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揺らぐ太陽の韻律  作者: みえさん。
第六章 闇の魔槍は暁を貫く
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 男はフードを目深に被り、薄暗い路地を歩いていた。

 人の気配が無いことを確認して、男は木戸を叩く。のぞき穴のような小さな窓が開き、そこからぎょろりとした瞳が男の顔を確認するように覗き込んだ。男は口元まで覆っていた布を外し、顔を確認させてやる。

 のぞき穴が閉じ、次いで木戸の方が開かれた。

 男は慣れた様子でその中へと入っていく。男が入ると木戸は固く閉じられ、不意にその木戸の形が見えなくなる。目眩ましの呪いがかけられたのだ。

 穴蔵のように薄暗い廊下は、石造りの牢獄のようだった。じめじめしていて窓もないために外から光が入ってこない。真夜中のような廊下の端々に蝋燭の火が揺れていた。

「来ていますよ」

 ぎょろりとした目つきの小男が奥の部屋を指し示して言う。

 男は頷いてフードを外した。火傷に覆われた左頬が蝋燭の炎に照らされてますます赤く浮かび上がっていた。

 彼は小男に向かって手を差し出す。

 まるで施しものを受けるかのような手つきで小男は彼から小さな石の固まりを受け取ると微かに頭を下げてぼんやりと壁の中へと融けるように消えた。

 何度も見ている事だったために驚きはしなかったが、やはり嫌悪感にも似た奇妙な感覚が残る。

 あの男は人ではない。生きている生物ですらないのだ。ただ、どこかにいる主に使役されるだけの人形。

 その人形に応対されるのも、あの顔を見るのもやはり良い気分ではない。だが、誰にも聞かれたくない内容の話があるときはここを利用する方が良いことを知っている。「魔法屋」と呼ばれるこの店は客の事に関して詮索をしないし、利害で動くわけでは無いため裏切られる心配もないのだ。

 彼は一本道の廊下を通り、奥の部屋を空けた。

「おお、待ちわびたぞ、フォルテス殿」

「待たしてすみませんね、フォークの旦那」

 皮肉っぽい言葉を返すと、男は慌てたように取り繕う。

 エテルナード人らしい巨体の男は、深い色の金髪を短く刈り込み、同色の髭をたっぷり生やしている。国王も体格の男だが、長身であるために巨漢と言うよりは長身の偉丈夫の印象が強い。だがこの男はむしろ巨漢の印象の方が強かった。身長としてはキカと大差ない位だが、腕の太さは倍近くあるだろう。筋骨は隆々とし、一撃で岩をも砕きそうな肉体をしている。

 その男がすまなそうに頭を下げてみせた。

「いや、責めたわけではないのだ。一方的に呼び立ててすまなかった」

「構いませんが、今の状況で動くのは少々軽率かもしれませんね。万が一にもこんなところで会っているのを見られでもしたら、それこそ貴方の立場は悪くなる」

 キカの言葉にフォークは頷いた。

「うむ、細心の注意は払ってきたつもりだ。しかし、安全の為とはいえ、毎度入り口が変わるのは何とかならぬのか」

「だから魔法屋なんです。それに貴方のような目立つ外見の人間が毎回同じ場所に入っていったらそれこそ怪しまれます」

 魔法屋に通じているとは気づかないにしても、何かあるたびにこそこそと同じ場所へ入っていったなら自分を怪しんで下さいと言っているようなものだ。

 キカの冷静な言葉に何がおかしいのかフォークは巨体を揺らしながら笑う。

 この場所自体魔法が掛かっているために彼の声が外に漏れることはないのだが、それにしても大声過ぎると、キカは苦く笑った。

「それで、何の用です?」

「うむ、貴殿に確認したいことがあったのだ」

 フォークは表情を引き締める。

「他でもない、陛下のことだ。死んだという報告が上がってきているが、真実どうであるかが知りたい。フォルテス殿はあの場に居合わせたのだろう」

 問われてキカは首を振る。

「直前で俺は離脱しています。故に、全ての経緯を見ている訳ではありません。ですが、安否に関して言うのであればはっきりと無事と言えます」

「言い切る根拠は?」

「説明のしようがありませんが、あえて言うのであれば彼女が一緒にいたからですね」

 彼が大怪我を負って危険な状況にあったとしても、彼女が一緒である以上生きている可能性の方が高いと思っている。ライラは「塔に招かれた」者なのだ。そう言う人間が簡単に死ぬわけが無く、彼女が生きている以上、同行した男が死ぬことも考えられなかった。

 魔法使いですらないフォークに説明のしようもないが、魔法使いでも塔に招かれた経験の無い者であればあまり分からない話だろう。だが、キカは同じように塔に招かれた経験があるのだ。だから、彼女の能力に関しては誰よりも良くわかる。

「その娘、以前フォルテス殿が言っていた娘なのだな?」

「ええ、そうです」

「その娘、何者なのだ?」

「確証の無いことは話せません。偽の情報を流されても困りますから」

 フォークはむっとしたように口を曲げる。

「ああでもしなければお守りできないではないか」

「もっと他に方法はありましたが……まぁ、貴方にしては上出来な方でしょう」

「それは褒め言葉として受け取っていいのだろうな?」

「当然です。見事にあの噂はかき消えましたし、貴方が無作為に流した曖昧な噂のおかげで踊らされた連中も多かった事でしょう。俺自身も、どれが真実か見極めるのには苦労しましたが」

「何、聞いてくれれば良かったものを」

「貴方と頻繁に接触する愚行をしろとでも?」

 冗談を皮肉で返され、フォークは身体を揺らして大笑いをする。

 城下に流れた様々な噂の殆どの出所は彼だ。頻繁に噂を流すことは危険だと承知している。国の不安定要素にもなりかねないことだからだ。

 だが、今の状況では彼の取った行動は確かに「上出来」だった。

 一番消したかった噂を消すことも出来たし、何より、今妙な噂を立てたとしても信じるものが殆ど無い。国王が実は偽物だったという噂が流れたとしても、鵜呑みにして混乱するものは少ないだろう。

 多少やり方は荒っぽいが、悪くないと思う。

「それで」

「うん?」

「まさか陛下の無事を確認する為だけにこんな愚行を働いたのではないでしょうね?」

「うむ、フォルテス殿を見込んで頼みたいことがあるのだ」

「はん、高く見られたものですね。俺を信頼しすぎると足下掬われますよ」

 フォークは盛大に吹き出す。

「本当に野心のある者はそんなことはいわん。……それに俺は父に付いて先代フォルテス殿を見ているからな、あの方が弟子に選んだ貴殿が愚かとは思えんのだ」

 冗談などではなく、どうやら本気で言っているようだ。

 目の奥を輝かせている男を見て、キカは苦笑を禁じ得ない。

「全く、やりにくい相手だ」

 元々、コルダ・ジュールに関する情報を引き出すために、半ば騙すつもりで接触した男だ。彼の立場を考えれば野心があって当然であり、それを突けば利用したすいと思っていた。

 だが、騙しやすい利用しやすいのは事実だが、あまりにも真っ直ぐすぎて扱いにくい相手でもある。

「……いいでしょう、引き受けるか引き受けないかは別として、言ってみて下さい」


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