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揺らぐ太陽の韻律  作者: みえさん。
第三章 或る王の真影
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14

 王都にあるレブスト教会は国内でも一番の規模を誇る。

 エテルナード王室がレブスト教を信仰している為もあってその地位は高い。表の拝殿は一般に公開され、その建築物の古さから信者だけでなく他教徒達も訪れるため人の出入りが激しい。しかし公開されている拝殿の奥に立てられた「冥王の寝所」と呼ばれる神殿は王城と隣接している為もあって一般には公開されていない。王侯貴族や城内の要職に就く者、教会の関係者だけが出入りを許されているが、神聖な場所であるために王族の婚姻など特別な場合を除いて、神職が清めを行う意外は滅多に人が訪れる場所ではない。

 その神殿を囲むように教会が管理する菜園が広がる。

 朱の果実を初めとして様々な野菜や果物が育てられている。

 この殆どを大司教ネバ・ミーディルフィールが管理していることは教会関係者の殆どが知っている。

「見事なものですな、猊下」

 野菜の葉に付いた虫を殺さぬように取り除きながらネバはにこやかに頷いた。

「この菜園にはレブストの加護があるからね。私は少し手伝いをしているだけなのだよ」

「謙遜なさらなくてもいいでしょう。オード殿など貴方の指先ほどの技量もないと嘆いておられたくらいです。貴方でなければこれほど立派にはなりますまい」

「お恥ずかしい限りです。それにしても武装をしていないフォーク殿を見るのは随分と久しぶりのようなきがするよ」

 穏やかな口調で言われ、フォークは少し肩を竦める。

「私とて神聖な場で帯刀するほど無粋ではありません」

「ああ、これは失礼を」

 くすくすとネバは笑う。

 フォークは方を竦め苦笑いを浮かべる。

 確かに武装していない自分は珍しいだろう。軽装で済ませていても剣を放すことは滅多にない。寝る時ですら自分の身近に置いている。武人の家系に生まれ武人として育ってきたため、そう言う癖が抜けないのだ。

 だが、神殿に入らないからと言って教会の敷地内に入るのに武器を持っているのは気が引けたのだ。式典で警護する必要のある場合を除いて血の匂いのするものを持ち込むのは気が引けたのだ。

「それで、何か用が?」

「ああ、実は少々智恵をお借りしようと。……手伝います」

 ネバが農具の入った箱を持ち上げようとしているのを見てフォークはすかさずそれに手を貸した。

「力だけは有り余っていますので。何なら水やりも手伝いますよ」

「ああ、ありがとう。でも大丈夫だよ、水は風車を動かせば自動的にあげられるようになっているから」

 ネバは教会の敷地の外にある小さな風車を示した。

 今は止まっているが動いている時も何度も見たことがある。

「ははぁ、あの風車はそのためにあるんですね。でも何故二つなんです」

「野菜の水と、朱の果実の水は違う水を使っているのだよ。同じ湧き水でもね、微量元素を多く含んだ水の方が果実が甘くなる。そのために二つ使っているんだよ。野菜には少しその水は強すぎてね、すぐに腐ってしまう」

「なるほど。難しいんですなぁ。ええっと、荷はどこまで?」

「向こうの用具小屋まで頼むよ。それで智恵を借りたいというのは?」

 ネバは息子と言ってもおかしくない年齢のフォークを見つめる。

 立派なヒゲを蓄えた男は実年齢よりもずっと年上に見える。だがその年はネバの三人の息子達よりも下なのだ。

「実は陛下の事なんですが、その……近頃ある女性にご執心でして」

 男の言葉に老人は首を傾げる。

「おや、それのどこに問題が?」

「大ありですよ。相手はノウラ姫ではないんです」

「おやおや、それはまた大変な時期に」

 大変ですとも、とフォークは頷く。

「しかも民間の娘です。この時期でなくても陛下のお立場を考えれば非情にまずいです。遊びにしても本気にしてもまずいことです」

 本気であるのならば後宮に迎え入れることも考えなければならないだろう。だが相手が民間の娘であるならそれは少し難しくなる。どこかの貴族に引き取らせ、体裁を整えたとしても貴族の暮らしに慣れていない娘が暮らすには住みにくい所であり、万一ノウラに子供が無く、その娘に子供が出来たのなら正妃として立つことになりかねない。ある程度の立ち居振る舞いは何とでもなるが、作法を知らない娘がいきなりそのような場所に立たされてはいつボロが出るとも限らない。

 遊びであったとしても、万一子があれば王の血筋を邪険に扱うことはできない。今はいいとしても十数年後に御落胤の騒ぎになるやもしれない。

 どちらにしても王が本気になるには民間の娘というのは大きく問題になる。

「相手の娘は相手が陛下であることを知っているのかね?」

「分かりません。陛下に女性の影がと勘づく者はおりましても、あの方はその、お隠れになるのがとてもお上手で」

 ああ、とネバは笑う。

「そう言えば昔、陛下とかくれんぼをして見つからなくなったと大騒ぎしていたことがあったね」

 フォークは口をへの字に曲げる。

 年齢が近いと言うこともあって、フォークは幼いサイディスの側仕えをしていた時期があった。そのころノウラや城内に出入りする子供を交えて遊ぶ姿をよく見かけていた。その中でもサイディスはこと‘かくれんぼ’に関しては名人的な才能を見せた。当初大人達は子供が「王子」という立場に遠慮して態と見つけないのだろうと思っていた。だが、本当に隠れるのが上手いのだと知るのに時間は掛からなかった。大人達が総出で捜しても見つからなかったのだ。

 降参だから、出てきて下さい、そう言うとようやく彼はどこからか姿を現した。

 そのくらい彼は何かに紛れ込むのが上手かった。

 それはいまだに健在なのだ。

「そう言う訳でして、その娘と接触もできません。どうしたものかと迷っているのです」

「陛下はなんと?」

「はぐらかされるだけです」

「まずは陛下とお話しして、お諫め申し上げなければいけないだろうね。あの方は頭の悪い方ではない。きちんとお話しすれば分かって下さるでしょう」

「そうでしょうか」

「先王陛下の血筋なれば、分からぬお人ではないよ」

 諭すように言われて、フォークは溜息をつく。

 ミーディルフィールの家系は皆穏やかな人間ばかりだ。特にこの一番の年長者であるネバはけして攻撃的な言葉を言わない人だ。

 他の人間が言えば偽善に聞こえることでも、不思議と嫌味に聞こえない。

「頭が痛いです」

「そんなに思い悩むことではないよ」

「いえ、貴族院の者の中には陛下が態度を改めぬのであればユリウス様を玉座へという声が高まっているのです。城内詰めの私がそれを考えない訳でもないのに、教会の貴方は無条件であの方を信頼していらっしゃる。これは恥ずべき事かと」

 いいや、とネバは首を振る。

「何も疑わず唯々諾々と従うだけならばかえってそのほうが問題だよ。疑ってみるのも家臣の務めだろうね」

 ふう、とフォークは深い息を吐いた。

「ありがとうございます、少し楽になりました」

「力に慣れたのならいいのだがね。……フォーク殿」

「はい?」

「貴方にレブストの加護のあらんことを」

 言われてフォークは深々と頭を下げる。


 ただ深く。




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