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揺らぐ太陽の韻律  作者: みえさん。
第七章 精霊は玉響に
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 まるで狂ったかのような笑いだった。

 ひとしきり笑った後、国王は獰猛な笑みを浮かべた。

「ノウラに傷一つでも付いていればお前の助かる術は無いと思え」

「……っ」

 ヒューム公爵はぐっと詰まったような表情になる。

 どちらが脅しているのか分からなかった。完全に逆転されて脅される形になった公爵はそれを悟らせまいと大声を上げた。

「殺せ! 殺せっ!」

 叫び声を聞いて兵士達が襲いかかる。

 反射的に国王は少女と背中合わせになった。長身の男と小柄な女とでは背中合わせになって戦うには差がありすぎて隙が出来る。

 しかし、次の瞬間、襲いかかってきていた兵士達は一気に跳ね飛ばされた。

 二人の動きを正確に見ていたキカは口笛を吹く。

「ははぁ、やっぱり彼らでは力不足でしたね」

「き、貴様らたった二人に何をしている!」

「たった二人と言っても国王の剣技はこの国一ですからね。それにあの娘もいる」

 キカは楽しそうに笑う。

 ヒューム公爵は恐らく勘違いをしている。国王の剣技はディロード閣下よりも上位と言われている。それはデュマが国王という立場をたてて加減をしていると思っているのだろう。国王という立場から本気を出せない剣士達もいるだろうが、それを差し引いたとしても彼の剣技は世界的に見ても稀な才能を持っている。技術や素早さは南国の奇剣と呼ばれる彼には劣るが、力では遙かに勝っているのだ。

 その上、彼の背を守る少女は<塔の魔術師>と呼ばれる力の主。その二人がそろって、不意を突かれでもしない限りこの程度の兵に負けるはずがないのだ。

「どうします、先方は首を飛ばすと豪語していますが」

 キカはちらりとノウラを見やる。

 ノウラは唇を結んだまま国王を見守っている。

 蒼い顔で公爵は暖炉の隠し扉に向かって走るように進んだ。

「姫を連れて付いてきなさい」

「はぁ、私は別に構わないですけどね」

 ぐいとキカは乱暴に少女の手を引っ張る。

「!」

 悲鳴を上げそうになった彼女は必死にそれを堪えた。声を上げることでサイディスの気を散じてはいけないとでも思っているのだろうか。

 気丈な娘だ、とキカは小さく笑む。

 暖炉にある隠し扉から隠し部屋に入った公爵は右から三番目の燭台を引っ張る。かちり、と何かが動く音が聞こえた。次いで彼は別の燭台を奥に入れた。

 からからと何かが巻き取られるような音が聞こえたかと思うと、壁に掛かっていた絵画が動き、隠し通路への扉が開く。

「……そんなところにも隠し扉があったんですか」

「ここは代々公爵家が使っていた所、当主を守るためにはこれぐらいあって当然だろう」

「まぁ、そうですね」

「来なさい」

 言って公爵は通路の奥へと入っていく。その顔色は先刻よりも些か赤みが差しているようにも見えた。

 キカは頷きノウラの腰を掴んで肩に担ぐようにして持ち上げる。

「……」

 無言で睨まれ、キカは苦笑する。

「勘弁して下さい。私にも仕事があるんです」

「……人を殺し、弑逆に手を貸すことが仕事ですか」

「玉座は血を含んで成り立つものです。古今東西一度も血を見なかった椅子など無いでしょう。血を嫌ってきれい事ばかり並びたてていればいずれ国は傾く。……その点ではユリウス殿下よりも公爵の方が玉座に向いているかもしれませんね」

 彼は皮肉を言うように唇の片方だけをつり上げて笑う。片側は火傷のために引きつっているだけだったが、からかっているようにさえ見えただろう。だが、彼の言葉は本気だった。

 現状を聞く限り、ユリウスが国王では甘すぎる。彼の意見のまま進めばいずれ国は傾くし、他の者に丸め込まれてしまえばそれもまたいずれ国を傾ける結果になる。そうなるくらいなら国王の暗殺を企てた公爵のほうがましだったのだ。もっともそれは誰か諫める人間が側にいてでの話だったが。

 通路は薄暗く長かった。

 いくつもの分岐がある上、真っ直ぐの道もそう見えて緩やかに曲がっている。そのため城の外観との位置関係が上手くつかめなかった。

 やがてその道が大きく開ける。

 小さな小部屋へと辿り着いたのだ。公爵が壁に掛かる燭台に火を灯すと部屋が少し明るくなり、ようやく部屋の中が見えるようになった。

 礼拝堂にも似た雰囲気の部屋の奥には女神の彫像が飾られている。

 キカは少女を床に降ろし、抱き込むように後ろから押さえた。

「ここは……」

「ノウラ姫に面白いものをお見せしましょう」

 公爵が女神の彫像の後ろに手を回す。

 振り向いた時、彼の手には蒼く輝く宝石のようなものが握られていた。

「これがなんなのか分かりますか?」

 ゆらりと宝石の中が揺れる。

 宝石のようにみえたそれは、小さなガラスの中に蒼い色の付いた水が入っているものだった。

「東方で精製される妙薬です。これを飲めば能力が高まり化け物のような力を手に入れることが出来ます。その代わり、身も心も化け物になりますが」

「………っ!」

 気持ちの悪い笑みを浮かべて公爵がノウラに近づく。

「陛下は貴方を大切にされているようだ。その貴方が、変わり果てた姿になったら、どんな顔をなさるのか」

「………」

「試させていただきましょう」

「嫌っ……」

 彼の手がノウラに伸ばされた時だった。

 ひゅん、という鋭い音と共に公爵の手から薬品が跳ね飛ばされた。小さく音を立てて薬の入った瓶が跳ねる。

「なっ」

 ヒューム公爵は驚いた目でキカを見る。

 キカの手には剣が握られている。その剣は公爵に向けられていた。

「ちっ……とんだ無駄足でした」

「き、貴様、何を!!」

「ノウラ姫、少し下がっていてください」

 戸惑うノウラの言葉と、ヒューム公爵の叫びはほぼ同時だった。

「え? 貴方一体……」

「貴様裏切るのか!」

 くすり、とキカが笑う。

「裏切るも何も、元々私は貴方の味方ではありません」

「……お前、国王と結託していたのか!」

 問いかける公爵に彼は笑う。

「違いますね」

 彼は剣を構える。

「国王の味方でもありません。この国の玉座に誰が座ろうと私には関係のない話です」

「何を」

「俺は<塔の魔術師>です。強いて言うなら、ライラさんの仲間、と言うところですね」



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