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揺らぐ太陽の韻律  作者: みえさん。
第五章 水に棲む悪魔
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 北の欄干で騒ぎが起こるよりも少し前、エテルナード城内にいたジン・フィスは酒の匂いを漂わせながらも平然とした様子で歩いていた。

「……酒豪対決したって聞いたけど、何だつまんないの、平気そうじゃん」

 突然窓の向こう側から聞こえてきた声にジン驚きはしなかったが、代わりに重い溜息をついた。

「真っ昼間の城内にどうやって入ったんだ?」

 大きく開け放たれた窓の上の方から少女がひょっこり顔を覗かせる。

「職人さんごっこ。修繕師のおじさん口説いてね、裏門から入れてもらった」

 よっ、と小さく声を上げて窓から侵入してきた少女は先刻会った時とは違う格好をしていた。修繕師の格好である。

 民家が壊れた時などは主に大工の仕事であるが、城や教会などが壊れた際には修繕師と呼ばれる職の人間が呼ばれる。万一魔法で攻撃された事に備えてあまり簡単に崩れてしまわないように魔法で強化するのだ。だからむしろその姿は大工のように動きやすいものではなく、魔法使いのローブのように軽くて魔法を補助する服装になるのだ。

 その衣服を着込んだ少女は楽しそうに笑った。

「にゃはは、何か納得出来なーーいって顔してるね」

「当たり前だ。城内の管理を任される修繕師がお前のような者を簡単に招き入れるはずもない」

「ユーカちゃんはー、色々肩書き持っているんです」

「肩書き?」

「うん、色んな免許とか、諸々と。まぁ、半分近くはししょーが造ってくれたのだけど」

「偽造か」

「うん、でも効力は本物と遜色ないよ? 調べられても痛くも痒くもないレベルで」

 堂々と言ってのけることか、と突っ込みを入れるところだが、ジンは何も言わずに彼女の方を見る。

 ユーカは少し意外そうにしながらも楽しそうに笑う。

「怒るかと思ったのに」

「怒ったところで入ってきてしまったのだからどうしようもないだろう。不穏な動きがあればディロードの家臣として排除する」

「ふぅん? それって私を信用してるってこと?」

「どうしてそう言う話になるんだ」

 ジンは呆れたように息を吐く。

「……で」

「うん?」

「何の用だ? まさか俺の姿が見えたから来た訳じゃないだろう?」

「うん、半分はからかいに来たんだけどねー」

 少女は楽しそうに笑いながら小首を傾げて口元で小さく手を合わせた。

 まるで男に甘えて何かをねだっているような仕草だったが、媚びを売っていると言うよりは面白がっているという風情だった。

「このお城ネズミさんが出るんだって」

 ジンは驚きもせずに頷いた。

「出るだろうな」

「ちっちゃいのはつつけば慌てて飛び出してくるし、仲間が退治されれば暫く姿を見せない。だから良いんだけど……」

「だけど?」

 覗き込むように見上げてくる少女の瞳が妙な鋭さを帯びる。

 笑顔でいたが不穏なものにしか見えない笑顔だった。

「おっきいのも出るんだって」

「大きいの?」

「すっごくやばそうなの。普段は人に紛れて大人しくしているんだけど、たまに思い出したかのように顔を覗かせるって」

 人に紛れて様子を窺っている者。

「魔族の類か」

「そうかもしれないし、違うかも知れない。風達がね、近付くの嫌がるの。怖くて嫌だって言ってる」

「風と喋れるのか?」

 まるで人間の事のように言う彼女を揶揄するつもりで言ったが、それはあっさりと頷かれた。

「当然。優秀な風使いなんだもの。……でね、一番その気配が顕著に表れた時は今から十四年くらい前だって」

 ジンがまじまじとユーカを見つめ返した。

 十四年前といえば先王崩御の頃になる。

「特定は出来ないか?」

「無理だと思う。こういう事、前にもあったから分かるけど、風達が近付かないのは消滅する危険があるからじゃなくて、自分たちの意思とは関係なく使役されることになるから。だから他の精霊も近付かないし、長く生きている精霊に聞いても無理」

「調べるなら人の記憶を頼るしかないのか」

「残念だけどね」

 ユーカは小さく肩を竦めた。

「たまに姿を見せると言ったな」

「うん。例えるならいくら密閉しても匂いの強いものってやっぱり時々匂うじゃない? そんな感じ」

 ジンは複雑に笑った。

「分かりやすいのか、分かりにくいのか」

「とにかく普段は近付くのも嫌だってような人はいない、って言ってる。でも少なくとも十四年かそれ以上の間、この国に何かいる」

「十四年か」

 溜息のようにジンは呟く。

 この国には人ではない何かが潜伏している。ジンの勘でしかないが、その「何か」が今の混乱を招いているのだと思う。十四年前の先王崩御にも関わったとしたら、あるいはそれこそが下準備だったのかもしれない。そんな長い間見つけられなかったものを今更見つけ出せるだろうか。

 にやり、とユーカが笑う。

「十四年前って言えば、今の王様が即位した年だけど、ジュール卿の息子も確かそのくらいだよね?」

「レント・ジュールを疑っているのか?」

「うーん、ってか、そのジュール卿がやばそうな雰囲気?」

「……?」

 ユーカは風を確かめるように片手を上げた。

 さわさわと彼女の髪や衣服が揺れる。

 風の精霊をはっきりと見えるわけではないが、不可視の精霊達が彼女の手に巻き付いて遊んでいるような印象を受けた。

 優秀な風使いと冗談めかして言ったこともあながち嘘ではなさそうだ、とジンは思った。彼女は呪文を唱えずに精霊を使役しているのだ。魔法使いではないが、多少心得のある彼にはそれは簡単な事ではないとよく分かっていた。

 ユーカは多少いたずらっぽい表情を引き締めて言う。

「緊急ユーカちゃん情報。ジンくんの所のご主人様が何かやるようよ。お城の兵隊さん引き連れて、王様とジュール卿を捕まえるんだって」

「!」

 それはジンに聞かされていなかったことだ。

 おそらく「城内」の仕事なのだ。

 だとしても解せない。

 ざわり、とざわめいた気がした。嫌な予感と言うのが一番適当だろうか。そもそも、このタイミングで王を捕まえると言うのがどうしても分からない。噂通り簒奪目的だとしたらあの頭の良いディロード閣下のことだ、もっと早く絶妙なタイミングで出来たはずなのだ。

 それなのに一番悪いタイミングだ。

 何かを急いだ、そんな印象さえあった。

「ジュール卿の所に行くつもり?」

 ジンは首を振る。

「いや、行ったところで出来ることはない。……ノウラ姫の所に行く」

「逢い引き? やーだぁ、ライラに言いつけちゃおう」

「何でそこでライラが出る? そもそもこんな色気もない逢い引きがあってたまるか」

 ちょうどその頃だった。

 二人から少し離れた別棟のジュール卿の執務室にロデンフォーク率いる一隊がなだれ込んでいた。


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