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揺らぐ太陽の韻律  作者: みえさん。
第七章 精霊は玉響に
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 ユリウスの即位式まであと六、七時間後と迫った明け方の頃だった。

 念には念を入れてと交代で仮眠を取っていたライラが二度目の眠りについて間もない頃、突然彼女は飛び起き腰元に手をやった。

 普段とは違う格好をしていることを思い出し、彼女は短剣の位置を再確認して手を伸ばす。いつもは腰の組紐に挟むようにして短剣を持っているが今は衣装に隠すように大腿部に付けてあるのだ。

 裾を軽くたくし上げ警戒するように低い声を漏らす。

「……六人くらい?」

 問いかけると戸口にぴったりとくっついて、やはり警戒している様子の男が頷いてみせる。

 彼の衣服は教会内の警備をする者の衣装に替えられている。即位式には教会の高僧達も多く参列するために護衛の格好の方が潜り込みやすいと判断したからだ。無骨な鎧とは少々違うがいざというときは戦う為に作られた衣装のため、前の格好よりも彼には似合った。体格がいいせいなのだろう。普通ならば守ることが仕事のように見える格好だったが、彼が身につけるととたんに戦う事が常の武人のような印象に変わる。

 そのくせ不思議と粗野な印象がないのは彼自身の生まれ持った品位から来るのだろう。

「近くには。それに加えて左右に二人ずつ、距離からして弓兵だな」

「ああ……」

 気配を探ってライラは頷く。

 人の気配というのは常人が感じ取れるようなものではない。しかし、こうもあからさまに殺気を漂わせていると嫌でも解る。こちらを挑発しているか、気配も悟れない程と侮られているかのどちらかだ。ライラが人の数や位置まで把握出来るのは、魔法の気配を辿る癖があるからだ。魔法が使えない人でもこの世界に生まれた生物ならば微量魔力で大抵の気配は読みとれる。

 短剣を抜くのを止め立ち上がり男の隣に並ぶ。

 短剣は元来接近戦で使うものだ。長距離から弓が放たれる可能性を考えれば、短剣を使うよりは魔法で応戦するのが上策だ。

 ライラは小声で言う。

「弓は気にしなくていいわ」

 無論弓が放たれる心配が無いと言ったわけではない。

 言葉の意味を正確に取ってイディーが頷いた。

「出たら一気にやる。背は任せた」

「了解」

 答えるとほぼ同時だった。

 どん、という音が響いたかと思うと扉が乱暴に開かれ数人の男達が雪崩れ込んできた。

 瞬時に精霊を集めライラは男達の左後方にいる弓兵に向けて放つ。精霊達が放たれた矢を焼き払うのと、イディーが勢いに任せて斬りかかってきた男の剣を弾き飛ばし、二人目に剣の柄で当て身を食らわせるのはほぼ同時だった。

 一拍置いて三人目がイディーに斬りかかった。

 右後方に向けて牽制の炎を放つと同時にライラは組み上げた魔法を男の目の前で爆発させる。

「!」

 規模としては攻撃には入らないような魔法だったが、突然目の前に激しい光を感じた男が怯んだ。

 イディーはそれを見逃さず、腹部を強かに蹴り飛ばす。

 同時に勢いに驚いて唖然としている四人目に向けてライラは魔法を放つ。普通城の兵士達の使う鎧には魔法攻撃の耐性がついている。しかし至近距離で放たれた力に圧倒されるように彼が激しく飛んだ。

 五人目の男をイディーが昏倒させる時には同時進行で組み立てていたライラの呪文が完成する。

「‘炎よ、圧倒しなさい’」

 言うが早いか放たれた炎が後方で二本目をつがえていた四人の弓兵達に襲いかかる。文字通り炎に圧され倒れていく中、唯一右端にいた一人だけが倒れる間際何とか弓を放つが、それは的はずれな方向へ飛んでいった。

 どん、と音を立て、イディーが六人目をなぎ倒した。

「行くぞ」

「ええ」

 頷き返してライラはイディーの後ろを走る。

 月迦鳥を狙ってきた魔物と戦った時にも思ったが、彼の剣技は優れている。それに何故だか戦いやすかった。まるで彼の手足が自分のものになり、自分の手足が彼のものになったような感覚。恐らくそれは彼自身も感じている事なのだろう。自分が息をするのと変わらないくらい自然に彼が動いている。出会ったばかりだというのに、遙か昔から知っている気分になる。

 こんな風に自然に身体が動くのは彼で三人目だ。

「今のはユリウス派だ。俺は貴族をないがしろにしているらしい」

「なるほど、政治を放置している割に賄賂を受け取らない王様に昔からいる貴族達は不満に思う訳ね」

 そうでなくても先代オルジオの代からデュマ・ディロードという階級的には要職に付かないはずの下級騎士が軍事総統に抜擢されたりと、古く格式の高い家柄には不満が蓄積していたのだろう。

 幼くして王位に就き、すぐに政治に飽いたサイディスはその貴族達に取って取り入るにはたやすいと思っていたはずだ。だが、彼は政治に関心を示さない上に、賄賂代わりに差し出された娘達を王妃に据えるどころか側室にさえ入れなかった。ないがしろにされたと思って当然だろう。

「それにしても、貴方がここにいることを誰が漏らしたのかしら」

 走りながら呟くと、彼は少し考えるように言う。

「君の方に心当たりは?」

「居場所を知っていると言う点ではあるわ。私の気配が分かる人がいるの。でも、万が一にも私を危険に晒すことはしないわ」

 うん、と彼は頷く。

「なら、俺の心当たりだ。敵意があったかは別として居場所を知っている可能性があるのは二人、ネバとユリウスだ」

「猊下はともかく、ユリウス殿下?」

「ああ、この剣がある限り、あいつは俺の居場所が分かる」

 彼はトンと持っている剣を叩く。

「少々短絡的に物事考えて漏らす可能性があるわけだが……」

「!」

 彼の言葉が終わるのを待たずに反射的に彼女はしゃがみ込んだ。

 イディーの剣が今までライラがいた位置を薙ぎ、ライラも前方に向けて風を放った。

 風にあおられてバラバラと弓が墜落し、剣を握ったままの男が乱暴にはねとばされた。

「随分と恨まれているようね」

 淡々とした口調で言う彼女に、彼は苦笑を禁じ得ない。

「逆恨みもいいところだ。……裏庭を通って城内に向かう。この際、少々壊しても構わないが、重要なものも多いからなるべく自重してくれ」

 何かを叫びながら雪崩れ込んでくる兵士達の姿が見えた。

 ちらりと笑って、ライラはイタズラっぽく答える。

「仰せのままに」

 ここは教会の敷地内だ。憚って入り込んでいる兵士達も総数から言えばそれほど多くない人数なのだろう。力に圧倒的な差があるとはいえ、二人でその人数を相手にするのはさすがに骨が折れる。

 まして、殺さず、破壊もせずを守っていたらいつか限界に達する。

 場合に寄ってはまとめて吹き飛ばせる威力の魔法を使うことを許可されたのだ。

 追いかけてきた兵士達から逃げるように、ライラ達は裏庭の方に走り込む。教会と城を行き来できる狭い通路に武装した体格のいい男が立っている。

 その背後には同じく武装した兵士達が立っていた。

「……ロデンフォーク」

 呟くようにイディーが男の名を呼んだ。

 その声を聞き届けたのか、髭の男がにやりと笑いを浮かべる。

 剣を抜き放ち、後方に控える兵士達に命令を下す。

「怯むな! 進め!」


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