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揺らぐ太陽の韻律  作者: みえさん。
第四章 蘇芳の瞳は虚空を揺らし
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12

 エテルナード城下に流れる川は生活用水として利用されている。

 北の欄干と呼ばれる場所は城下で一番上流にあたるところだ。街の喧噪から離れて物思いに耽りたい者が訪れる静かな場所だった。流れる河の水が眺められるように広場がつくられており、人がベンチに腰掛け談笑をしているものの、水の音の方がよほどうるさいくらいだった。

 彼が欄干まで来ると彼女は顔を上げる。

 彼女は挨拶をするよりも早く尋ねる。

「キカは?」

 イディーは苦笑して少し離れた場所を指差した。

 キカが軽く頭を下げて見せる。

「あいつに聞かせても構わないが、まずは俺が始めに確認をしたかった」

「私に?」

「そう。君はいくつだ?」

 彼女は少し吹き出す。

「産まれてから何年かという意味なら十七年よ」

 分かっていたがやっぱり驚く。

 彼女はとても17歳の少女には見えない。自分と大して年が変わらないと思いこんでいたために気付くのが遅れた。でもやはりそうなのだ。

 イディーは少し顔を引き締める。

「君の名前は?」

 ライラは優美に微笑んだ。

「ラティラス・イン・ティナと申します。失礼ですが、貴方の名前をお聞かせ願えるでしょうか」

 揶揄するような声。

 吹き出しそうになるのを何とか堪えて彼女の言葉に返す。彼女もまた自分が誰なのか分かっている様子だった。

「サイディス・ラーディ・エテルナードと言う。貴方の兄上とは懇意にさせて頂いている」

 言い切るか言い切らないかのうちに彼女が吹き出した。

 確かに今更こんな態度を取っていても冗談のようにしか聞こえない。端から聞いていても男女の駆け引きのような言葉遊びにしか聞こえないだろう。まして、彼女が笑い出してしまえばなおのことだ。

 だが、今口にしたことは真実だった。

 本物か、と敢えて問い返す必要はないだろう。彼女と彼の知る彼女の兄とはどこか似ている。顔立ちではなくその雰囲気が、だ。

 彼女は仰々しい口調を止めて言う。

「いつ頃気付いたの?」

「あれだけ情報を流しておいてよくも言う……と言いたいところだが、正直ユリウスの口からラティラスの名を聞くまで繋がらなかった。少なくとも普通の魔法使いではないと思っていたが。君の方こそいつ気が付いたんだ?」

「夜に城壁の近くで会ったでしょう? 最初に違和感を覚えたのはあの時」

「まさか」

 あんな早くから気が付いていたと言うのだろうか。今まで忍んでいる時に国王と気付かれた経験はない。別の何かになりきるのは得意だったのだ。確かに今回は彼女の動向を探るつもりでそれらしい振る舞いをしたこともあったが、まさかその前の段階で気付かれているとは思わなかった。

 蒼白になったイディーにライラは笑う。

「貴方はどう考えても中流貴族のお坊ちゃんが酔狂で傭兵をやっているように見えたわ」

「そう見せるようにしていたからな」

「私が違和感を覚えたのは貴方の気配よ」

「気配?」

「昼と全く同じ強い光の気配をしていたの。普通はどんな人でも太陽と月の影響を受ける。この国は太陽に影響されやすい国だけど、それにしても昼間と全く同じというのはおかしいわ。それで思い出したの。この国にはアレクロフがある」

「これか」

 イディーは背中の大振りの剣に触れた。

 王が持つ剣にしては地味に見える程の剣だ。けれどそれは代々王が受け継いできた剣。イディーは好んで持ち出しているが、本来は王宮の奥に隠されているはずのものだ。式典で持ち出されても見栄えがするように飾られているために正確な形を知っている人間は少ない。「光の聖剣」と呼ばれているためにこの国の人間すらその名前を知る者は少ない。そしてその性質も。

 夜の闇にも揺るぐことを知らない、光の塊。

「サイディスの愛称はサズだから騙されたけれど、イディーというのは賢帝イディアムから来ていたのね。大昔の王様で、その剣の最初の持ち主」

「よく知っているな」

「昔本ばかり読んでいたからね」

 彼女は苦笑する。

「その剣の性質は光。持ち出せるのは王だけ。最初の頃こそ王命で動いている人だと思ったのだけど、キカに何を聞いても貴方のことは‘言えません’の一点張りだったから、逆に確信してしまったわ」

 イディーもまた苦笑した。

「それはそうだな」

 きつく口止めをしていたのが仇になったようだ。

 王の下で動いているだけなら「さる人物の元で働いている」と言えば良いのだ。その「さる人物」が言えないとしてもだ。何を聞いても言えないというのは暗に「さる人物」自身であると言っているようなものだ。

 おそらくキカは彼女が気が付くと確信した上で、イディーと交わした約束を守ったのだ。

 何て奴だ、と思うが、それを好んで仲間に入れていたのは自分だ。

 ライラは不意に表情を引き締める。

「今し方貴方に親書を送ったわ」

 彼は彼女の綺麗な顔を睨んだ。

 不穏なことを話していると言うのにやはり美しく見えてしまうのが不思議だ。

「何を企んでいるんだ?」

「それをむしろ聞きたかったのだけど、あなた、お父様の敵討ちをしたいの?」

「何の話だ?」

 冷静に言ったつもりだが、自分でも分かるほどに声が固かった。

 先王オルジオは表向きには病死という扱いになっている。だが実際そうでないことはイディーが一番よく知っている。あんな不自然に衰弱していく姿は病気などではない。

 だがあの姿を知っている人物はほんの僅かのはずだ。誰かが口外するわけがない。まして他国の人間が知り得る訳もないのだ。王が病死するのは珍しい事でもないが、その大半は何か暗いものが絡んでいると王族ならば当然考えるだろう。

 鎌をかけてきた、そう思ったが、どうやら違うようだ。

 彼女はイディーの前に手紙を差し出す。

「貴方宛の手紙」

「読んだのか?」

「仕方ないでしょう? 呪力封印されているはずなのに勝手に開いてしまったのだもの。読まなくても怪しまれるなら堂々と読んでしまった方がいいわ。言っておくけど、キカも同罪よ」

「……ちょっと待て、呪力封印をどうやって解いたんだ?」

 常識で考えて生半可な魔力で解けるものではないし、解けたとしても中身が無事であることはあり得ない。彼女の口ぶりで言えばそのつもりは無いのに開いてしまったようだ。それは異常なことなのだ。

 分からないとでも言うように彼女は肩を竦めて見せた。

「それよりも問題は中身。こう剥き出しだと信憑性も全く無くなってしまうのだけど」

 苦笑しながらイディーはそれを受け取った。

 つまりは自分が勝手に書き換えたかも知れないけれど、それでも信じられるかという事だ。

 何故だか笑みがこぼれてしまった。

「君に俺を謀るつもりが無いなら信用するよ」

「謀るつもり大ありだけど」

「なら内容を見て決めよう」

 彼は受け取った手紙を開く。

 そこには見覚えのある文字で短い文章が書かれているだけだった。

 内容を見て驚いている暇は無かった。

「!」

 イディーは気配を察して振り返った。

 覚えず剣に手が伸びる。

 ライラも同時に剣を抜いていた。

 いや、抜いていたと言うよりも剣が勝手に湧いて出たという方が正しいはずだ。今まで彼女は腰に短い護身用の剣を付けていただけで、そんな長剣を手に持っていなかったはずなのだ。なのにそれは突然現れた。

 黒塗りの剣。

 あの森で見たものと同じだった。

 それが何かと問いたくもなるが、今はそんな場合ではない。

 がしゃがしゃと音を立てて武装した兵士達が二人を取り囲んでいた。そしてあろうことかイディーに、国王に武器を向けたのだ。

「……お前達、何のつもりだ?」

 低く問いかける言葉に兵士達は無言だった。

 何か事情があり、サイディスではなくイディー・ヴォルムを捕らえに来たのならいい。だが、国王と分かっていて武器を向けているのならばこれは大事になる。目的がライラであっても同様だ。

 無言の兵士達の中から、誰かが歩み出した。

 歩み出た男を見てイディーは言葉を失った。

 そこには同じく武装したデュマ・ディロードの姿があった。


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