10
きい、と高い金属音を立てて扉が開くと、赤毛の男は少し鬱陶しそうに顔を上げた。
鉄格子の中にいるものの、拘束はされていない男は先だって人を殺したと投獄された男だった。前髪に隠したような瞳は冷たい金色をしている。それだけでも目を引くというのに彼の顔には大きな傷がある。印象的な男だった。
彼は入ってきた人物を見やって酷く嫌そうな顔をした。
「……見張りはどうした?」
「睡眠薬入れたおにぎり差し入れして食べてもらったー」
笑顔でさらりと言われて、彼は顔をしかめた。
「堂々と言える事じゃない」
「聞いたのはリッ君の方だよ」
「誰がリッ君だ。……何故こんな所にいる、フェリアルト」
「えー、それこっちのセリフ。というよりもさ、クーちゃんって呼んでって何度も言っているのに何で分かってくれないのかな?」
「うるさい」
はねつけるように言われ、後から入ってきた男、クウルは少し肩を竦めた。拒絶とも取れるような口調で言われたが、それを気にする様子も見せずに相変わらずの笑顔で彼は言う。
「ま、いいけど。リオリィは何でこんな所にいるの?」
「俺の質問に答えていない」
「んー? 可愛い姪っ子にお薬届けに来たんだ。あのねぇ、ぎゅーっとして、角砂糖おみやげにしてねぇ、可愛かったよ」
「分かる言葉で話せ」
それでは姪に薬を届けに来たということしか伝わらない。他に分かるのは、この男がどれだけその姪を溺愛しているか位だ。そんなことはずっと前から把握していることで、今更聞くような事でもない。そもそも、リオリードが尋ねたのは何故城内にいるかであって、何故エテルナードに来ているかではない。
彼とは昔なじみというわけではないが、付き合いは古く、お互いの立場をよく知っている関係にある。
こういった態度を取るのはいつもの事だが、やはり少し苛立つ。
リオリードが少し目線を鋭くさせると、ようやく彼も少し表情を鋭くさせた。
「君がここにいるって事は、王様と一緒に欄干から落ちたっての、やっぱりラっちゃんなんだね?」
「……」
「デュっちゃんから話を聞いて、まさかって思ったんだ。好きこのんで犯罪者になるなんて物好きそういるもんじゃないからね」
先刻までの彼とは違い、声に若干重たいものを含んだような口調で言う。表情こそ笑顔のままだったが、少し緊張しているような面持ちだった。
「君がこんなところでぼんやりしているから、ラっちゃんが無事だって事は分かるけど、やっぱり少し心配なんだ」
「何故無事と言い切る?」
「だって王様もラっちゃんも無事だから、君がここに入ったんだろう? あの二人を無事に逃がすために」
確かにその通りだった。
生きているか死んでいるかが分からない状況でなら追っ手が掛かるのは必然。あの状況で生きていないと判断されたとしても、すぐに捜索隊が編成されていてもおかしくないはずだった。それを止めさせたのはディロード閣下だった。
「君が殺して遺体を欄干から捨てたとはっきり言ったから追っ手は掛からない。今は、下流に網を張って遺体があがるのを待っている状況だよ」
「そうか」
「デュっちゃんは君のこと色々疑いながらも利用することに決めたみたいだね。ああいう人の事をウサギっていうんだよね」
「狸だ。軍師殿はこの国に誰が必要なのかを知っている。その上で不要なものは切り捨てる」
うん、とクウルは頷く。
「納得は出来ないけれど、そういう考えもあるんだろうね。君にちょっと似ているかも」
リオリードはかすかに口の端を上げる。
「どうでも良いことだな。……問題は‘ラティラス’に関してどこまで理解していたか、だ。少なくともあの状況で彼女が‘誰’であるか分かっていなかったようだが」
あの状況で彼女も一緒に捕らえようとしていたのだ。彼女がティナの王族であることを知っていたならまず彼女を捕まえようとはしないだろう。中央大陸のティナに宣戦布告をするつもりならば別の話だがリオリードに「似ている」というディロード卿がそんな愚かな事をするとは思えない。
王の市井での「仲間」と思ったのが妥当な所だ。
クウルは頷く。
「今だってそうだよ。周りにいた人の証言から、彼女が魔物退治に参加した魔法使いということだけは分かっているみたいだけど。むしろラっちゃんの事で感づいたのはコルちゃんの方だったよ」
「そのコル……コルダ・ジュールは?」
つられて「コルちゃん」と呼びそうになったリオリードは咳払いをして言い換える。どうにもこの男にはペースを乱される。
そのペースを乱す男は外の方を指差した。
「塔の中にいるみたい。噂じゃあ大人しくしているような人じゃないらしいけど、事実上奥さんと子供を人質に取られているようなもんなんだってさ」
それでも甘んじて受け入れるとは思えない。
リオリードも彼の噂についてはよく知っている。コルダ・ジュールは文官でありながら召喚術や体術も得意とし、噂ではディロード伯と並ぶだけの実力を持っていると聞く。それだけの実力のあるものが野心を抱かない訳がない。まして簡単に「弱み」を相手に握らせるとは思えなかった。
甘んじて塔に入ったとすれば、おそらく出られる自信があったのだろう。こうなることを予測してあらかじめ道を用意していたか、あるいは出るチャンスを窺っているかのどちらかだ。
「リオくん」
「何だ」
「いつまでこうしているつもりなの?」
「戻るまでだ」
「そうじゃなくて、いつまで嘘つきでいるの?」
「……戻るまでだ。少なくとも‘あの方’が戻られ、安全になるまでは真実を語るわけにはいかない。お前たちには迷惑をかけるが」
ううん、と彼は首を振る。
「言っておくけど、あの子の問題は何も君たちだけの話じゃないからね。迷惑ではないんだよ。でも、ちょっと黙っているのしんどいかな」
リオリードは首をかすかに振る。
「誰かに知られれば混乱は避けられない」
「分かってるよ。だから言いたいの我慢しているんだから。……ラっちゃんの無事確認したし、戻るね。……あ、そうだ言い忘れた」
戻りかけて彼は振り返る。
リオリードも視線を上げた。
彼は嬉々とした様子で言う。
「あのね、ラっちゃん戻って一件落着したら、みんなでご飯食べる事になっているから」
「……お前、今まで何を聞いていた?」
「えー、だって面識持っちゃったんでしょー? だったら今更だと思うけどなぁ」
痛いところをつかれてリオリードは言葉を詰まらせる。
「ともかく、一応知らんぷりはするけど、君も頭数に入っているから、そのつもりでいてねぇ」