1
「んー、やっぱりこっちの方だねー」
ノウラの髪に花の髪飾りを挿して男はうんうんと満足したように頷く。
くちばしのような形をした銀色の髪留めに大きな花のモチーフが付いた髪飾りだった。白く大きな五枚の花弁は中央に向かうにつれて仄かに桃色をしている。金色の髪に挿すには色映えのしないものだったが、彼女の可愛らしい雰囲気にはとても似合う。並べられた髪飾りをいくつか試してみたが細かい細工の施された絢爛なものよりも素朴なものの方が彼女によく似合った。
馬車を改造した店を広げて民族小物を売っている女は四、五十代というところだろうか。肌の色は少し黒く、髪も黒い。エテルナードの人間ではなく旅の商人であることが一目でわかる。
主要の広場の脇に入った通りではこうした露天がいくつも広げられている。祭りが近いためにいつもより人通りも店の数も多くなってはいるものの、こういった光景はさして珍しいものではない。
露天商の女はにこにこ笑いながら言う。
「うーん、そうだねぇ。商売人としてはもう少し高いものを買って欲しいところだけど、お嬢ちゃんにはその方が似合うようだね」
「そ、そうですか?」
ノウラは頬を赤らめて鏡を覗き込む。
その隣でクウルは嬉しそうに笑う。
「うん、似合うよ。おねーさん、これもらうね」
「あいよ、毎度あり」
「え……いいんですか?」
戸惑うノウラに露天商が笑いながら彼女の肩を叩く。
「駄目だよ、お嬢ちゃん。こういう時は大人しく買ってもらうのが女の子の役目」
「そーそー、笑顔でもらってくれる方が俺も嬉しい………んー? おねーさん、それ、どーしたの?」
クウルはノウラを後ろから抱きしめるようにしながら肩に首を乗せた。
過剰なスキンシップに慣れていないノウラは、彼の挙動に驚き赤面するが、彼は全く気が付かない様子で棚を指差す。
彼が覗き込むように指を差したのは並んでいる首飾りの中の一つだった。周りに比べて酷く地味な印象を受けるそれは木製の球の中に一つだけ橙色の宝石を付けただけのシンプルなものだった。
女は指摘されたことに驚いたように目を開いた。
「あんた、これがなんなのか分かるのかい?」
「うん。その石、中央大陸の方じゃないとなかなか取れない奴だよね、珍しいの置いてあるなぁ」
「驚いた、大した目利きだね。でも、悪いが売り物じゃないんだよ」
「そーなの?」
「ここに来る途中旅の男から預かってね、エテルナードに行くなら店のどこかに置いておいてくれって頼まれたんだ。何でも目印だそうだよ」
彼女が言うには男は祭りが終わったらそれをどうしようが自由だと言ったそうだ。勝手に売るかもしれない、持ったまま別の所に行くかもしれないと言うと彼は笑って‘相手の運次第’なのだと笑いながら言った。運が良ければ目印を見つけ、運が悪ければ見つけられない。そう言うお遊びなのだという話だった。
不審に思いながらも了承したのは相手が神職の姿をしていたのと、自分の息子と同じくらいの年齢だったからだそうだ。
「ま、こういうおかしな事を頼まれるのは時々あるからねぇ。多分金持ちの道楽かなんかだろうね」
「そんで律儀に置いているんだ。あ、お金ね。おつりはいーよ。面白いこと聞かせてもらったお礼だよ」
クウルはそう言ってお金を渡すとひらひらと女に手を振って、ノウラの背を押しながら歩く。
戸惑ったように振り向きかけるが、それはクウルの手に阻まれた。
後ろから真剣な色を含んだ声が落ちてくる。
「このまま歩いて」
「え?」
「さっきからじっとこっち睨んでいる奴がいるんだ。多分ねぇ、毒を盛ったのとは違う人だと思うけど、どっちにしても好意的では無いみたいだねー。向こうが保守派ならこっちは強行派みたいな感じかなぁ」
間延びした調子で言っていたが、真剣であることが分かった。
ノウラも自然を表情を引き締めた。
「いーい? 次の角曲がったら抱っこして走るから、そのつもりでいて」
「はい………え?」
一度は頷いたものの、言葉の違和感に気付いて彼を見上げる。
逆光を浴びた彼の顔はいつもと変わらずにこにこと笑んでいる。
抱きかかえて走ると言わなかっただろうか。人を抱えて走るというのは見かけ以上に大変なことだ。ノウラの足はそれほど速くないが、抱きかかえて走るよりは一緒に走った方がよほど早い。
訝っているうちにノウラの身体が浮き上がる。
「!」
一瞬、魔法が掛かったのかと思った。
軽々と抱き上げられたノウラが落ちそうになり、慌てて彼の首元に抱きつくと、まるで彼一人で走っているかのような素早さで大通りを疾走した。
クウルの肩越しに慌てて追いかけてくる男たちの姿が見えた。
剣を腰に下げている男たちは一見旅人のようだったが、その足並みは揃っている。軍人なのだ、とノウラは悟る。
彼はまるで明確な目的があるように大通りを突っ切り人通りの少ない方へと進んでいく。自分たちが付けていることがばれてしまった男たちは最早なりふり構っていられないと言う風に追ってきていた。
「ノウラ・ディロード! 覚悟!」
素早いとはいえ、やはり軽装の男たちの方が足は速かった。迫ってくる男の剣がノウラの方へと向けられる。
(来る!)
覚悟を決めた瞬間、明るい金色が二人の真横を通り過ぎた。
それが何か。
確認する間もなく強い光が炸裂した。
「叔父様!」
凛とした少女の声。
光の中でノウラは地面に下ろされた。
「ノっちゃんの事お願いネー」
「……全く、いつもそうなんだから」
呆れたような声。
細く白い手がノウラの手を掴む。
印象的な翠の瞳。宝石のような輝きを持っている。
なびく金色の髪は淡く黄檗で染めた絹糸のように美しく太陽の光を浴びて柔らかく輝いている。
まるで。
ノウラは彼女と供に走りながらその金色の髪を見つめる。
まるで、夢に出てくるあの少女のようだった。
何度も夢に見ている少女。
白磁のような美しい髪を持った人。
泣きたくなるような美しさ。
持っている色が明らかに違うのに受ける印象が似ている。
あなたは、誰?