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どん、クウルの斧の柄が男の鳩尾に入った。
「かはっ!」
男は呻いてそのまま地面に崩れ落ちた。
クウルはしゃがみ込んで男の顔を覗き込む。
「ごめんねー、今のは痛かったよねぇ」
「…………」
「でもでも、女の子には優しくしなきゃ駄目なんだよー」
「…………」
「特にノっちゃんみたいな子によってたかっては良くなかったなぁ」
「…………」
「女の子だってちゃんと戦える子いるけど、ノっちゃんはそうじゃないし」
「…………」
「そもそも、双方合意の上で戦うならともかく、一対多数って良くないよね」
「…………」
「あとね、殺すとか殺さないとか、クーは好きじゃないんだ。だからね……」
「聞こえていないわよ、叔父様」
後方からライラが声をかけると気を失った男にひたすら話しかけていたクウルが全開の笑顔で振り向いた。
目の錯覚か、耳と尻尾が見える。
「ラっちゃん!!」
「大丈夫だった? おじ………」
「ぎゅーーーー」
ライラの言葉は突然抱きついてきたクウルに阻まれ中断される。
身動きが取れないほど強く抱きしめられたライラは、抗議の意味を込めてクウルの腕をぺちぺちと叩く。
ようやくその手が緩められたが、なおも抱きしめられたままだった。
「久しぶりだねぇ、相変わらず可愛いなぁ」
「叔父様も相変わらず」
ライラは苦笑する。
相変わらず突然で激しい人だ。
表向きには公表されていないライラの実母はクウルの妻の姉だ。直接血の繋がりのない叔父だったが、まるで自分の子供のように可愛がってくれる。元々誰に対しても同じように接する人だったが、他の人から見てもライラは彼の息子同様に特別溺愛されているように見えるらしい。
最初はこの距離に戸惑ったものの、こういう人なのだと分かれば抵抗する気も失せる。困ったところはあるけれど、とても気のいい人だ。
クウルはにこにこと笑いながらほおずりをするようにライラの頬に自分の頬をくっつける。
「元気だった?」
「ええ、叔父様も変わりなく」
「うん、俺はいっつも元気だ。ラっちゃんに会えなくて寂しかったけどね。それで、ノっちゃんは?」
「信頼出来る人に城まで送ってもらえるように頼んできたわ。まさか叔父様までこちらに来ているとは思わなかったのだけど」
「あのねぇ、ラっちゃんにお薬届けようと思ったんだー。そしたらね、お城に沢山人が集まっていたから覗いてみたんだ。んで、色々あってー、サズとお友達になった」
「サズ?」
「この国の王様」
「……叔父様ったら」
ライラは激しい脱力感を覚え項垂れる。
おそらくこの国に入ってそれほど経っていないだろう。その間に簡単に城に入り、王と顔見知りになるとはさすがと言うべきか、無茶苦茶と言うべきか。
彼の事だ。相手が国王だろうと構わず話しかけて自分のペースに巻き込んだのだろう。よくその場で無礼だと罪に問われなかったものだ。もっとも、それで態度を改める人ではないし、簡単に刑罰を受けるような人でもない。
とにかくそれでいながらノウラと一緒にいたということは、国王は少なくとも彼の言動を許したということだ。
(器の大きい男ね)
ライラはまだ直接会ったことのないサイディス国王に対する評価を上げる。
「その陛下はどんな方だった?」
「おっきい人だったよ。お父さんも大きい人だったんだってー」
「エテルナードの人は大柄な人が多いから」
「うん。でも俺としてはサズよりもオーちゃんの方が気になる」
「オーちゃん?」
「ミーディル何とか家の三男。名前はオードだよ」
おそらくミーディルフィール家のことだろう。代々主がレブスト教会の大司教を務める家柄だ。
今の大司教はネバ・ミーディルフィール。名前までは把握していないが三人の息子がいると聞いた覚えがある。
「そのオードさんに興味が?」
「うん。ちょっと聞いたんだけどね、オルジオ陛下が亡くなった時、暗殺したんじゃないかって嫌疑をかけられたらしいんだよ。でも実際あったら何かふわふわした人でそんな感じしないし何か変な感じがするなって」
「つまり作為的な何かがある、と?」
「可能性は考えておいた方がいいと思うよ。あと、魔力は普通の人間よりも高い。魔法使っているところ見た訳じゃないからはっきり言えないけど」
いいかげんなようでいてクウルの勘は良く当たる。
オードという男が暗殺した可能性は低いだろうが、疑われたのは確かだ。そして魔力が高いのも確かだろう。そうなると考えられる可能性がいくつかある。魔力の高い男を邪魔に思った者がいるか、あるいはミーディルフィール家の失墜を目論んだものがいるか。
情報が少なすぎて判断が難しい。
だが、燻っている何かを見極める為の糸口にはなりそうだ。
「ありがとう、参考になるわ。……ところで叔父様」
「なーにー?」
「そろそろ放して欲しいのだけど」
「んー、もーちょっと」
クウルはさらに彼女を抱きしめる力を強くする。
「覚えていてね、クーはライラのこと大好きだよ。予言がどうであっても絶対に諦めないからね」
「叔父様」
「だから、困ったことあったらおじさんを頼るんだよ? 俺が出来ることなら何でもしてあげるからね」
「はい」
「うん、良い返事だね。じゃあ、おじさんからご褒美だよ」
クウルはごそごそとポケットを探りライラの手の平に落とす。
小さなビンに入った肉桂色の丸薬と同じように小さなビンに入った白い四角いものだった。
片方は先刻言っていた「お薬」だが、もう一方は角砂糖のように見えた。
ライラは怪訝そうに彼を見上げる。
「これは?」
「お薬と、角砂糖だよ」
「ええ、確かにそんな風に見えるけど、どうして角砂糖?」
「ノっちゃんとお茶会した時にこっそり持ってきたんだ。危ないもの入ってるよ」
彼はにこにこと笑いながら言う。
笑って話す内容でない。ライラは彼を睨め付ける。
「種類は?」
「分かんないけど、人間がすぐ死んじゃうようなのじゃないよ」
ライラはクウルに倒された男たちを見やる。
「となるとこの人達とは別の目的ね。……叔父様、この人達のことは」
「兵隊さんに任せるから、分かったら連絡する。多分、黒幕に繋がるところは出てこないだろうけどー」
「そうね。でも、お願いするわ」
「はい、お願いされました」
クウルは喜々として答える。
「一段落付いたらみんなでご飯食べようね」