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「やっぱりライラの知っている人だったんだねぇー」
ユーカの脳天気な言葉にライラは目眩を覚える。
まさかこんなところで出会うとは思っても見なかっただけに、今すぐ逃げ出したい衝動に駆られる。
まして、寒々しい笑顔を浮かべたジンを目の前にして平常心を保つ自信は無かった。
「あの、お知り合いなんですか?」
ノウラの問いにジンが頷く。
「昔の仲間です。貴女にも色々説明して頂きたいのですが……その前に、何後退っているんだ、お前は」
「ええっと、心の準備が……」
「何が心の準備だ。あれだけ大胆なことをやらかしておいて今更のみの心臓か? 笑わせる」
はん、と鼻先で笑い飛ばされ、ライラは珍しくしどろもどろになる。
悪いと思っているだけに言葉が出ない。
赤くなりながらライラは俯く。
「あれは……その……最初に謝ったじゃないの」
「ばっ……べ、別に、そのことを言っているんじゃない」
「あれ、何だ。にゃはは、ジンってばライラにあらぬ所蹴り飛ばされた人だったんだー」
ジンの瞳がライラを睨む。
「お前……どんな説明をしたんだ?」
「そ、それよりもまず、色々と状況の確認をしましょう。まず確認をさせて頂戴。あなた達、何故一緒にいるの?」
ライラは慌てて話を切り上げようとするように二人に質問を投げかける。
そもそも二人に面識は無いはずだ。
その二人が何故一緒にいて、何故ライラの助けを求める声に応じるように来たのだろうか。ライラが呼んだのはユーカ一人である。
ユーカは口元に手を当てて笑いを含む声で言う。
「色々お話ししてたんだ。ライラが伝言飛ばしたでしょー? そうしたらジンが知り合いかも知れないからって一緒に来ることになったわけ。おごってくれたし、悪い人じゃないみたいだし」
「その理論間違っているわよ」
すかさず突っ込みを入れる。
おごってくれる人がみんないい人という考えは些か問題がある。ジンだから良かったものの、厄介な相手だったらどうするつもりだったのだろうか。
彼女の事だから「その時はその時で」とでも考えていたのだろう。
ともかくジンの補足を含めた彼女の説明ででは、二人はライラがユーカと別れた後に知り合う形になったらしい。
これもまた巡り合わせだろうか。
ライラがノウラと出会ったように、ジンとユーカが出会った事には偶然では片づけられない何かを感じてしまう。
何かの力が巡り合わせる。
ライラはそれを幾度も経験している。偶然では片づけられない事が世の中にはあることを知っていた。
「それで、ライラは何故ノウラ姫と一緒にいるんだ?」
これにはノウラの方が先に答えた。
「助けて頂いたんです。クウルさんと出かけている時に刺客に襲われたんです」
「その時、たまたま近くにいた私が彼女を連れて安全な場所まで逃げたと言うだけの話。ジンは国に雇われた傭兵ではなかったの?」
ライラはジンの胸に付いた紋章を見ながら言う。
銀の装飾品には紋章が刻まれている。そこにあるのは王の兵を意味するものではなく、ディロード家の紋章だ。
城内で彼と出くわした時、彼は確かに城詰めであったはずなのだ。
それがどうしてディロード家の家紋の入った装飾品を付けているのだろうか。
ジンは肩を竦める。
「ちょっと事情があってな。……だから今はお前を捕まえる気などさらさら無いが……何であんな事をしたのか、理由を聞かせてもらいたいな?」
ライラは造り笑顔を浮かべて後退る。
ユーカの後に隠れたい気分だった。
「それはその……ね?」
「何が‘ね?’だ。……お前また危ない事しようとしているんだろう? 何でそう無茶なことばかりするんだ」
最後の方はもう溜息だった。
イクトーラでライラとジンは供に戦った。最初は事情を知らず対立する関係にあったが、事情を知った後は協力をしてくれた。
その時と同じ事を言われライラは身を縮める。
何故だか彼には読まれている気がする。
「ん? あれ? 何だジンってばライラ心配してそう言うこと言ってるんだ? ふぅん? へぇ?」
「……何が言いたいんだ?」
ニヤニヤ笑いながらユーカが言う。
「べっつにぃー? ま、何はともあれさ、敵対するつもりはないって事でいーの?」
ジンが溜息をつく。
「そうだな、無駄に混乱させるつもりはないというのは分かっているつもりだからな。その代わりちゃんと説明はしてもらうぞ」
「そうね、協力してくれるなら話さないこともないわ」
「話の内容にもよる」
「……平行線ですね」
ノウラの言葉にライラは息を吐く。
どちらかが譲歩しなければ話が進まないだろう。
「いいわ。話せることは話す。消し炭の方に‘水の都’という酒場があるわ。ノウラさんにも聞いておいて欲しいのだけど、そこでサファイアというお酒を注文すると店主が‘雨が降りそうだ’と言うから‘13日は晴れて欲しい’と答えて。裏口に回されるからそこで落ち合いましょう。私がいなくても店主が協力をしてくれるわ」
「随分回りくどい事をするな」
「念には念をね。どちらにしても今すぐそっちに移動する訳にもいかないでしょう」
「これからどうするの?」
「まずはノウラ姫を城まで送り届けるべきね。それと出来ることなら王様の耳に入れておいた方がいいと思うわ」
「同感だ。それに関しては俺が引き受ける」
ディロード家の紋章を付けていれば城内は自由にうろつけるだろう。事情が事情だ。主を通じて王との謁見も許可されるだろう。
どちらにしても直接ライラが行くわけにはいかないのだから、ジンがそれとなく耳にはいるようにしてくれた方が助かる。
「お願いするわ。……こんなに切羽詰まっている状況とは思わなかったわ」
「切羽詰まる、ですか?」
不思議そうにノウラが見る。
ライラは頷いた。
「この国の事は少し前から見ていたのだけど、底の方に何か燻っているような印象があったの。それがここにきて急に至る所で火の影が見えるようになってきた。悪いことが起こらなければ良いのだけど」
ノウラが直接襲われた時点できな臭い話に火の手があがったようなものだ。
悪いことは既に起こっている。
ただ、ライラの言う「悪いこと」は最悪の事態だ。百歩譲って王が入れ替わるだけならいい。万一サイディス王とユリウス殿下が同時に倒れることがあればこの国は沈む。
そうなってしまえば最後、この大陸だけではなく世界が混乱をするだろう。エテルナードはそれだけ影響力のある国なのだ。
それだけはどうしても避けなければならない。