身に掛かる疑いを晴らしてはおりません」
ちらりとサイディスは笑う。
「俺がオルジオの息子では無いという噂のことか?」
「御身に掛かる疑いは私にもかけられた不名誉な中傷でもあります。噂の出所をはっきりとさせ、貴方自身が先王オルジオの血を引いておられると証明しなければ、納得しない者もいるでしょう。つきましては……」
コルダの言葉を遮り男が末席から飛び出す。
膝を折り一度叩頭した後、意志の強い瞳を国王に向けた。
「その一件に関しまして、魔術師団特別分隊オード・ミーディルフィールより申し上げたいことがございます!」
サイディスは困ったように腕組みをした。
「ジュール卿の言葉が終わっていない」
コルダが皮肉っぽい笑いを浮かべる、
「陛下、割って入ってまで言わなければならないことがあるのならよほどの事でしょう。他ならぬネバ猊下のご子息だ。お譲りします」
頷き国王が促す。
「ならば申してみよ」
オードは軽く深呼吸をしてから強い語調で話し始める。
見かけはやはり若く侮られがちだが、実績は他に引けを取らないほどある。それ故、城内でも要職にあるのだが普段の彼の物腰は父親に似て柔らかく穏和だ。その彼が人の話に割って入るほどの自体はそうそうあるものではない。
異様な雰囲気に周囲の気配が緊張した。
「レブスト教会の伝承に、王の血が絶えた時がこの国の滅亡の時と記されていることは陛下もご存じの事と思います。我々ミーディルフィール家の者は代々王家をお守りし仕えて参りました」
国王は厳かに頷く。
「それ故私の家には王家にまつわる古い言い伝えも数多く残っております」
「言い伝えだと?」
「はい。陛下の御劔、聖剣アレクロフのことです」
人の目が国王の剣に集中する。
並の人間なら持つのもやっとであろう巨大な剣は国王の傍らで淡く輝いていた。
「その剣は元来式典祭典にしか使われてきませんでした。その聖剣が特別なものであり、王を証明するためのものだからです。多くのものが王家に伝わるが故に王家の象徴となっていると思っているでしょう。ですが、その剣は王族以外は使うことができないのです」
ぴくりと王が眉を動かす。
それは彼にも初耳のことだった。光の力が強いために特別な剣であると思っていたが、王族以外が使えないというのは聞いたことのない事実だった。
「陛下から下賜されたなら私にも使うことが出来るでしょう。ですが貴方が誰にも渡していない以上、斬ることはおろか、床に突き立てたものを抜くことすらかなわないでしょう」
「ふん、面白い」
サイディス国王は笑って立ち上がり、目の前に剣を突き立てる。ずん、と重い音が聞こえ、床に剣が突きたたった。
「誰か抜いて見せよ」
彼は再び玉座に座り直し、面白そうな目で周囲を見渡した。
最初に動いたのはコルダ・ジュールだった。
「では、私がやってみましょう」
言って彼は剣に手をかける。
コルダ・ジュールは文官であるが武人並みの力があることは誰もが知っている。突き立てられただけの剣ならば当然簡単に抜けるだろうと誰もが思っていた。
だが彼が力を込めて抜こうと取りかかってもぴくりとも動かなかった。
まるで遊んでいるようだったが、コルダは渋い顔をした。
「無理ですね。……ロデンフォーク閣下、あんたはどうだ? 力自慢は聞き及んでいるが」
「……失礼致します、陛下」
ロデンフォークは立ち上がり剣を抜こうと手をかけた。
しかし、それは先刻同様にぴくりとも動かない。ロデンフォークの顔が真っ赤になるまで力を込めても不可能だった。
王を慕う人間の行為だから演じているのだろうと思い抜こうと動いた者達も、その剣を抜くことは出来なかった。突き立てただけのはずの剣はまるで根が生えてしまった可のように頑丈で動きもしないのだ。いくら重い剣だからとはいえそれはあまりにも異様だった。
サイディスは笑って後ろに控えていた弟を見る。
「抜いて見よ」
「はい……」
ユリウスは戸惑った風に剣に近づいた。
力自慢のロデンフォークすら抜くことがかなわなかった剣だ。自分に抜けるはずがないと思ったのだろう。
王弟は呼吸を整えて剣に手をかけ渾身の力で剣を引き抜いた。
小柄な彼には到底不可能に見えた。しかし、
「わっ!」
ユリウスは驚いて叫び声を漏らした。
思いの外軽く抜けた剣を持ったまま、彼は反動で後ろへ転倒しそうになる。近くにいたジュールがその身を支えたために転倒は免れたが、自身も驚いた様子でその剣を見つめた。
「ご覧の通りでございます」
オードが言う。
「剣は血を選び、この国でもっとも王の血を濃く継がれたお二方以外には使われようとしないでしょう。陛下の血筋を疑うと言うことは、この国の歴史すら疑うと言うこと。その剣が貴方の側にある限り陛下の血筋は確証されています」
だが、と声を出したのはコルダだった。
彼はユリウスをきちんと立たせた後、不作法にも腰に手をあてオードを睨むように見下ろした。
「陛下の血が確かめられたとはいえ、妙な噂を流した者が誰だかわからねぇ。この国に裏切りの火種があるならば早めに消さなければならねぇですよ」
「………」
オードは息を吸い呼吸を整えるようにゆっくりはき出して言った。
「その件に関しておおよそ見当が付いています」
「ほう、誰だ?」
「……確証がないのでこの場では申し上げられません。ですが、私に拘束する権限を与えて下されば確実に捕らえてくる事を約束します」
冷ややかな視線がオードを見る。
国王は静かに言った。
「そう易々とくれてやれる権限ではないぞ」
「承知しております」
「万一冤罪であったならどうするつもりだ?」
「……十四年前、私はあらぬ疑いをかけられ拘束されました。そのまま処刑されても可笑しくない状況にありながら恩赦で救って頂きました。疑いこそ晴れておりますが、私はあの時真実首謀者を捕らえることも出来ずに今日まで来ました。二度目があれば私は生きていても死んでいても同じ事」
彼は強い眼差しを王に向けた。
普段穏和で優しい彼からはとても想像の出来ない強い色の混ざった瞳だった。
「この命、賭けさせて頂きます」
国王はその眼差しを押し返すように見据える。
そしてやがて頷いて見せた。
「その意気やよし」
それは暗に権限を許した言葉だった。
オードは恭しく頭を垂れ国王に感謝の言葉を述べた。