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揺らぐ太陽の韻律  作者: みえさん。
第四章 蘇芳の瞳は虚空を揺らし
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「呆れた……二人で城の酒を全部飲み尽くすおつもりだったのですか?」

 酒臭い部屋の中に倒れた兄を見つけた時はさすがに何かあったのではと疑ったユリウスだったが、呻き声を上げる兄からも酒の匂いがぷんぷん漂ってきたためにその心配は兄に対する怒りに変わる。

 怒鳴りつけ、たたき起こし、せめて衣服だけでもきちんと着るように命じ何とか今の状態まで持ってきた。

 机の上にだらしなく肘を突き頭を押さえている兄からはいまだに酒のにおいが漂っている。

「あれはとんだ化け物だぞ。顔色一つ変えずにガンガン飲みやがって。くそ、ペース乱されたな」

「たった二人でこれだけ飲んだのなら、貴方も化け物です!」

「……大声をあげるな、響く」

 げんなりした様子で兄が抗議をする。

 護衛も付けずに傭兵の男と飲み比べをしていた兄の部屋には尋常ではない酒瓶が転がっていた。兄の話によると最初は普通の話をしていたそうだ。何とかして彼に知っている全てを吐かせようと酒を飲ませたがのらりくらりと交わされ次第に話が妙な方向に逸れていった。

 女に興味があるの、無いのの話になり、彼が気になる女がいると言いだし、強いから気にかかっているだけという言葉に「鈍い男だ」と笑った所までは記憶していると話したが、そこから先が曖昧だった。話の内容のおおよそは覚えているようだが、飲んだ量を全く覚えていないのだそうだ。

 城の酒を飲み尽くす、というのは言い過ぎだが、部屋の惨状を見ればそう嫌味を言われても文句を言えない量を飲んでいた。

 ユリウスは息を吐いて水差しから水を注ぐと兄の前に差し出す。

「正体を無くすほど飲むのは珍しいですね」

 兄は差し出された水を飲み干して言う。

「……あれに負けるのはどうにも、な」

「随分気に入ったご様子ですね」

「別に気に入ってなどいない。顔はいいが、いかんせん男だからな」

 サイディスの声音には楽しげな響きが混じっている。

 いつもと大して変わらない口調だったが、相当気に入っていることが分かった。ユリウスの知る限りではここまで兄が気に入っている男は、幼い頃遊び相手だったロデンフォークとティナの三王子セルディくらいしか知らない。顔を会わせて間もない男を気に入るというのは異例中の異例だった。

 兄に会わせる前にユリウスもジンという男に会っているが、傭兵というのにきちんとした男という印象だった。誠実そうでユリウスも好感を抱いた。ここまで飲んだのは相手が国王と言うことで勧める酒を断れなかったのだろうと思う。

 これは後で詫びておくべきだろうか。

「それで、何か用があったのではないのか?」

 尋ねられてユリウスは頷く。

「実は陛下にお伝えすべき事があります」

 十三王子のことだ。耳に入れておかなければならないことだろう。彼の言っていた写本のことも兄が知っている可能性がある。判断を仰ぎたかったのだ。

 彼の来た経緯と話の内容を要約して伝えると、最初は聞くのも億劫だという表情をしていたのだが次第に瞳の奥が奇妙な輝きを帯びていくのが分かった。

 全て話し終えると兄は低い声で尋ねる。

「……十三はラティラスと名乗ったのか?」

「はい。自分は‘御落胤’なのだと」

「ありえんな」

 彼はきっぱりと言い放つ。

「何がですか?」

「十三王子など存在しない」

「確かに今まで噂に聞いたことは殆どありませんでしたが」

「ラティラスというのは女だ」

「……ラティラスというのは男性の名前です」

「ああ、だから余計に記憶している。かの国の三王子はそれを妹と呼んでいた。男の名前を付けられていても妹なのだと言っていた。十三のラティラスがいるとしたら、十三人目の王位継承権を持つ王女ということになるな」

 ユリウスは絶句する。

 ではあの少年は誰なのだろうか。そもそも、彼が送ってきた書簡の封蝋に刻まれた紋章は本物のようだった。彼が偽物だとしたら、どこでそれを手に入れたのだろうか。

「コルダが本物と言ったのならそうなのだろう。あれが何かを企んでいる可能性もあるが、用心深い男がこんな見え透いたことをしてくるとは思えん。奴がはめられたので無ければ、親書は十中八九本物だ」

「では何故本物の王女が来ないのでしょうか。あの国に女性に継承権は無いはずですが、例外というのはどんなところにもあるものです」

 まして三王子と親しくしている王がいるのだ。事情を知っている可能性だって考えたはずだ。ならば女性であっても王位継承権者なら堂々として来ればいい。

 国には隠しておきたい事の一つや二つ必ずある。十三が王女と言うことは知られたくない事柄だとしても、二国間に戦争という含みがあるわけではない。万一に偽物を使ったと判明した時信頼関係が崩壊することを考えれば偽物を立てるなどやらない方がいいことだ。本当に隠しておくべき事なら「十三王位継承者の使い」として来れば良いだけのことなのだ。

 王は薄く笑う。

「この時期にティナの王女が俺を訪ねるのはいい事では無いだろうな。あるいは東方を刺激することにもなりかねない」

 東方、つまりはエテルナード、ティナと肩を並べる大国インディシアを刺激することになる。それは分かる。そもそも王女が他国の王に近付くこと自体、政略的な意味が絡んでくる。昔の王など女はそのためにいると言い切ったものもいるほどだ。お互いにそのつもりが無かったとしても結婚を控えた大国の王に同じく大国の王女が近付くとなると、ティナ王が焦って送り込んだと思われても仕方ないのだ。

 それを危ぶんで男として来たのだろうか。

 兄は髪を掻き上げ立ち上がる。

 ユリウスは心配そうに彼を見上げた。

「動いても平気ですか?」

「酔いなど醒めた」

 言い切った彼に先刻のような気怠そうな雰囲気はまるでなかった。

「だんだん見えてきたな」

「何がですか?」

「十三の目的は知らぬ。だが、奴がここに来ていてわざわざ偽物を送り込んだとしたのなら、十三は相当の切れ者だ」

「すぐに分かるような嘘を付くのですから、あるいは愚者なのかもしれません」

「それもあり得る。だが、俺にはあれの妹がそんなに愚かであるとは思えないのだ」

 三王子セルディの妹。

 ユリウスはセルディのことを正直よく知らない。会って話したことが無いわけではないが、兄のように親しくしている訳ではない。穏やかな人であるのは分かる。王族というよりも聖人という印象の方が強い。だが、兄の話の中に出てくるセルディは知慮のある男。兄妹といっても従兄妹ほどの血の繋がりしかないのかもしれないが、兄がそれだけ言うのだから愚かなようには思えなかった。

 にやり、と兄の口元に笑みが浮かぶ。

「ユリィ、その十三王子はおそらく再びこちらに接触してくるだろう」

「はい」

「知らぬ振りをしてやり過ごせ。あるいはそれも事実王子であるやもしれん」

「では失礼のないように。ジュール卿の耳に入れておいた方がよろしいでしょうか」

 彼は少し考えていや、と首を振る。

「その必要はないだろう。……確認したいことが出来た。市井に降りる」

「では私も」

「いや、お前にはやってもらいたいことがある。頼めるか、ユリウス」

 驚いた。

 兄がこんな風に自分に頼み事をするのは初めてだ。そして兄から告げられた言葉にユリウスは更に衝撃を覚えた。

 当惑するユリウスを見て彼は飄々と言い放った。

「幸運の女神は俺に味方をすると言ったのだ。こんな好機、見逃す手はあるまい」


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