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揺らぐ太陽の韻律  作者: みえさん。
第七章 精霊は玉響に
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 そこから先は不気味なほど襲いかかる気配が無かった。

 二宮に入るまではそれでも何度か兵に出くわし、そのたびにライラの魔法か、国王の剣で収めてきた。場合によってはサイディスの姿に涙ぐみながら跪く姿さえあった。

 だが、二宮に入るととたんに静かになる。

 それはここには誰もいないという見せかけのようにも、また、おびき寄せるための罠のようでもあった。

「よもや城ごと俺を潰す気ではあるまいな」

 冗談のように言った彼の声は些か乾いている。

 ライラも笑いながら喉の奥が乾いているのを感じていた。

「もしもそんなことになったら城よりも脱出を優先するわ」

「城ごと吹き飛ばす気か? この城、どれだけの費用がかかっていると思う」

「一緒に潰されるよりはいいと思うけれど? 押しつぶされるのが、貴方の趣味なら止めはしないけれど」

「何だそれは。俺を変態にするな」

 そう言って笑う彼の表情はやはりどこか強ばって見えた。

 緊張をしているのだ。

 罠を恐れている訳ではなかった。首謀者のヒューム卿がここにいるかもしれない。相手は公爵であり、サイディスの伯父なのだ。想像の範疇だったとはいえ、彼は今、自分の親族を捕りにいこうとしているのだ。武人ならば場合によっては自らの手で命を絶つことにもなる。

 その気持ちは察して余りある。

 周囲に注意を払いながら急ぐように先を進む彼の背は怒りとも落胆ともつかない色が浮かんでいる。ヒューム公爵がどんな人物かは知らないが、彼がその可能性を信じたくなかった人なのだと分かる。

 ライラはきゅっと唇を結んだ。

 不意に彼が立ち止まった。

 護衛など全く付いていない扉の向こうから微かに人の気配がしていた。

 少し眼を閉じ、間をおいてから彼はその扉を開く。

 一人が使うにしては広すぎる部屋の奥に、エテルナード王家の紋章の入った暖炉と椅子が据えられていた。暖炉には炎の気配はまるでなく、代わりにその脇の燭台に魔法で作られた光がともされていた。絢爛に飾り立てられた部屋はその光に照らされ、まばゆいばかりに輝いていた。

 男は奥の椅子の前に立っていた。

 武装した男の年は既に六十を超えている。皺が深くなり始めた顔に薄暗い青の瞳を持っていた。金色に輝く髪は王家に近く、光に照らされるとまるで黄金のように煌めいた。体格こそ良かったが、彼の顔立ちはどちらかというとユリウスの方に近かった。恐らくユリウスは王家ではなく公爵家の血を色濃く継いでいるのだろう。それでも酒場で会った彼とは似てもにつかない印象なのは恐らくその目が暗く濁っているからだ。

 サイディスがゆっくりと進むと、ヒューム公爵は驚いた様子も見せずに笑いを浮かべた。

「これは偽王陛下、かような場所にどういったご用ですか?」

「お前の身をもらいに来た。大人しく捕らえられれば命まで奪わぬ事を約束しよう」

「異な事を申される。何の権限があり、この公爵を捕らえると言うのですか」

 国王は冷たい瞳で男を睨む。

「俺は国王だ。謀反を働いたお前を捕らえ罰する責務がある」

「国王? あなたが?」

 く、と男が笑いを漏らす。

「あれほど玉座を嫌ってないがしろにしてきた貴方が、今更国王を名乗るのか!」

「………」

「私は何度も申し上げた。血筋の明らかでない者達を起用すれば国が傾くと。それを無視し、下賎の者達を使っていたのは貴方だ。貴方は王の責務を果たさず連中に過ぎた権限を与え、この国を傾けた! 滅王など、この国には要らぬ」

 ヒューム公爵は分かっていたのだろう。

 彼が本物のサイディスであり、正しい血筋を持った王であることを。それでも偽の情報を流し、公爵という権限を使ってサイディスとジュール卿を貶めたのだ。

 元々彼を不満に思っていた貴族を煽り、ユリウスを王にすることで元々彼らが持っていた貴族としての威厳を取り戻そうとしたのだろう。

 ライラの瞳に鋭い色が混じる。

「国を傾けたのはここでも結局貴族なのね。嫌になるわ」

「過ぎた口を聞くな娘」

「お前こそ口を改めよ、ヒューム卿。こちらはティナの十三継嗣ラティラス殿だ」

「ティナの?」

 男は驚いたように目を見開く。

「かの国には女性には継承権などなかろう」

「疑いがあるのならばティナ本国に問うてみれば良いでしょう。例外となった王女の名くらい答えてくれるでしょう」

「なるほど、ついには異国に助けを求めたか、恥曝しの王め。最早遠慮することは無かろう、ティナの王女共々この手で引導を渡してくれる」

 男はざらりと剣を抜きはなった。

「彼女は関係なかろう」

「公式の招きもなく城内を訪れていたのであれば侵略と同等。排除する権利が私にはあると思うが?」

 鋭い視線で睨みながらサイディスの方に近づいてくる。

「一つ聞く」

「何です?」

「デュマは何故俺を捕らえに来た?」

 くっ、と可笑しそうな笑い声が響く。

「あの男自ら来たんですよ。自分の権限で軍を動かせると。私に従うのと、貴方に従うの、どちらが有益かあの男も十分解っていたのでしょう! 娘をユリウス殿下の正室にすることを条件にこちらの言うことを何でも聞いた」

「……貴方は条件を飲んだの?」

「当然ですよ、姫君。それが取引というものです。ただ、その後ノウラ姫が居なくなれば私の知る限りではありませんがね」

 ぴくり、とサイディスが反応を示す。

「ノウラをどうした?」

「殺してはいませんよ。大切な切り札を早々死なせるわけにはいけませんから手厚く保護させて頂いています。……お会いになりたいですか、サイディス陛下」

「会わせてくれるのか?」

「いいでしょうとも。……連れて来なさい」

「はいはい、全く、どいつもこいつも人使いが荒いですね」

 聞き覚えのある声がしたかと思うと、がらりと暖炉の後ろの隠し扉が開いた。

 そこから出てきたのはノウラと、ノウラを捕まえ首筋に剣を突きつけている魔槍使いだった。

 更にサイディスとライラを取り囲むように幾人もの兵士達がずらりと並んで出てきた。

 隠し兵士とは実に趣味が悪い。

 ライラは顔をもたげて公爵を冷たく睨む。

「陛下っ!」

 悲痛にノウラが叫ぶ。

 サイディスが険しい表情を浮かべた。

 これは明らかな人質だった。

 動けば斬る。明らかにそう言った脅しだ。

 もちろんサイディスが真実王であれば、ノウラの命と自分の命を比べて天秤にかけるわけにはいかない。王とは何があっても生き残らなければならないのだから。

 だが、一瞬の動揺と迷いを与えるには十分なのだろう。

 嫌な手だと思った。

 仮にも夫婦になる二人だ。例えサイディスがノウラに対して愛情を抱いていなかったとしても目の前で妻になるはずの者が斬られて平気で居られるはずもない。

「キカ、陛下が少しでも動いたならその娘の首を掻ききりなさい」

 ノウラを抑えたままのキカが苦く笑う。

「はあ、嫌な役回りですね」

「陛下、姫が斬られるところを見られたくなかったら大人しくしていることです。この男、ノウラ姫を保護する際、南国の奇剣と呼ばれる程の男を切り捨てている」

「毒ですよ、毒。剣に毒を塗ってありましたからね、簡単に倒れてくれました」

「……殺したのか?」

「さぁ、どうでしょう」

 肯定するかのような笑み。

 答えを聞いてサイディスは笑いを漏らす。

 聞いている者がぞっとするような壮絶な笑いだった。


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