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自宅謹慎を申しつけられたレントはイライラしたように廊下を歩いていた。城下と言うよりは城の敷地に近い位置に立てられたジュール邸は広く多くの小間使い達も働いている。家長であるコルダが拘束されたために半数が暇を取らされているために、今は随分と静まりかえっていた。
レントはいつもより格段に静かな廊下を武装したまま行き来していた。
せめて城内にいられれば様子が分かったのだが、謹慎中の身のために屋敷を出ることをも許されていない。不安と、何もすることの出来ない自分に対する苛立ちで落ち着いていることが出来なかった。
「ちょっとは落ち着いたらどうだ? レント」
良く知った声に語りかけられてレントは顔を上げた。
幼なじみであり、少年兵としては二年ほど先輩のチェレスタがいつもの調子でにこにこしながら廊下の窓枠から顔を覗かせた。
自分とは違い典型的なエテルナード人の容姿を持つ彼を睨み、レントは腕を組んだ。
「そこは入り口じゃない」
「ご挨拶だなぁ、ここの入り口は兵士達が封鎖しているから俺がわざわざ危険を冒してまでレントを激励に来たってのにそういう可愛くないいい方はないだろう? あ、ひょっとしてまだ大食い大会予選の時の事を根に持って……」
「る、訳がないだろう? ふざけるなよ、何しに来たんだ」
窓枠に足をかけて軽い調子で廊下へと侵入してきた男は軽く方を竦めた。
「城内のことを知らせようと思ってね。いやぁ、俺も君と仲良かったから色々目を付けられて動きにくいのなんのって。オード様にくっついて何とか誤魔化していたけどねぇ。そう言えばオード様って……」
「チェレスタ」
長い付き合いの為話が脱線することを悟ったレントは彼を窘めた。
おしゃべりな友人は、またやるところだったと舌を出した。
「そうだ、本題。陛下……と言っても偽物だったって話のあの人のことだけど、どうやら殺されたらしい」
「殺された?」
不穏な言葉にレントは顔色を変える。
父を拘束した側の連中の話では、サイディス陛下は偽物であり共謀して国を謀っていたと言う話だ。偽物であっても本物であっても、命を落としたとなれば大事になる。
ましてこの状況で彼が死んだとなると父親の立場がますます危うくなる。
「国民にはまさか王が偽物だって知らせる訳にはいかないから、ご病気でお隠れになったって事にするらしいが、城内では既にユリウス殿下の即位式の準備が始まっている。同時にユリウス殿下とノウラ姫の結婚も決まったらしいよ。どっちにしてもディロード家は王の縁者になるわけだ。その上ジュール卿がこんな状況になれば実権を握るのはかの家だろうね」
「………」
「ユリウス殿下は人柄としては申し分ないけど、君の父上が言うように優しすぎて王には向かない。閣下が強く推せば頷くのが目に見えている。こりゃ多分国が荒れるね」
まるで明日天候が崩れると言うような軽い口調で言われ、レントは顔をしかめる。お喋りで早口な友人に言われると重要な事で無いように聞こえるが、事実なら途轍もなく大事になる。
だからといって自分がどうこう出来る問題でもない。無論チェレスタが協力してくれたとしても、殆ど何も出来ないだろう。
レントは唇を噛んだ。
まだ尚話を続けようとしたチェレスタは不意に居住まいを正した。レントが振り返るとそこには母、アリアの姿があった。
女性にしては長身のアリアはエテルナード人の容姿を持っている。身体が弱く家に籠もりがちなために日に焼けるのを嫌う真っ白な肌をしている。レントという息子がいるとは思えないほど、若く綺麗な人だ。ジュール家の一人娘であった彼女はコルダと結婚することで彼に地位と家を与えた。世間では出世の為に利用された哀れな娘として言われているが、父と母の関係を見ていると一概にはそう言いきれない。
アリアは屋敷内にいるはずのないチェレスタの姿を見ても驚く様子を見せずに微笑んだ。
「来ていたのね、チェレスタ」
「お邪魔しています、アリア様」
「ええ、出来れば正門から来て下さると嬉しいのだけど、そう言っていられませんね」
「状況が状況ですからね。俺としても出来ればこういう状況にはしたくなかったですよ。コルダ様があんな事になってしまったから大変でしょう。俺に協力出来ることがあればいって下さいね」
チェレスタはまるで貴族のように慣れた挨拶をする。
母は微笑みそれを返した。
「ええ、ありがとう。この子の相手をしてくれると助かるわ。どうもあの人がいないと落ち着かないようなの」
「母上!」
レントは顔を赤くして抗議する。
それではまるで、父親がいなければ何も出来ないと言っているようなものだ。チェレスタにそう思われるのだけは嫌だった。
だが母は構わず続ける。
「連れ出してくれるかしら? 息抜きになるでしょう」
親友は楽しげに微笑む。
「はぁ、じゃあやるんですか?」
「やる?」
奇妙な言葉にレントは顔を上げてチェレスタの方を見る。彼は少し意外そうな顔をしてアリアの方を見ていた。
何の話をしているのかレントには何も分からなかった。
「いいえ、あの人の決断無しで動いてはいけません。それよりもあなた達には捜して欲しい方がいます」
「捜す? 一体誰を?」
「顔に火傷のある男です」
「火傷の男ですか。何者ですか?」
「おそらく魔槍使いフォルテスの名を継いだ者です。なんでもあの人を仇と思っているそです」
「え、仇?」
魔槍使いは一人前になった時点で師匠の名前を継ぐという習わしがあるそうだが、その名前を継いだ男がどうして父を敵と思っているのだろうか。それに、フォルテスという名前に覚えもない。
戸惑うレントとは対照的にチェレスタは相変わらず状況を楽しむような素振りを見せる。この男は元からこうなのだ。
「ははぁ、難儀ですねぇ。そいつを捜してどうするんです?」
「あの人からの伝言です。‘俺の首が欲しければ狩りに来い’と」
彼は目を見開いた。
「敵も利用するんですか? まぁ、良いですよ。ちょっとレント連れ出して捜してきます。一応聞いておきますが、万一見つからなかったら、俺が強行しても良いですかね?」
アリアは首を振る。
「それは万が一の時に考えましょう」
「わかりました。……ったく、親バカだなぁ」
小声で言ったチェレスタの言葉をアリアは聞き漏らさなかった。
優美に微笑んで答えを返す。
「それはあの人に言って頂戴」