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剣からこぼれる光に照らされ浮かび上がったのは少年の姿をした獣だった。基本的な作りは人と変わらなかった。褐色の肌も珍しいものではない。だが、その子供の本来耳のある位置からジャコウウシのように反った角があり、足は鳶のような鋭い爪のあるごつごつとした足だった。衣服なのかそれとも背から生えているのか、薄い膜のような羽を背中に負っている。むき出しになった褐色の腕は人間の子供と変わらず細いが、その指先には鋭く尖った鈎爪が付いていた。
一目で人でないことが分かる。
「何だあれは」
イディーの呟くような声にライラらは小声で返す。
「……獣種の魔族よ」
「魔族? どうしてそんな危険なものが」
「危険、かどうかは分からないけど、こんな場所で平然と存在できるってなると、相当高位だと思うわ」
「良くわかるな」
「召喚術の心得がある人なら分かるはずよ。ただ、彼のような種族は見たのは初めてなのだけど」
ライラは褐色の肌の子供から目を離さないようにしながら言う。
幼い雰囲気を残した少年は何をするわけでもなく、無感情な瞳でじっとこちらを見つめていた。
攻撃してくるような様子も、こちらに敵意を向けてくる様子もないが、警戒を解かずに少年に近づいていく。
その方向に進まず逆の方向へ進むという手もあるが、彼が自分たちをどうこうするつもりがあるのならどちらに進んだところで結果は変わらないだろう。
魔族というのは元来恐れられ忌み嫌われるものだ。イディーが言ったように危険なものと考える人間も多のは事実だ。それは過去、人の世界で起こった厄災に魔族たちが関わっている事が多かったせいなのだろう。人間が魔族によって狩られたというのも史実として存在している。けれどライラにとって魔族というのは必ずしも悪いものではなかった。
おそらく自分が召喚師として魔族を使役しているからなのだろう。何より目の前にいる獣の姿を持つ魔族が危険なもののようには見えなかった。
ライラたちが後数歩の所まで彼に近づいた時だった。
不意に少年が腕を上げる。
一瞬イディーが身構えた。
少年はそれをやはり無感情な瞳で受け止め、壁の方向を指さした。
「行け、ということ?」
ライラが問うと少年はそうだと言うように頷く。
「行けと言っても壁しかないだろう」
「……」
少年は頷くように目を瞑った。
そしてそのまま地面に融けるようにようにして消えて無くなった。
ライラは驚きもせずに少年が指さした壁の方向まで近づく。
「おい!」
「大丈夫よ」
「何が大丈夫だ! 罠かもしれないだろう!」
「その可能性も確かにあるのだけど」
ライラは振り返って微笑む。
「ここに何があるのか気にかからない?」
「う……まぁ、気にならないといったら嘘だが」
イディーは憮然として首元を掻く。
「どうなっても俺は知らないぞ」
頷いてライラは壁に手を触れた。
少年の示した位置の壁は一見して他と何も変わらなかった。だがふれると僅かに暖かさを感じる。軽く叩いてみるとまるで向こう側は空洞であるかのような軽い音を立てる。
同様に壁の感覚を確かめたイディーは考え込むような素振りを見せる。
「開ける仕組みとかあるのか?」
「さぁ? 面倒だから魔法で吹き飛ばしてみようかしら」
「おい」
「冗談よ。多分こういうところだからどこかこの辺に……」
ライラは壁の下の方にこびり付いた苔を腰に挿していた短刀で削り取る。予測通りと言うべきか。そこには鍵を差し込むような小さな空洞ができていた。
「鍵穴か。よく見つけたな、と言いたい所だが肝心な鍵がないな。どうするんだ?」
「イディーちょっとこの穴に触れてみて」
「?」
首を傾げながら彼が触れると、鍵穴から強い光が漏れた。壁にまるで亀裂が入ったかのように光が走る。
「な、何だ!?」
彼は戸惑った声を上げた。
ライラも驚きはしたが、彼女は声を上げなかった。壁がガラガラと崩れ落ち、今まで他の壁と変わらなかった場所に出入り口のような空洞が出来ていく様をじっと見守っていた。
やがて崩れるのが止まると、長身のイディーでも簡単に通り抜けられそうな巨大な穴が開いた。
「隠し通路? なぜ開いたんだ?」
「あなたが鍵の役目を果たしたのよ。正直言えばこんな簡単に開くとは思わなかったんだけど」
「俺が鍵?」
「城の地下水道に通じているなら緊急時に王族を逃がすためのものでしょう?」
だから王の血に反応して道が開くと思ったのだ。実際は彼の血の気配よりも、強い光の気配に反応したようにも思えた。どちらなのか分からないが、どちらにしても彼ほど揺るがない光の気配を保有するのはエテルナード王族か、精霊くらいしかいない。実質的に王族以外が開けないと判断した方が正しいだろう。
「ともかく行ってみましょう」
「反対する理由はないな」
二人は隠し通路の方に足を踏み入れた。
とたん、剣から放たれていた光が弱まる。闇の気配が強いのだと、ライラはすぐに気が付いた。黒塗りの剣に奇妙な気配が絡みつく。
「……なんだか息苦しい場所だな」
「体調が悪くなったら言って。あなたはここの気配と相性が悪いと思うから」
「いや、息苦しいがここは別に嫌いじゃないぞ。むしろ懐かしいような気がする」
「懐かしい?」
それは予想外の反応だった。
エテルナードは光の大国と呼ばれるほどの国だ。その国の王都の地下にこれだけ濃厚な闇の気配を漂わせる場所があったことにも驚いたが、その気配を懐かしいと言う彼の言葉にも驚く。
この道はどこへ通じているのだろう。
壁際には今までの通ってきた通路には無かった木の根のようなものが張り付いている。それは奥へと進むにつれて次第に増えているように見えた。
やがて彼らは巨大な根に覆われた地下空洞に辿り着く。
「これは……ユクの根か?」
「エテルナードでこれだけ大きな根があるとなると、そうだと思うのだけど……それにしても随分と立派ね」
「教会にあるものだってこれほど立派では……」
不意に彼が言葉を切る。
ライラは訝って彼を見上げた。
「どうしたの?」
「おい、あれを見てみろ」
ライラは彼の示す方向を見上げる。
巨大な根の固まりしか見えなかった。
だが、目をこらしてみると彼が何を見せたかったのかがすぐに分かる。
「これは……」




