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揺らぐ太陽の韻律  作者: みえさん。
第七章 精霊は玉響に
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 かみ砕かれた瞬間異様な匂いを感じてライラは口元を押さえた。

 他の誰も同じ行動を取らなかった事を見ると、この匂いはライラ以外は感じていないのだろう。

 ライラは堪えきれない程の異臭に覚えず眉を顰めた。

 血だらけになった公爵が嘲笑う。

「あはは、一人では、死なぬ! 貴様ら全部巻き添えにしてく…………!?」

 言葉が終わるよりも前に、公爵の顔色が変わった。

 身体に変化をもたらした訳ではない。ただ、酷く青ざめた様子になり、口から大量の何かがはき出された。

 それはどす黒く濁った血。

 饐えたような匂いに、居合わせた全員が口元を覆った。

「……な、ぜ………」

 それが、公爵の最後の言葉だった。

 目を見開いたまま、大量の血を吐き出した公爵は動かなくなった。

 口元を押さえたままキカが近づきその息を確認して首を振る。

「……駄目です、死んでいます」

「毒で自殺を図ったのか? それにしては様子が変だったが」

「少なくとも公爵はこれが力を手にするための東方の妙薬と信じていたようですが……」

 キカは息を吐き立ち上がって剣に付いた血を払った。

「早急に毒の成分と入手経路を調べましょう」

「……毒の種類は多分‘竜毒’よ」

 ライラの言葉に全員の視線が彼女に向く。

「竜毒? 何だそれは?」

 コルダは呆れたように息を吐く。

「勉強不足ですね、陛下。竜毒は竜をも殺すと言われている猛毒です。……まぁ、それで竜を殺せるかどうかは知らねぇですが」

 言葉を受け継いでライラが続ける。

「竜を殺せる毒は愛する人の血だけ………と、言われているから、実際これで竜を殺せる訳ではないのだけど、竜も殺せるのではないかと言われるものよ。多分竜でも体内に入ったら相当な苦しみを覚えるでしょうね。口に含むのが条件だけれど」

「竜毒と言い切る根拠は?」

「匂い、よ」

 酷い匂いがする。

 人の血と混ざって死臭よりももっと強烈な匂いがするのだ。この匂いの正体をライラは知っていた。これは、死んだ竜の血の匂いなのだ。

 コルダもライラも言及を避けたが、竜毒は死んだ竜の血液を使って作られる。竜毒と呼ばれる由縁はそこにもあるのだ。もっとも、死んだ竜の血は、竜族が精製すれば竜族にとっての薬になる。その薬が強さによって人間に毒になるかどうかは知らないが、アンニ草で穢れた血の浄化にも用いられると聞く。少なくともライラの知る竜族達は人を殺す目的では作っていない。まして、これだけ濃厚なものとなると谷から持ち出すことはないだろう。

 簡単に見積もっても、公爵が摂取したものだけでエテルナード城下の人間を全て殺すことが出来る。竜が人を殺そうとするとき、そんな方法はとらない。つまり、この竜毒は人間の手によって作られ持ち込まれたものなのだ。

「……大丈夫ですか、顔色が悪いようですけど」

 心配そうに問いかけるノウラにライラは穏やかな笑みを向けた。

「大丈夫よ、匂いに酔っただけ。その毒物には注意をして。後で片づける方法を教えるから迂闊に触らないこと。……出ましょう、外の空気が吸いたいわ。」

 その提案に全員が同意する。

 この匂いはライラのみならず耐え難いもののようだった。先だってライラがノウラと友に外に向かうと、小走りでキカが追いついてきて並んだ。

 キカは余り表情を変化させずに言う。

「先刻は手荒な真似をしてすみませんでした」

 少しノウラの身体が震える。

 それでも彼女は気丈に答えた。

「助けて頂きました。ありがとうございます」

「私は貴方を利用しました。……ライラさんも、国王もですが、それを考えればあの程度は当然です。むしろ、公爵がああしてしっぽを出さなければ貴方を犠牲にしていたかもしれません」

「しっぽ、ですか?」

 良く分からないと言う風のノウラにライラが答える。

「公爵という立場なら持っている可能性があると、キカはずっと調べていたのね」

「見当違いでしたが」

 ライラがエテルナードを訪れる以前から彼は潜入していた。国王すらも利用し、公爵に仕える振りをして公爵が奥の手を使おうとする瞬間を待っていた。それがあるいはライラの捜している「写本」ではないかとも思ったのだ。キカが<塔の魔術師>であり、シュトリを捜していることを知ったときから彼もまた写本を捜しているのは分かっていた。お互いに口には出さなかったが、それは確実だったのだ。<塔の魔術師>と呼ばれる人間は「写本」とシュトリが繋がることを知っているから。

 正直言えば自分が利用されたのは少々腹立たしいが、それはキカがライラの能力を信頼した結果であり、立場が違えばライラも同じ事をしたのだから責める気にはなれない。

「……そういえばジンはどこにいるの?」

 キカは笑う。

 ノウラが少し顔を強ばらせた。

「私が殺しましたが」

「嘘ね」

 即答するライラにキカは少し心外そうに眉を上げる。

「自信があるようですね。私の実力では彼は殺せないと?」

「彼の実力も貴方の力も知っているから言うけれど、どちらが上か見当付かない位よ。むしろ魔槍術という手段がある分、接近戦で無ければ貴方が上かもしれない」

「それでも彼は死んではいないと確信している」

 ライラは頷く。

「貴方が言ったのよ。毒で簡単に倒れてくれたと」

「はぁ、なるほど、本当に回転が速いですね」

 キカは感心したような、呆れたような微妙な表情を浮かべる。

 剣に毒が塗ってあったと言ったのだ。すぐ倒れるような毒は致死量も高い。洗い流したりふき取ったりしたとしても、同じ剣で斬れば公爵もただで済んでいたはずがない。つまり剣を取り替えたか毒は初めから塗っていなかったかのどちらかになる。

 彼がわざわざ毒と強調した時点でライラは毒なんて初めから無かったのだと判断した。

「ジン・フィスと言いましたか。彼が周囲の気配に気が付いて下さって助かりました。公爵の配下に監視されていたもので、温い戦いは出来ませんでしたから。おかげで一撃食らいました」

 ノウラが瞬く。

「それじゃああの時……」

「死んだふりをして頂くように頼みました。聞いて下さるかは賭けでしたけどね」

 彼がそのまま続けていたら、恐らく本気で殺し会いをしていたのだろう。そんな事にならなかったことを密かに安堵した。

「どこにいるかは分かりませんが、動いていると思います。まだ、終わったわけではありませんから」

 言って、キカは足を止める。

「……ああ、旦那、貴方が先に出た方がいいようです」

 ライラ達の後ろを進んできていたイディーはキカに言われ頷き前に出た。ライラも先を譲り彼はノウラと共に隠し通路から外へと出た。

 明るくなった部屋の中にずらりと兵が勢揃いをしている。

 その先頭に立つのは正装をしたユリウスと一歩引いたところに立つデュマだった。

 彼らはサイディスが出てきたのを認めるとすぐに膝を折って頭を垂れた。

 兵士達もそれに習い跪く。

 すっと背筋を伸ばしたサイディスは衣服こそ護衛の服装だったが、立派な王だった。ユリウスは恭しく彼に言う。

「ご生還、お喜び申し上げます、兄上」


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