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揺らぐ太陽の韻律  作者: みえさん。
第六章 闇の魔槍は暁を貫く
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「はーい、そこのキミ、ひょっとしてあの三大陸を股にかけあらゆる戦争に参加してきた魔槍使いフォルテスの弟子にしてその名前を継ぐ……ああっ、ちょっと待ちなよ、こういう時、口上くらい聞くのが礼儀ってもんじゃないのか!」

 突然声をかけてきた怪しげな男はキカに向かって早口でまくし立てる。あまり関わり合いになりたくない人種だと、一刻も早く立ち去ろうとしたキカの服を引っ張り引き留めひっぱりながら露天のベンチに座らせる。

 不機嫌にキカが睨み付けた。

「何のつもりです?」

「ナンパ……ああ、嘘嘘、冗談、ジョーダン。ごめんなさい……睨まないで、怖いから。……えっと、少し貴方に話がありましてね」

 そう言って男は胸のバッチを見せる。

 エテルナードの兵を意味する階級章だ。階級そのものは低いものの、特別な権限が与えられた事を示すように階級章の端には水色に着色された石が填め込まれている。それは本来目立つところには付けられない特別なもの。財務関連で何かあった場合階級を超えて調査する権限を持つ者の証、つまり、普段は普通に兵として動いていてもいざというときはコルダ・ジュールの命令で動く兵士の証だ。

 キカは顔を顰めて男を見る。

 よく見れば彼の後ろにいる少年は、顔を隠しているものの、ジュール卿の息子のレントだった。

「……城内で色々あったのはご存じですよねぇ」

「………」

「俺の所のボスが西の塔に捕まっちゃいましてねぇ。厄介なことになりました。俺はあの人の命令で動くようにって命じられているもので、なかなか動くこともかなわないんです。で、そのボスから奥様経由で貴方への伝言頼まれましてね、届けに来たんですけど、聞いてくれますかねぇ」

 まるで他から聞き取れないようにしているかのように低音の上早口で言った男は、探るようにキカの瞳を見ている。

 同じようにキカも男の目を見ていた。

「……何故、俺に伝言が?」

「そりゃ、同郷の貴方に助けてもらいたいってことですよ」

「同郷? おかしな事を言われる。ジュール卿の出身地は私の故郷とは違うはずですが」

「表向きは」

 言った彼を不思議そうに見たのはレントの方だった。

 キカは凍えるような視線を彼の方へと向ける。

「それをあんた、どこから聞いたんです? あの男が、自分の故郷の話をするとは思えませんが」

「なるほど、貴方は私たちの村が一つと思っている訳ですね。‘団長’がそんな危険を冒すわけがないじゃないですか」

「お、おい、お前、何の話をしているんだよ」

 慌てたようにレントが言う。

 更に怪訝そうにしたキカに男はくすくすと笑った。

「彼はね、何も知らないし、知らされていない。おかしな話でしょう? 両親が何者かも知らないなんて」

「チェレスタ? お前一体……」

「そう、俺はチェレスタ。実行役の補佐を任されています。貴方がいたのは実行部隊を育てるための村の一つ、そう言えば分かりますか?」

 剣を引き抜くところだった。

 だが、それを必死に堪え、キカはチェレスタと名乗った男をじっと見据えるに止まった。

 キカが師であるフォルテスに連れられて一時的に滞在した村は地図には存在しない場所にある。村の人間で無ければ出入りが出来なかったし、子供達もまた大人と一緒で無ければすぐに迷ってしまうような森の中にあった。

 あの村が特殊な村であることはキカも理解している。色々な人種の子供達がいた。師匠をはじめとして教える大人達も様々な能力を持っていた。子供達はそれぞれ一つのことを中心に教え込まれる。キカはフォルテスを師としていたために、魔槍術を徹底的に教え込まれた。まともな事で成り立っている村ではないことをキカはすぐに気が付いた。

 見合った金額さえ払えば何でも出来るように「専門家」を子供の頃から育てるのだ。そしてその依頼の大半が人を殺める仕事。キカの師はキカにその道に進ませる為に村に連れてきたのでは無かったが、村出身であることを周りに悟られてはいけない、そう言い含められてきた。

 村がない今では意味のないことだと思っていたが。

「ジュールの家は何代にも渡ってこの辺りの連絡役をしていました。……コルダ様はアリア様と結婚されるまで暗殺専門の実行役として外に出ていました。知っていますよね」

「そんなこと、誰かに聞かれたら大事ですよ」

「こんな突飛な話誰も信じませんって。……あの方が先王陛下暗殺の為にここに入ったのも誰も信じません」

 それに関しては想像の範疇であったためにキカは驚きはしなかった。驚いたのはむしろ息子の方だろう。大きな瞳を瞬かせながらキカと同僚の姿を見比べるように見る。

「………親父が、暗殺?」

「そうだよ、君の父親はそのためにエテルナードに来ていたんだ」

「じゃあ、オルジオ先王陛下が亡くなったのは……」

 顔色が真っ青だ。

 キカは息を吐いて首を振る。

「恐らくそれは違うでしょう。あの人の専門は毒ではありません。ここに入ってから暗殺までに随分と時間が掛かっています。実行した者がいるとすれば別の者です」

 くすくすとチェレスタが笑う。

「何だ、てっきり貴方は全部コルダ様の責任にするつもりだと思っていたけど、違うんですね。コルダ様が実行する前に依頼人の方が亡くなりましたからね、実行の必要は無くなってしまった」

「それでもこちらに残っていた。何故です?」

「団長の決定です。理由は知りません。俺が知る必要もありません。俺はコルダ様を補佐し守る義務がある。それだけです」

 訳が分からないと言う態度のレントをちらりと見やってキカは不機嫌そうに言う。

「私に塔を攻撃させて、その隙に逃がすつもりですか?」

「はい。あの人救出しなければ僕ら動けないんで。せめて命令だけでも聞ければと思いまして。あ、因みに伝言はこうです‘俺の首が欲しければ狩りに来い’」

「………」

 キカは無言で立ち上がる。

 嬉々としてチェレスタが言う。

「奇襲かけてくれますか? あわよくばあの人殺せるかも知れませんよ」

 キカは見下したように睨んで鼻先で笑う。

 皮肉のこもった瞳だった。

「それで殺した暁には私は罪人として捕らえられる。万々歳ですね」

「成功しても失敗しても俺たちが逃がしてあげても構いませんよ」

「冗談じゃない。あんた達みたいなものを信用出来るわけがないでしょう」

「俺たちは嘘は付くけど、約束は違えません」

「そんなことはどっちでもいいんです。……ジュール卿を抹殺するなら確かに今が好機です。だが、私は今はそんなことをするつもりはない」

 チェレスタは目を瞬かせる。

「あれ、敵討ちは良いんですか?」

 鋭い視線がチェレスタを射抜く。

 どうでもいい訳がない。幽閉されている今なら彼自慢の召喚獣達も側にいない。攻撃をしかけて成功する確率は高い。

 半信半疑なのかと問いかけた女の顔がよぎる。

 あの村の住人で生き残ったのは自分とコルダだけ。動機の面から見てコルダが村を襲撃する理由は分かる。だが、引っかかりを覚えていた。コルダが犯人ならばキカが隠れていたあの場所を探さない訳がないのだ。村の人間ならあの隠し部屋の存在を知っていたはずだ。なのに自分は助かった。あの時自分は村の住人の数に加えられていなかったが、フォルテスが子供を連れて戻った事をコルダは認識していたはずだ。それなのに、キカは助かったのだ。だから、引っかかっていた。

 あの村を襲ったのはコルダ以外の誰かである可能性。

 仇ではないかもしれない相手の為に危険を冒せない。まして、今はすべき事があるのだ。

「私には助けるべき人がいるんです。ジュール卿をどうこうするつもりなら自分たちで何とかして下さい」

「ははぁ、恋でもしているんですね。それで復讐なんかどうでも……ちょ、ちょっと、危ないじゃないか! 全く冗談がまるで通じない!」

 目の前に飛んできたナイフをキャッチして憤慨する男を睨んでキカはその場を立ち去った。


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