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揺らぐ太陽の韻律  作者: みえさん。
第四章 蘇芳の瞳は虚空を揺らし
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 ライラは木の幹に触れた。

 エテルナードの城下には「ユク」と呼ばれる木が無数にある。城下にある木の殆どがユクの木なのだろう。雄株と雌株とがあり、雌株には今赤い実が沢山付いているはずだ。城下には無いところを見ると全てが雄株なのだろう。聞いた話ではユクの雌株は教会が管理する庭にあり、毎年一回、大祭の時にその果実が振る舞われるそうだ。

 ユクという言葉自体に神聖な意味が込められているため、レブスト教会を信仰する人々は憚って滅多にその名前を口にしない。多くの人が雄株を「緑の樹」雌株を「朱の樹」そして果実を「朱の果実」と呼ぶ。

 伝承を信じる者たちには身近にありながらもとても神聖なものなのだ。

 その中でもライラが今触れている樹は特別なのだろうと思う。街中にある木々の中でも一際大きく、城にも近い。更に、この樹を中心に開けている場所は広場のようになっている。おそらく祭りではこの樹を中心に催し物が開かれるのだろう。樹には負担をかけないようにと意匠を凝らした飾り付けが施されていた。

「随分と古い樹ですね」

 ライラは振り向かずに答える。

「一説にはエテルナードの始まりからある樹と言われているわ」

「知ってます。一度枯れたものを冥界の使いが蘇らせたそうですね。まぁ、創始から存在するのは無理でしょうが」

「そうね。いくら力のある樹でもそれだけ長い時間を生きるのは難しいわね。ティナならともかく、エテルナードの歴史は長すぎるもの」

 ユクの樹の存在は創始からあったのはおそらく確かなのだろう。だが最初の種から芽吹いたものが今の世にまで存在しているのは考えられない。樹から零れた種が芽吹き古い樹が朽ちる前に新たな神木になっていったのだろう。王家と共に世代交代を繰り返しこの国を見守って来たのだ。

 ライラは振り返ってキカを見る。

 彼以外に気配はない。

「イディーは?」

「用があると。そちらもユーカさんとやらがいないようですが?」

「ええ、本当はちゃんとお話出来る状態で貴方に引き合わせたかったのだけど」

「何かあったんですか?」

 ライラは頷く。

「ディロード家に縁のある人達が立て続けに襲われてね。そのことに関して色々調べに行ってもらったの」

 キカは顔をしかめる。

「ディロード家の人間が?」

「そう、この時期だもの。色々ありそうでしょう?」

「そうですね。転換期の一時的な混乱なら良いんですが……」

 がしゃん、と何かが破壊される音が聞こえた。同時に街中から悲鳴が沸き起こる。

 ライラの位置からちょうど人が注目している場所が見えた。人混みに紛れて一瞬だけ倒れ込んだ人の姿が見える。

 殺しだ、とすぐに判断する。

 彼女は視線を巡らせた。

 何かがまるで人に見られないようにするかのように不自然に身を隠したのが見えた。

 追う、と言う意味を込めてライラは叫ぶ。

「キカ!」

「当然です」

 魔法の風が二人を包んだ。

 その力を利用して屋根の上にまで舞い上がる。

 ちょうどその何かの影が屋根から別の屋根へと飛び移った瞬間だった。屋根と屋根との間は数メートルほど。大人の男であれば飛べない距離ではないが傾斜している足場の悪い屋根の上では着地した瞬間足を滑らせるのが落ちだろう。

 だがそれはまるで飛び石の上を飛ぶように軽い足取りで着地をする。

 魔法の気配は感じない。

 こういった場所を飛び回るのに慣れているという印象だった。

「ライラさん」

 キカが指を差し、それとは逆方向に走り出す。ライラはキカが指差した方へと走った。

 それの足は速い。

 だが、魔法を使っているライラの方が断然に早い。

 それの前に回り込むとライラは一気に間合いを詰める。

 顔こそ見られないが肩幅から推測すると成人した男だ。少し小柄な方ではあるだろう。全身を覆うようにかけられた布には怪しげな呪術が描かれている。

 ライラは男を押さえ込む為に懐まで踏み入る。

「!」

 瞬間危険を感じて身を引いた。

 眼前を一閃が煌めいた。

 剣を抜いた瞬間が分からなかった。ライラの顔の付近を鋭い風が通過する。後ろに大きくのけぞったライラは後ろ手を付いた。その反動を利用して男を蹴り上げる。がつん、と確かに男のあごを捕らえていた。だが、

「!」

 暗い目が静かにライラを見下ろしていた。

 ぞっとした。

 表情に人という気配がまるでなかった。

 まるで、精巧に作られた人形。痛みすら感じていないかのようだ。人形の方がよほど表情があるのでは無いだろうか。人間からありとあらゆる感情をそぎ落としたかのような顔をしていた。

 男の肩を魔槍が貫いた。

 ライラは男の腹部に手をかざす。魔法の力が爆発した。

 殺す事は出来ない。だが、逃げる気力も無くなる位に追いつめなければ捕まえることは難しいだろう。いやむしろ態と逃がして後を追って誰かと接触するか確かめた方がいいだろうか。

 そう思った時だった。

 男のかぶっていた布に描かれた呪文が怪しげな光を帯びた。

 嫌な魔法の匂い。

「……!」

 ライラは目を見開いた。

 間に合わないと悟った瞬間、ライラは自分の身を守るためだけに魔障壁を展開する。同時に何か違う力がライラの周りに魔障壁を展開した。

 どん、と爆発が起こり、目の前が一気に煙に飲み込まれる。

 魔障壁を展開したもののその爆風は凄まじく、それでも何とか屋根の上で踏みとどまる。やがて爆風が収まり、煙が少し落ち着き始めると慌てたように駆けつけるキカの気配がした。

「大丈夫ですか、ライラさん」

 ライラはふう、と息を吐く。

「何とかね」

「まさか自爆するとは……」

 屋根には大きく穴が空いている。幸いにもそこに人が住んでいる様子は無かった。それだけがせめてもの救いだろう。

 男の姿は跡形も無くなっていた。

 ライラはきゅっと唇を噛んだ。例え誰であっても目の前で人がいなくなったのだ。気分の良いものではない。それに、怖かった。命に関わる危険が会ったことよりもあの無機質な瞳が怖かった。逃げられないと悟った瞬間迷い無く死を選んだのだ。

 そうするように育てられた者、若しくは誰かに操られていたのか。

「ともかく貴方が無事で良かった。……一端、先刻の場所まで戻りましょう。おそらく生きてはいませんが、襲われた人に関して確認したい」

「そうね。……さっきの、貴方?」

「何の話です? とりあえず、ここの処理は魔術師協会に連絡をしておきます。いずれちゃんと説明をしなければなりませんが、今は」

 ライラは頷く。

 状況を確認するのが先だ。

 これが単純に個人の揉め事ならまだいい。だが、もしも「例のあの男」の仕組んだことに関わっていたのなら。

 見落としてはいけない。

 何一つ。


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