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揺らぐ太陽の韻律  作者: みえさん。
第五章 水に棲む悪魔
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11

 彼が地下牢から地上に出ると、突然喉元に剣が突きつけられた。

 誰もいないと思って油断をしていた彼は少し驚いて立ち止まるが、その人物を見て表情を緩める。

「あはは、何だジンフィっちゃんかー。どうしたの、そんな怖い顔をして」

 剣を突きつけられているというのに全く気にした様子もない笑顔を浮かべる男に、ジンの青い目が鋭さを増した。

「お前、何をしていた?」

「ん? 囚人さんとお話。言っておくけど、後ろめたいような話は」

 言いかけて、彼は話の内容を思い出す。

 そういえばある意味後ろめたいといえば後ろめたいことがあった。

「してたけど、別に誰かに聞かれて困る話は……」

 聞かれて困る話はしていないが、追及されると困る話はしていた。

 クウルは首元を掻く。

「あれぇ、何だか俺って危険人物?」

「危険かどうかはともかく不審であるのは確かだな。こういった仕事にいる以上、見逃す訳にはいかない」

「捕まえる?」

「大人しく捕まってくれるのか?」

「ううん、ヤダ」

「だろうな」

 ジンは言って剣を納める。

 クウルは目を丸くする。

「あれ? なら力ずくでーって来ると思ったのに」

「戦って生き残るだけが目的ならやる。だが、竜族と戦って無事でいられるとは思っていないからな」

 彼はきょとんとしてジンを見つめた。

 それをジンは不審そうに見返す。

「何だ」

「……信じたの?」

「見張りを眠らせて囚人に会いに行く奴なんか信用できるか」

「そうじゃなくて、俺が竜族だってこと、信じたの?」

 ジンが睨む。

「何だ、嘘だったのか?」

「いや、本当だけど……ほら、みんな信じないから」

 突然竜族だと言われて信じる人間がどのくらいいるだろうか。

 クウルは嘘や冗談で言っていたわけではないが、信じてもらおうと思って言っていたわけでもない。本当の姿を見せれば信じる者もあるだろうが、ただ言われて信じるとなればよほど見目があるか、よほどの阿呆かどちらかだろう。

 目の前にいる男は阿呆には見えない。

 クウルはちらりと笑って見せる。

「何で信じたの?」

「感覚的なものだから言葉にするのは難しいな。あえて言うなら最初にお前と手合わせした時、全身の毛が逆立った。あの感覚は人では無いもののと戦った時によく似ている」

「魔族とか、魔物とか?」

「そんなところだ。それでお前が竜族と名乗ったから信じた」

「でも人間じゃない何かが近くにいて危険とか思わなかった?」

 普通の人間なら、隣にいる男が人間ではないと知ったら気が気では無いはずだ。多くの人間が害を成すのではないかと怯える。まして竜や魔族というものは人間よりも遙かに能力が高い。人の世界にいると能力が押さえられてしまうというのは確かだが、それでも後先考えず一人の人間を殺そうと思ったなら本人に気づかれるより早く首をねじ切ることくらいたやすいのだ。

 少なくともクウルにはそれが出来る。

 ジンを見ると彼は呆れたように言う。

「人ではないから危険という考えは間違っているだろう。俺の知る限り人間の方が危険だったケースは多い。そもそもノウラ姫の話じゃないが、何かするつもりならとっくにどうかなって…………ちょっと待て、何で突然そんな奇行に走るんだ、お前は」

 突然真横から抱きしめられて彼は盛大に嫌そうな顔をする。

 一瞬彼の顔に警戒にも似た色が浮かぶがそれはすぐに消える。身構えるのもばかばかしい、そう言いたげな表情だった。

 嬉しそうにジンを抱きしめた男は、少し興奮したような口調で答える。その顔には今まで以上にはち切れんばかりの笑みが浮かんでいた。

「だって、君、すっごく格好良いんだもん。ジンはとってもいい人だね。そんな物騒な魔剣持っているからもっと嫌な奴だと思ってた」

「勝手な評価を」

「うん、でもね、今少し落ち込んでいたんだ。でも、ジンがいい人だったからすっごく救われたんだ。だからね、俺、少し本気になる」

「何を……」

 言いかけたジンははっとして顔を上げる。

 初等魔法の呪文を唱えながら彼は地面を強く蹴った。クウルはそちらを見ずに金色の斧を構える。

 女の短い悲鳴と同時に、ジンが上空から舞い降りた。彼の腕にはノウラの姿があった。誤って窓から転落をしたのか、あるいは下に彼らがいることを承知で自ら飛び降りたのか。彼女の顔色は青い。

 彼女を抱き留めた男が抗議の声を上げる。

「何という無茶を! 俺が受け止められなかったらどうするつもりだったんですか!」

「すみません、でも……」

 ジンはさっと彼女を地面に降ろし、後ろに庇いながら剣を引き抜き左に持ち替える。ぐぐ、と締め付ける音とともに彼の腕に魔剣の金の触手がめり込んだ。

 バタバタと武装した兵士が集まってくる。

 何が起こったかの説明は必要なかった。武装した兵士の瞳には激しい憎しみの色が浮かんでいる。それは全てノウラへと向けられていた。

 城内には色々な考えの人間がいる。

 今回の一件で手を叩いて喜ぶものもあれば、逆に激しく怒り狂う者もいるだろう。ディロードの娘であるノウラへ憎しみが向けられるのであればおそらく彼らはサイディス国王派、あるいはジュール派の人間。これ以上ディロードの好き勝手にさせないという考えの人間たちの集まりだ。

 ノウラを狙ってくるだろう。

 それは予測済みだった。だが、真昼の城内で暴動が起こるとは思っていなかった。思っていたよりも深刻な事態だったが、クウルはへらりと似つかわしくない笑みを浮かべる。

 いきり立ったように兵士の一人が叫んだ。

「そこをどけ!」

「嫌だよ。だって、ここ退いたらノっちゃん殺されるじゃないか」

「それは簒奪者の娘だ! 我々には玉座を守る義務がある!」

「義務?」

 くすりとクウルは笑う。

「そんなの、何の意味もないよ。寄ってたかって女の子を殺す理由になんかならない」

「黙れ! ディロードの犬が!」

「犬じゃなーい」

 抗議の声を上げて、クウルは少し声を潜める。

 ジンたちにだけ聞こえるような小さな声だった。

「……ジン、ノっちゃん連れて逃げられる?」

 問うと彼は囲んだ兵士たちを睥睨して答える。

「背は全部お前に任せて構わないんだな?」

「うん、大丈夫」

 蒼白になってノウラが悲鳴にも似た声で言う。

「そんな、数が多すぎます」

 いくら彼が強くても一人で相手を出来る人数なんて限られている。囲んだ人数は100や200では止まらない。だが二人でいてもそれは同じだ。ましてノウラを守りながらとなるととたんに戦況は悪くなる。

 クウルはにこりとノウラに笑った。

「本当はいけないことなんだけど、大丈夫だよ」

「い、一体何をなさるつもりですか?」

「間近で見ない方が良いよ。暫く目が見えなくなるから。ジン行って。その間俺が食い止める」

「分かった」

「クウルさん!」

 怯えた表情のノウラを引っ張るようにしながらジンが走り出したのを見て、兵士たちが動いた。ジンの背中を庇うように、クウルは斧を振るう。

 風圧で何人かが吹き飛ばされ、警戒したように何人かが立ち止まった。

 常識的に考えて、例え魔法使いであったとしても一人が複数人を相手にするというのは非常に危険な状態だ。それなのに男は悠然と笑みを浮かべている。そして男はあろう事か自分の得物を地面に突き立てたのだ。それはまるで自殺行為のようにも思えた。

 だが、居合わせたほとんどの者が動くことが出来なかった。

 一般兵とは言え城に召し抱えられるだけの実力を持った男たちだ。本能が危険を察知したのだろう。

 そしてその本能は正しかった。

 男はゆっくりと片手を上げる。その片手が金色の気配が立ち上っている。

 彼は微笑んだまま首を傾げる。

「あのね、君たちはさっき俺のことディロードの犬って言ったけど、犬じゃないよ」

 金色の気配が強くなる。

 それは次第に気配が増し、目を開けていられないほど強くなっていく。自分の腕で顔を覆った兵士が聞き届けた言葉は耳を疑うような言葉だった。

「俺はこの国の王様の友達で<フェリアルト>の竜だよ」

 普通の状態ならば笑い飛ばせる言葉だ。だが、その場に当人をのぞいて笑える者など一人もいなかった。


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