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ティナ王国は気づかないだけで殆どの国民が何かしらの精霊返りの特徴を持っていると言われている。今は消滅し存在しない国なのだが、北方大陸にあったアインハイト王国には精霊返りというよりも、精霊そのものの外見を持っている種族が住んでいたという。その種族がティナ人の祖先であるラン人と混じったために、ティナ人に精霊の特徴を持って生まれる事が多いとされている。
精霊返りと言っても、その特徴は様々だ。能力だけが精霊のものに近かったり、あるいは髪や瞳の色が少し他とは違ったりする程度のもので、普通の人間と殆ど変わらない事が多い。生活する分にも特に何らかの支障があるわけではなく、殆どの者がそうとは知らない事が多い。
本当にごく稀にティナ国内で翼を持っていたり、耳の形状が人と大きく違うという特徴を持って生まれる子供がいが、強い精霊返りの特徴を持った子供の多くは成長できずに死んでしまうという。
「何で?」
「人の住む環境に適応できないんです。下手をすれば母乳ですら毒素になりかねない。……というのが建前です」
「ん?」
「実際は王家によって殺されるんです」
ユーカは唖然として彼の方を見る。彼は淡々とした口調で続ける。
「適応出来ないのは本当です。それが原因で生まれて数日で亡くなることが多い。でも、一番の問題は存在するだけで大気中の精霊素を大量消費することです」
精霊素は精霊達が存在する為には無くてはならないものだ。本来ならば土地や精霊の力で循環し一定のバランスが保たれる。しかし人の中に生まれた精霊の子は循環の仕方を知らない。それが歪みを生み、国に災害をもたらしかねないのだ。
故に精霊の外見を持った子供は王家が預かることになっている。子供の命を救うためという建前で預かり、実際に行うのはもっとも楽に死ねる処置だ。
「ちょっと……それ、よく問題にならないね」
「実際そのような処置を行わなければならない子供が生まれるのは年に一人いるかいないかくらいです。それに全員が全員殺される訳では無いんです」
「っていうと?」
「ティナ王族には一人ずつ補佐役として精霊返りの者が付くのを知っていますね?」
うん、とユーカは頷く。
「ケイス君みたいにでしょ?」
「そうです。だから多くの親は死ぬはずの子供を王家が助けてくれたと思っています。亡くなっても、それは仕方なかったことだと受け入れます」
「………」
「子供がある条件を満たした場合、救済の処置がとられます。ティナ王族と契約することで………そうですね説明は難しいですが‘使役精霊になる’といった感じですね」
ティナの王族は強い精霊返りの特性を持っている。外見にこそ人間と大きな違いは無いのだが、その能力は高い。それでも不思議なことに彼らは本能的に精霊素の使い方を知っているのだ。
「精霊や召喚獣等と契約すると術師と使役される側は能力の一部を共有することになる。おかしな話ですが精霊として契約することで、私たちは人として安定していられるのです」
「適応できるようになる?」
「そうです」
「んで、その救済の条件って?」
「私は、はっきり聞かされていませんが、占星術によって選ばれるそうです。……能力の高さも条件の一つですが」
王族を守れるか補佐できるだけの能力が無ければならない。それも条件の一つに過ぎない。あらゆる条件を満たした場合のみ、生き延びる為の選択を許されるのだ。
ユーカは鋭い目つきになる。
「酷い話だね」
「はい。ですが、国としてはどうしようもない決断なんでしょう」
契約するだけで全員救えるのなら今すぐ全員と契約すると言ったのはライラだ。
実際そんな簡単な問題ではない。救済しようにも、お互いの波長が合わなければどうしようもないし、無理に契約をしても良くて死、最悪術者である王族を巻き込み、暴走する可能性もあり得る。
だからもっとも安全に助けるために全てが慎重に選ばれる。
「そんじゃ、ティナにはケイス君みたいなの十三人いるの? 全員精霊返りなんでしょ?」
「いえ、精霊返りと言っても、契約の必要のない者が殆どです。契約で結ばれているのは私を含め五人だけです。他の子供は条件を満たせずに……殆どが生まれてすぐに亡くなっています」
「じゃあ、ケイス君は‘選ばれた人’な訳だ」
先刻と変わらず軽い口調だったが、彼女の声音にはどこか非難の色が混じっているような気がした。どんな国にでも国を守るために後ろ暗い面はある。それを聞かせてしまったのだから、彼女の反応は当然なのかも知れない。
彼は少し笑って答える。
「私の妹は確かに‘選ばれて’いましたが、私は出来損ないですから、殺される側にいるはずだったんです」
「そうなの? でも、じゃあ何で殺されなかったの?」
「私の両親は城勤めでした。そのために私が城に預けられたらどうなるか分かっていました」
殺されると分かっていて生まれたばかりの子供を預けられる親なんかいない。
ケイスナーヴの親は死産だったと報告し、彼を隠しながら育てた。禁止されている暁術を使い、彼を無理矢理安定させようとしたのだ。
「私は運が良かったんでしょうね。その禁止暁術ははっきり言って命を奪いかねないものです。ですが、命が救われた代わりに、私の身体には副作用が残りました」
「ひょっとしてその老人の姿って?」
「ええ。私は特別な水を摂取したときにだけ一時的に本来の姿に戻れます。ユーカさんと始めに会った時の姿の方が本来の私に近いはずです」
実際は親の行った暁術が原因なのか、彼の本来の体質なのか分からない。
「うーん、お水飲まないとあり得ない位乾いちゃうんだ」
解釈が違うような気もしたが、彼は肯定するように頷く。
「そんなようなものですね」
暫くして妹が生まれた。妹は明らかに「条件」を満たしていた。そのため妹は城に預けられ、それから数年後に生まれた五王子ノーヴィスの側仕えとなった。五王子が生まれるまでの数年、妹がどうやって生きてきたのかケイスナーヴは知らない。だが彼女は無事に生きて今も彼に仕えている。
本当ならそれで終わるはずだった。妹と自分、全く別々に生きてそれぞれの人生を終える。お互いに顔を会わすこともなく、妹は兄の存在を知らないまま終わるはずだったのだ。
我慢が出来なかったのはケイスナーヴの方だ。
生まれたばかりの時に一度だけ会っている妹を恋しく思う反面、彼女に対する嫉妬もあった。自分だけ何故隠れていなければならないのか。その不満が、妹や王族に対する憎しみを生んだのは不思議な話ではない。
「私は妹に自分の存在を知らせ、ただほんの僅かでも私を想って欲しいと妹に会うために王城へ向かったんです」
もしも、王族と出くわしたなら殺してやろうという気すらあった。
殆ど人に接する事無く育った彼には明らかに情緒の面で他人とは異なるところがあった。親に教育をきちんとされていたため、頭ではどういうことなのか分かっていた。だが感情との差違がありすぎた。彼は悪いと頭で判断しながらも押さえきれない感情のため王城に攻め込むように入っていったのだ。
当然何も考えていなかった彼はすぐに人に見つかった。だが、彼の外見は妹と双子に間違われるほど酷似している。勘違いをした人に付いていく形で、城の深部に入り込むことに成功したのだ。
それでもやはり上手くいくはずもない。結局フィリローズで無いことが発覚し、彼は拘束されたのだ。
「そのまま殺されるはずだったんです。法に反して生き延び、挙げ句王族を殺そうとまでしていたんですから、当然ですね。でも、私はあの方に救って頂いた」
「ライラ?」
「はい。当時まだ五つになられたばかりでした。……初めてお会いしたとき、私にはあの方が死を操る悪魔の子のように見えました」