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揺らぐ太陽の韻律  作者: みえさん。
第六章 闇の魔槍は暁を貫く
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 消し炭の街にはお世辞にも治安が良いとは言えない。

 非合法な店も多く、この街だけを見れば到底「沈まぬ大国」と言われるエテルナードだとは思わないだろう。それでもこの街が維持できているのは激しい取り締まりが行われないからだと彼は知っている。

 時には人の死体すらも商品として扱われる。そう言う街はどの国にも存在するのだろう。それはこういった街が国の維持に大きく役立っていることを意味している。

 少なくともこの国では要人達がこの街を利用する事があるのだ。故に合法と認めていなくてもこの街の存在を見て見ぬふりをしている。

 その町中を走り抜ける彼らに声をかけるものはない。

 あからさまに不審であるからだ。あるいは彼の異様な剣が近づくのを躊躇わせている要因かもしれない。抜き放たれた剣は深闇の気配を漂わせ、そこから触手のように伸びる金色の柄は、まるで彼の身体に寄生するかのように巻き付いている。とても正常な状態には見えなかった。

 彼の後を追いかけるノウラは酷く呼吸を乱していた。

「大丈夫ですか」

 ジンが問うと彼女が頷く。

 呼吸は荒いもののもう少し余裕がありそうだった。普通の貴族ならばとうに音を上げているのだろう。彼女の体力は想像していたよりも随分あるようだ。

「あそこが、件の店のようです」

 彼が指差した方向には一件の酒場があった。店の名前は‘水の都’。この街の中には何件も見かける酒場の一つだった。

 駆け込むように彼は扉を開く。

 甘辛い料理の匂いに加えて噎せ返るような濃厚な酒の匂いが漂う。

 ようやく立ち止まった彼らは呼吸を整えながら中へと入っていった。不思議な髪の色をした老人が不審そうに彼らを見やる。

「まだ開いていないよ」

 彼は剣を手に握ったまま、彼女を背に庇うようにしながらカウンターへと近づいた。

「サファイアという酒があると聞いてきた」

「ああ、なるほど。確かにここにある」

 老人はカウンターの奥から青色の瓶を取り出し、グラスに注ぎ入れる。注がれた酒自体が深い青色をしていた。

「座ったらどうかね。……ああ、それにしても、雨が降りそうな天気だ」

 警戒をしながら男が近づく。

「そうだな、十三日は晴れて欲しいが……」

 言った瞬間だった。

 鋭い殺気とともに老人の手元から光るものが投げられる。瞬時にジンは剣を振った。きん、と澄んだ音を立ててそれが床へとたたき落とされる。

 金属のナイフだった。

 ジンが鋭い視線を老人に浴びせる。

「……何の真似だ? お前はライラの味方ではないのか?」

「うるさい、ライラ様に集る蛆虫め、お前こそ、ライラ様とどういう関係だ? 返答によってはこの場で斬って捨てる」

「………」

 ばちり、と二人の間に緊張が走る。

 おずおずと声を出したのはジンの後ろに庇われていたノウラだった。

「あ、あの……」

 瞬間老人の表情が明らかに変化する。

「すみません、お嬢さん、暫くお待ち頂けませんか」

 ジンの視線が呆れたものに変わる。

「お前、随分と態度が違うな」

「当然だ。ライラ様に言い寄る男め!」

「勝手に決めるな」

「言い寄られて対処に困ったライラ様が苦肉の策でここを教えたに決まっている! そもそも、そんな物騒なものを持ったまま入って来る非常識にライラ様が好意を抱くはずがない!」

 断言されてジンは軽く息を吐く。

 確かにそれは一理あった。今まで戦闘していたとはいえ、剣をむき出しの状態で店に入るという方がおかしいのだ。まして、ジンの剣は特種な魔剣だ。非常識と言われても仕方のない。

「それは、こちらが悪かった。すまない」

 言ってジンは剣を鞘にゆっくりと収める。

 するりと触手が解け、剣柄は元の形へと戻っていった。

 老人が驚いたように目を剥いた。彼の視線は剣の鞘に付いている飾り玉に注がれている。

「お前、その飾り玉は」

「ああ、以前ライラから……」

「くっ」

 もらったものだ、と言い終わる前に老人が悔しそうに顔を歪めた。

「ライラ様がそれほどまでに信頼した男……くっ、排除などしたら、私の方が叱られてしまう」

「……どういう意味だ?」

「お前は……いえ、貴方は不本意ながら合格点という意味です」

 老人は先刻とはうってかわって丁寧な態度へ切り替える。だが、言葉は慇懃無礼で表情は若干引きつっているようにも見えた。

 随分おかしな男だが、少なくともライラに対して激しく心酔しているのが分かる。敵ではないと思って良いのだろう。

「ライラ様は残念ながら今はいらっしゃいません。……用件を窺いましょう」

 ジンは頷いた。

「彼女を安全な場所に」

「では、その方が……」

 言いさして老人は口を噤んだ。

 ジンもまた戸口の方へ視線を向ける。

 きい、と、ドアが開き男が入ってくる。男の片頬は火傷の跡のような傷で覆われている。剣を携えているものの、魔法に従事する者を示すかのように横髪の一房だけが異様に長くのばされていた。

 刺々しい鋭い気配に居合わせた全員が警戒を強める。

 男はジンと老人にちらりと視線をやったが、故意に無視をしてノウラの方に向かって頭を下げた。

「……ノウラ姫ですね、お迎えにあがりました」

「迎え、ですか?」

「そうです、ある方の依頼でユリウス殿下の即位式まで貴女を安全な場所に匿う事になりました。キカと申します」

 ジンは眉を顰める。

 匿う、という言葉だったが好意的には取れない。ユリウスの即位式と同時に彼女のとの婚姻をという声があるのを考えればディロード派とも取れるし、逆に彼女をユリウスに近づけない為に他の一派が彼女を「人質」にしようとしているようにもとれる。

 どちらにしても男の後ろに付いているのが誰なのか分からない以上、簡単に彼女を差し出す訳にはいかなかった。

「誰の命令だ?」

 低く尋ねると男は笑う。

 火傷のせいで引きつった笑いのようにも見えた。

「申し上げられません。まぁ、ノウラ姫に対して積極的に害をなそうとする人間では無いとお伝えしておきましょうか」

「それを信じろとでも?」

「信じて下さらなくても結構です。少々荒っぽい手段をとらせて頂くだけですから」

 そう言って男は長く伸ばされた一房の髪を後ろに跳ね上げる。

 細くなった目は異様な鋭さを帯びていた。


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