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揺らぐ太陽の韻律  作者: みえさん。
第七章 精霊は玉響に
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 覚悟が無意識ならば反射的に反撃を考えていたのも無意識だった。

 どうあっても死ぬわけにはいかないという明確な意志があったからかもしれない。凶手の剣捌きは初めからライラを殺しに掛かっているような明確な意志を持っている太刀筋だったために余計に死ねないという意志が働いたのだろう。

 左に飛びながら彼女は自分を狙った者の姿をしっかりと見ていた。ほんの一瞬だったが、太刀筋が明らかにエテルナードの兵士と違うように見えた。

 凶手の剣がライラの腕に食い込もうとした刹那、その剣が何かに弾かれたように高く舞い上がる。

「!」

 男は跳ね上げられた剣を離しはしなかった。すぐに持ち替えて勢いを付けて剣を振り下ろした。

 だがその瞬間にはライラの呪文が組上がっていた。

 同時に彼女は真後ろに二つの気配を感じる。その二つの気配が振り下ろされた剣を受け止め弾くのは彼女が手のひらに魔力を集中させ、腹部めがけて思いっきり叩き込んだのと同時だった。

 三人から反撃と攻撃を同時に食らった男は弾き飛ばされ、城壁に強く叩きつけられる。

 振り向いて彼女は驚いた。

 助けに入った一人はイディーだった。驚いたのはもう一人の存在。

「……リオリード……さん?」

 赤い髪の男が不機嫌に見下ろす。

「注意力散漫だな」

「あ……ええ、ごめんなさい、助かったわ」

 礼を述べるライラとは対照的に、イディーは険しい表情で男を睨む。

「……どうしてお前がこんなところに?」

「………」

 イディーの当然の質問に、彼は睨んだだけで答えず剣を構える。

「来るぞ」

 反射的に彼が構えたのは彼自身も戦いの心得があったからだろう。立ち上がり再び襲いかかってきた凶手の剣を巨大な剣が受け止め、細い剣が腹部を捕らえていた。

 だが。

「!」

 苦痛に表情を歪めながらもにやりと凶手が笑った。

 ねっとりとまとわりつくような笑み。

 ぞっとしてライラは真後ろに飛ぶ。

 先刻のように反応が遅れていたとは思えない。だが、男の攻撃は早かった。狙いを定めた剣が彼女の胸めがけて突き込まれる。それは明らかに熟練の「殺し屋」の技術であった。

 リオリードが鋭い舌打ちをする。

 刹那、ライラの胸元まで迫ったいた鋭い切っ先が消え失せる。ふわり、と何かが宙を舞った。

 腕だった。

 肩から完全に切り離された両腕は剣を握ったままの形で宙を舞い、どさりと地面に落ちる。

 不思議と血の吹き出す量は少なかった。

 男の腕を切断したリオリードはライラを背に庇うように剣を構える。

 背後で悲鳴のような声が聞こえた。半狂乱になって先刻まで自分たちに挑んでいた男達が逃げ出していく気配を感じたが、それには構っていられなかった。恐らくあの一団の半数はまだ戦にも参加したことのない若い者が多かったのだろう。圧倒的で、なおかつ躊躇いもないリオリードの剣技を見て恐れを成したのだ。

 両腕を失った男が狂ったような瞳でライラを見る。

「……呪いの王女め……!」

「………っ」

「これで終わったと思うなよ」

 ごほ、と男がむせる。

 その口から黒の勝った血がだらりと流れ出す。微かに毒物の匂いがした。状態が傾ぐように揺らぎ、やがて身体は前にのめるように倒れ込んだ。

 それきり、男は動かなくなった。

「何だ……? 君を狙っていたのか?」

 イディーは不思議そうにライラを見る。

 少女の顔に険しい色が浮かんでいた。

 自分を狙う存在に心当たりがあったが、答える事が出来なかった。恐らくこの男は先だって傭兵が集められた際に入り込んだのだろう。それは想像に難くないが、自分がここに来るか否かは判断出来なかったはずだ。

(それなのに、何故)

 リオリードがいなければこの男はライラの片腕くらいは落としていただろう。その状況で戦ったとしてライラが残れた保証はない。それだけの手練れが送り込まれた事実は衝撃だった。いや、確実に相手の命を狙うためには相応の者が必要だろう。ティナ王族が王族としての立ち居振る舞いだけではなく剣技や魔法に関しても人並み以上に学ぶことを考えれば男の実力は妥当な線だ。

 ただ問題は明らかに男は捨て駒なのだ。

 相打ちになったとしても確実にライラを仕留め、万一失敗に終わったのなら首謀者のことが他に漏れないように自害するように教え込まれた「専門」の者を使ってきた。これだけの手練れを捨て駒のように使う。

 狙ってきたのは自分を邪魔だと思っているティナの王室の関係者達か、あるいは。

「……行くといい」

 低く、少し掠れたような声が呟くように言う。

「ここは俺が引き受ける」

「お前を信用していい保証がどこにある?」

 剣呑な様子でイディーが問う。

 そもそも彼は先刻の質問に答えていない。大体彼は、月迦鳥を「安全な場所」へ連れて行ったのではなかっただろうか。

 様々な疑念はあったが、ライラには彼がやはり悪人のようには思えなかった。躊躇いもなく腕を切り落とした冷静な判断力や、顔色一つ変えない様子を見る分に生やさしい人間ではないだろう。けれど、少なくとも自分は彼に助けられている。目的は分からないがライラにとっては敵対する相手ではないように思えた。

 だが、一人で大丈夫なのだろうかと疑念もある。それは彼に対して非礼にあたるかもしれないが、関わった人が死ぬのは嫌だった。

(それでも)

 ライラは周囲を見やる。

 騒ぎを聞きつけたのか衛兵達が次々と駆けつけている。のんびりしていればサイディス国王の身に良くないことが起こるかも知れない。

 それはこの国にとっても、ティナにとっても良くないことだった。

 考え倦ねた瞬間、真上から何か気配を感じてライラは見上げた。

「おーい、ラっちゃん!」

 真上で手を振る男はライラの叔父だった。

 この場に似つかわしくない雰囲気を漂わせた男の後ろには武装した兵士達の姿がある。殆どが弓矢や長距離に対応した武器を持っていた。

「叔父様!」

「……お、叔父?」

「その人、クー達が援護するから大丈夫だよ! だから、早く行ってぇー」

 ライラは頷く。

 どういう経緯で城の兵士達を仲間にしたのか分からないが、リオリードとクウルの力が合わされば何の心配もない気がした。

「お願いするわ、叔父様」

「はーい、お願いされましたぁー。サズー、ラっちゃんのことよろしくねぇ」

「ん? あ、ああ……」

 誰かを守れ等とは国王に頼むような内容ではないが、あまりにも当然のように言われてさすがに彼も呆気にとられた様子で瞬きながら頷いた。


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