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揺らぐ太陽の韻律  作者: みえさん。
第五章 水に棲む悪魔
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「何の騒ぎだ」

 突然執務室に兵がなだれ込んできた時、さすがに彼は少し驚いたようにしたが、武器を突き付けられても悠然としていた。

 まるで慣れているか、この事態を予測していたかのようだった。

 彼の質問に答えるかのように歩み出たのは体格のいい男だ。

 立派なエテルナード金のヒゲを蓄えた男。ジュール卿にとって良く見知った男だった。男は大声で言い放った。否、男としては大声で喋ったつもりはない。地声が大きいだけなのだ。

「コルダ・ジュール卿に申し上げる。卿に謀反の疑いあり。よって捕縛させて頂く」

「謀反だと?」

 鋭く射抜くような瞳がさらに鋭さを増した。

「昔サイディス様を攫った不届き者がありましてな、当時討伐隊により全滅させたはずなのですが、今になって生き残りがあると判明したのです」

「それが俺だと?」

「いかにもそのように」

 ロデンフォークは胸を張って言う。

 それが事実であると信じている様子だった。

「卿は幼少のサイディス様を殺し、よく似た男児を王城に戻した。その子供を利用し、その地位に付いたという疑いがあります」

 彼の言い分を聞くとコルダはくっと笑いを漏らした。

「俺に真実野心があるなら、今頃あのクソ役立たずな王に変わってとっくに玉座に座っているぞ」

「不敬罪ですぞ! ジュール殿!」

 怒鳴りつけるロデンフォークに対して、コルダはうるさそうに耳を掻いた。とても大人数に武器を突き付けられている者の態度ではない。

「謀反の疑いありとされて、今更不敬も何もねぇだろう」

「お認めになられますのか」

「王子を攫った事実はある。だがあれは非常訓練だ。オルジオ先王陛下もそうお認めになったはずだが?」

「そのような記録は残っておりません」

 コルダは獰猛な笑いを浮かべる。

 記録は残っていない。

 つまり、どうやってもコルダを謀反人に仕立てるつもりなのだ。

 先王オルジオは他人の地位など頓着のない男だった。優秀であれば例え大罪人でもいきなり勲章を与えてしまうような変人だった。コルダもまたそんな王に認められて異例の抜擢をされた一人である。故に支持は高かった。

 だが、同時に古くからある貴族達にとっては面白くなかった。表立って表現することは少なくても、コルダに対して嫌がらせをしてきたのは一人二人ではない。それを黙らせて来たのはひとえに彼の手腕が評価されたからであろう。

 並大抵ではいけない。普通「良くできる」と評価される人間の倍は働かないと評価はされない。それだけのことをコルダはやってきた。だから今この地位に立っていることを認められているのだ。デュマもまた同じだ。彼の家は半端に騎士階級を持っていたためにもっと苦労をしてきた。

 そのデュマなのだろう。

 おそらくロデンフォークはその男の命令で自分を捕縛しに来ているのだ。

「……面白い」

 彼は小さくそう呟いた。

 不運だったのは彼のすぐ側にいた兵士達だった。ジュール卿ががさつなしゃべり方をするのは誰でも知っている。宮中ののんびりしたしゃべり方に慣れている人間などは怯えるほどの口汚さだ。だが、彼がこれほどまでに底冷えのする声で言い放つのは珍しいこと。不運な兵士達はそのあまりの不穏な空気に背筋を凍らせた。

 まるで殺し屋に剣を突き付けられたかのようだった、と後に誰かが漏らした。

 それほど彼の口調は冷たかったのだ。

「大人しく捕まってやろう。俺はどこへ籠もればいい?」

「取り調べが終わるまで西の塔に幽閉させて頂きます」

「ふん、それは随分と優遇処置をしてくれるな」

 無論皮肉だ。

 西の塔といえば地下牢よりもましではあるが、牢獄には変わりない。しかも、窓が大きく開け放たれた牢獄なのだ。そのくせ魔法で施錠されている。つまり、開かれた窓から逃げようとしても落ちてしまう。落ちればひとたまりもなく死ぬ。

 つまりは「過酷な取り調べをされる前に、死にたいのであればご自由に」ということだ。

 その塔に幽閉された者は殆どが窓から飛び降りている。

 コルダがこの城に来て塔は幾度か使われているがそこから生きて出てきたのは十四年前謀反の疑いをかけられて投獄されたオード・ミーディルフィールだけだ。彼は「事実で無いことを認めて死ぬのはレブスト教典に反する」と言い、ついには疑いを晴らし塔から出ることを許された。

「卿は召喚獣をお持ちでしたな」

 ロデンフォークが静かに言う。

 背後に魔獣を捕らえる時に使う魔道具を持った兵士達が控えているのが見えた。

 抜け目がない、とコルダは笑った。

「スフォル、ドルチェ」

 たん、と踵を鳴らしてコルダは二匹の召喚獣を呼んだ。普段は滅多なことで人の前に姿を見せない二匹の召喚獣は彼影から這い出るように姿を表す。緑色の鳥の姿をしたスフォルは彼の肩に止まり、黒いヒョウの姿をしたドルチェは足下に座った。

 一瞬ざわり、と兵士達から声が漏れる。

 彼らが暴れるのを警戒したのだ。

「暫く大人しくしていろ」

 主の絶対的な声を聞いて二匹は小さく頭を垂れる。

 暴れることもせず大人しく魔道具に捕らえられた。

 継いで兵士達はコルダも捕らえようと兵士達が駆け寄った瞬間だった。彼の口から激しい怒号が飛ぶ。

「触るな!」

 びり、とする厳しい口調だった。

 誰もがすくみ上がるような大喝だった。

「俺の身体に触れて良い奴は、無実が証明された後、その首が吹き飛ぶのを恐れぬ者だけだ」

 しん、と静まりかえる。

 誰一人として動かなかった。いや、動くことが出来なかったと言う方が正しい。殆どの兵達はジュール卿の謀反の話を半信半疑で聞いていた。上官に命じられるまま動くしかないためにここまで来ただけだ。

 当然、脅されたとしても捕らえなければならないだろう。例え真実彼が無実であったとしても罰せられることは無いことも理解していた。だが、その気迫の凄まじさに動くことが出来なかったのだ。

 ただ、ロデンフォークだけが静かに彼を見る。

 面白そうにコルダが見返した。

「武器の確認だけはさせて頂きますぞ」

「いいだろう、許す」

 コルダが腰に付けていた護身用の剣を外し床の方に投げ、両手を上げる。

 武器の隠せそうな場所をくまなく調べ、彼の衣服から武器になりそうなものを外していく。その衣服には当然の事のように隠し武器が仕込まれていた。どこからナイフが出てきても驚かなかったが、さすがにベルトから小さな針が出てきた時にはロデンフォークもコルダも呆れた。

「細かい所まで良く捜す」

「着替えて頂いた方が早そうですな」

 お互いに皮肉を言って身体検査は終わった。

 コルダは一瞬ちらりと廊下を見る。

 同輩の少年兵に両手を押さえられながら心配そうにこちらを見てくる姿があった。

 くっとコルダは笑う。

「普段は散々噛みつく癖に、こんな時は息子面してくる」

「家人の方々には暫く屋敷から出ぬようお願いするつもりです」

「当然だな」

 コルダが歩み出すと兵士達が道を空けた。武器はこちらに向けられたままであったが明らかに怯えた様子だった。

「……親父」

 おずおずと伺うような声。

 コルダはぐいと頭を押しやるようにレントの髪を掴んだ。不安そうな目がこちらを見つめている。

 まるで自分が連れて行かれるかのようだとおかしくなる。

 これが本当に自分の息子なのだろうか。

「……アリアを頼む。支えてやれ」


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