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揺らぐ太陽の韻律  作者: みえさん。
第四章 蘇芳の瞳は虚空を揺らし
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 謁見の許可は思いの外早くに下りた。

 火急にとは言ったものの待たされるのを覚悟していた。だが、申し出てからそれほど待たずして王の方から二人きりで話がしたいと言ってきた。護衛という名目で城内の出入りを許されている立場にあるとはいえ、立場的には「傭兵」のジンと二人きりで話したいというのは異例のことだ。

 無論武器を持つことは許されなかったが、割とあっさりと通された。

 ディロード家の現在の地位がそうさせるのか、それとも王が寛容であるのかは分からないが随分と不用心だと思った。

 この程度ならば隠して武器を持ち込むことも容易い。

 ジンは腰に付けていた剣を控えていたメイドに預け誘導されるままに王の自室へと入っていく。

 数歩踏み入れ、後方のドアが閉められた瞬間だった。

 気配を感じジンは身を低くした。

 ぶん、と頭上を何かが通過した。

「ほう、良く交わしたな」

 楽しげな声。

 ジンはその男を睨む。

 黄金色の髪を後ろで括った大柄な男。簡素に見える服を着ていたがよく見れば細かい刺繍がされている。

 その手には大振りの剣が握られていた。

(この男が、エテルナード国王)

 遠目でならば見たことがある。だが間近で見るのは初めてだった。体格も良く風格もある。威風堂々とは彼のような男を指す言葉だろう。体つきも態度も堂々とした男は戦場で仲間として出会えば心強いだろう。

 だがここは戦場ではない。

 第一印象は‘最悪’だった。

「お前が‘南国の奇剣’と呼ばれる男か。何人も女を泣かせていそうな顔をしている。俺はもっと厳つい男を想像していたぞ」

 男は大振りの剣を鞘に納めながら笑う。

 侮辱とも取れる言葉だった。

 ジンは立ち上がりながら静かに言い放つ。

「顔で戦う訳ではありません」

「当然だ。城内のような魔窟では時として武器にも成り得るが、戦場では何の役にも立たない。慰み者にされるのがおちだ。生き残れるかも知れないがその程度のことだ。……座れ、酒は飲めるか?」

「仕事中ですが」

 国王は手ずからグラスに酒を注ぎジンの前に突き出す。

「一人で飲んでもつまらない。つきあえ、勅命だ」

 随分と安い勅命だ。

 自分がこの男の側近ならばすぐさま諫めていたところだが、立場を考えればここで逆らうわけにもいかないだろう。ジンは仕方なくグラスを受け取る。

「では、お受けします」

 おそらく初めからそのつもりだったのだろう。

 小さなテーブルの上にはお酒とともにつまみまで並べられている。示された椅子に座るとちょうど国王と向かい合う形になった。

 萎縮するわけではないが、どうにもあまり気分が良くない。

 酒宴が始まると国王が先に切り出した。

「ノウラが世話になったようだな。デュマから報告は受けている」

「陛下には心当たりが?」

「まぁ、多少はな。それよりもお前に聞きたいことがあったんだ」

「俺にですか?」

「そうだ。俺の部屋に忍び込んだ不届き者とまみえたそうだな」

 その質問は覚悟していた。

 ジンは表情を変えずに答える。

「はい。結局取り逃がしましたが」

「お前はあの太刀を避けたのだ。相手も相当の手練れと想像が付く。致し方あるまい。それよりも問題はお前達の他に誰も駆けつけなかったと言うことにある。だが、聞きたいのはそれではない」

 国王がグラスを空にしてとん、とテーブルの上に置く。

 ジンはすかさずそこにつぎ足した。

「お前、何故あの呪術に気が付いた?」

「ベッドの下の、ですか?」

「そうだ」

 理由はいくつかあるが、一番はライラが調べていたのを見たからだろう。だが、それを今言うわけにはいかない。彼女が直接名乗れば話は早いだろう。だがそれをしていない以上ジンの口から彼女のことを話すわけにはいかない。

 彼には彼女が自分の立場を隠し動いている理由も意味も分かる。

 捜しているのだ。裏で糸を引く「誰か」を。

 ジンは言葉を選びながら慎重に言う。

「以前同じような呪式を見たことがありました」

「それはどこだ?」

「イクトーラの最下層です」

「最下層? それは罪人の住む場所では無かったか?」

「それ以上はイクトーラの存亡に関わりかねないことです。申し上げることは出来ません」

「無理に聞き出しても良いのだぞ」

 強い視線同士が絡みつく。

 国王の目は誰も信用していない男の目だった。腹の内を探ろうとしているのを隠そうともしない瞳。少し前まで自分も同じような目をしていただろう。この世の全てを憎み誰一人信じられる者がいなかった。自信が信じられるのは自分の力だけ。

 そう思い込み、ひたすら強さだけを求めていた。

 あの頃の自分と同じ気配を感じる。

 今も強さを求めることに代わりはない。

 だが、とジンは小さく笑う。

「自分の身を危険にしてまで隠すほどの恩義があるわけではないんですが、言うことは出来ません」

「……」

「どうしてもお知りになりたいのでしたら、直接イクトーラ新王に尋ねるのがよろしいかと。俺は確かにあの一件に関わりましたが、傭兵として近くで見聞きすることになった程度のことです。滅多なことは口に出来ません」

「ふん、立派な心意気だな」

「傭兵として生きるには必要な事です」

「なるほど、思っていたよりも面白い男だ」

 含んだような笑いにジンは呆れる。

 この男を「暗愚」と陰口を叩く声があるのを知っている。

 暗愚どころではない。この男は相当な狸だ。

 形だけ見れば‘立派に見えるように周りが造った王’のように見える。飾り物で、式典祭典や外交を除けばいても居なくても同じもの。そう見える。だが、その実、甘くない男だろう。

 ジンは‘最悪’という印象から‘曲者’という印象に変える。

「どうだ、お前、傭兵など止めて俺の直轄で働く気はないか?」

「遠慮しておきます。あてもなく旅をしていますが、目的のない旅ではありませんので」

「目的だと?」

「陛下にお話しする程のことでもありません」

 正直に言えば、説明が難しいという方が正しい。

 大きな意味で言えば‘復讐’の一言で片づけられるだろう。だがそれもきっと正しくはない。状況も自分の感情も複雑過ぎて説明ができないのだ。

 その言葉を別の意味に捉えたのか、王は笑んで酒の入ったビンを彼の前に差し出す。

「吐かせてやろうか?」

 ジンもまた笑む。

「望むところです」


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