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揺らぐ太陽の韻律  作者: みえさん。
第一章 南国の奇剣は夜に煌めき
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 男の机の上には、未処理の書類が山になってたまっている。

 コルダ・ジュールは書類一つ一つに丁寧に目を通しながら処理をしていく。雑用であれば他の者に任せられるが、最終確認ともなると自分の目で確かめなければならない。既にこの職に就いて20年ほどになるために、手慣れたものであった。

 しかし、このところは何故か仕事の量が増えている気がしていた。

 それは王が正式に婚約発表をすると決めたのだけが原因ではないだろう。

 他に、何かあるのだ。

『主』

 足下から、ぼそり、と呟くような声が聞こえた。

 部屋の中には彼の他に人の気配はない。

「……ドルチェか。どうした?」

『王の気配が城内より消えました』

 再び彼の足下から声が聞こえる。それは彼の影から声が聞こえているようだった。女とも男ともとれない声だった。

 コルダは腕組みをし、椅子に寄りかかりながら興味深そうな笑みを浮かべた。

「ほう? 今日は随分と早くに出かけたな」

『追いますか?』

「あれは思いの外気配に聡い。気付かれて巻かれるのがオチだろうが……行ってこい」

『御意に』

「ただし深追いは厳禁だ。無駄な嫌疑かけられたらたまったもんじゃねぇ」

 くすくすと影の声が笑う。

『では、主には迷惑をかけぬように忍んで参ります』

「任せた」

 言うと足下から気配が消えた。

 再び作業に戻ろうと体勢を整えた時、ドアを叩く音が響いた。

「どうぞ」

 言うとすぐに彼は入ってくる。

 視界の端からでもそれが王の弟、ユリウスであることがすぐに分かった。

 コルダの髪は黒に近いほどの赤茶けた色をしているが、エテルナード人の殆どは鬱金色の髪をしている。その中でも王家の持つ色は最も美しいとされる。コルダはこの美しい金の髪を少し気に入っていた。

「兄上から許可の印を貰ってきたよ」

「それはどうも。殿下手ずからご苦労様です」

 コルダはユリウスから書類を受け取り確認をする。

「その様子じゃ寝てませんね、殿下?」

「兄上がいるうちに書類を仕上げたかったからね。これから休むよ」

 ユリウスは穏やかな表情で笑う。

 兄サイディスが関わらなければ彼はとかく穏やかな性格だ。争うことを嫌い、誰かが苦しめば心を痛める優しい性格だ。仕事に於いては冷静で時に冷酷な判断も出来るが、王には向かない性格をしていると思う。

 ただ、実直でそのくせ柔軟な思考には評価が出来る。

 彼が兄に成り代わり王になったのならば、それはそれで利もあるだろう。

「ちゃんと休んでくださいよ。……ん?」

 コルダは一枚の書類を見て手を止めた。

「どうした?」

「いや、不備ですよ。最終印が押してねぇですから、おそらく陛下が見落としたんでしょう」

「すまない。すぐに兄上に……」

「あー、別に今度でも構いやしませんよ。どうせ急ぎのもんでもねぇですから」

 書類に手を伸ばしかけたユリウスの手を払うように、コルダは軽く手を振った。

 ユリウスはすまなそうに肩を竦める。

「それよりも、これを」

 コルダは引き出しを開き重要な書簡を入れる箱を取り出し、ユリウスの方に差し出す。そこにはティナ王家の紋章印の封蝋で閉じられている手紙が一通入っていた。

 受け取ったユリウスは怪訝そうに眉をひそめる。

 中央大陸にあるティナ王国からの手紙は珍しい。外交関連書簡を送り合うことはあるものの、王家の紋印の入った手紙が運ばれるのは少ない。サイディスが個人的に交流のある第三王位継承権者であるセルディ王子が私信を送ってくることはあるが、この手紙は公式な形を取っている。

 差出人は第十三王位継承権者ラティラス・イン・ティナ。

「意訳すりゃ、正式訪問ではないが、十三がここに出向くから王かそれなりの権限のある奴に会いてぇって事みたいですよ」

「十三王子か。私は面識がないな」

「そうですね、おそらく陛下もないでしょう」

 ティナの女性には王位継承権はない。名前と継承権から王子であることには間違いないが、年齢は分からなかった。十三と名乗っているものの、それは純粋に生まれた順で十三人目というわけではない。現在の王の血筋から遠いだけで、実際は王と同程度の年齢であることも十分あり得る。

 そして何より厄介なのは十三という大きな数字が付いていたとしても、次代の王になることが十分あり得るのだ。ティナの王は、継承権のある者で特殊な儀式を行い選定されると聞く。第一王位継承権者が一番に王位を継承する権利があるというのではなく、純粋に国王から血が近い順番に割り振られるだけであり、もしも今の王に妾腹が発覚し継承権者として認められた時、その人物が最も年上であればその子どもが第一継承権者となるのだ。数字はただそれだけの理由であり、そのために十三番目と侮ることは出来ない。

「ラティラス様とやらが近年この国に来た記録はありませんね。噂にもあまり聞かなかったんですが……」

「なかった?」

 過去形にユリウスは首を傾げた。

 彼は頷いて答える。

「そう、つい最近、ティナ王家の介入があってイクトーラの王が変わった。あれには二王子が出張ったと聞くが、実際の所十三も関わっていたとか聞きましてね。まぁ、消し炭から出た噂に過ぎませんが」

「消し炭の町か。真偽は半々というところか」

 仕入れる場所を間違えるととんでもない偽情報を掴まされるような町だ。危険であるために実際ユリウスが出入りしたことはないが、話はその耳に入っている。

「十三が何を考えて外の国の事に細々関わってきているのかは知らねぇですが、用心に越したことはないでしょう」

「確かにそうだね」

「かといって海の向こうから会いたいって言ってきたモンを無下に断る訳にもいかねぇ。へたすりゃ侮られたと憤慨して国交にも関わるかもしれませんからね。どうします?」

 コルダは肘を突いて殿下を見つめる。

 彼は腕を組んで少し考え込んだ。

「この紋印は本物?」

「ええ、俺の目を欺けるほど精巧に作られた偽物でなければ本物ですよ。手紙の様式もかの国が正式な文書を出す時のモノですね」

「では本物である可能性は」

「限りなく高いと」

 ふぅ、とユリウスは息を吐く。

「なら、私が会おう。王弟なら相手方も文句はないだろう」

「ヘタに王に会わせて万一の事があるのが心配ですかい?」

 万一の事、それは王が相手を怒らせる可能性を心配しているわけではない。あれでサイディスは外交面をそつなくこなす。特に何かを決定する事が無ければ少なくとも相手を満足させるだけのもてなしは出来る。

 だからこの場合は王の命に関わることという意味が強くなる。

 イクトーラの新王即位。

 その影には前王暗殺という奇妙な噂も見え隠れするのだ。そしてその噂の上に覆い被さるように、新王を擁護したティナ王国の二王子の存在。そして噂で広まった十三王子の影。

 全てが繋がらないとも限らない。

「それは私の口からは言わないことにするよ」

 くっ、とコルダは皮肉めいた笑いを浮かべる。

「そうですか。それでは、かの人には俺から正式に手紙を送っておきましょう。使者が来ているはずですが、おそらく本人も身分を隠して城下に入っていることでしょうね」

「ラティラス王子か、どんな人だろう」

「会えば分かるでしょう。その時には俺も供をしますよ」

 ああ、とユリウスは頷いてみせた。


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