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揺らぐ太陽の韻律  作者: みえさん。
第三章 或る王の真影
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13

 言った瞬間彼の表情が乾いたのが見て取れた。

 すぐに笑顔を作っていたが、目の奥には冷たいものがある。

「何で俺に?」

「知っていると思ったからよ」

「いや……そう思う根拠を聞いているのだが?」

「あなたの立ち居振る舞いが、少なくとも貴族階級の人のものなのだろうと思ったの。違う?」

 彼は否定とも肯定ともとれる顔で笑った。

「俺がそうだとして城内の何を聞きたいんだ?」

「回りくどい言い方は好きじゃないから単刀直入に聞くけど、ディロード総統閣下ってどういう人?」

「どうとは?」

「最近きな臭い話を聞くでしょう? 彼が簒奪目的で自分の娘と王の結婚を勧めたとか」

 彼は鼻先で笑う。

「それは王族と貴族の結婚の時には良くある噂だな。実際どの国でも王族の婚姻は政略的なものが絡む」

「そうね。私の国でもそうよ。でも、だから気にかかるのよね」

「何が?」

「今まで側室さえ持たなかったサイディス王が何故今頃になってノウラ姫との結婚を決めたのか、よ」

 イディーが瞬く。

 エテルナード王サイディスはまだ幼いと言って良い年齢で王になった。当然当時王后になる女性などない。幼くても王であり、その血筋を残すために結婚の話は度々昇ったはずだ。王が十五、六にもなれば国内貴族だけではなく、政略的な繋がりを求めた他国の王が自分の娘をと申し込む事もあっただろう。

 無論側室であっても「エテルナード王の」という肩書きが加われば相当な影響力を持つことになる。まして正室に子がなかったり、その子供に万一の事があれば自分の子が次の王になる可能性もあるのだ。だから正室でなくても、という申し込みもあったはずなのだ。

 だがサイディス王はその全てを突っぱねて来た。

 一時期男色の噂が立った事もあった程だ。

 それでも尚も側室を迎えることさえも拒み続けた王が、今頃になってノウラとの結婚を持ち出した。

 彼女の年齢を考えると、もっと早くに持ち上がってもおかしくなかった。夫婦の関係があるかは別問題であり、婚姻だけであれば十二、三の子供と結婚するというケースも良くある。

 特に王が幼いという状況であったならば早くに結婚を決め、その親、つまりディロード閣下が後見人として立つというのが普通だ。

 今では遅すぎる。

「噂で聞くにはディロード閣下は前線を退いてもおかしくない年齢だけれど、実際有事になれば第一線に立ちながら指揮を務めるような人と聞いたわ」

「うん、確かにそれは間違いないよ」

「そう言う人がどういう理由で娘との結婚を勧めたのか分からなくて」

「サイディス王が‘娘をくれ’と言ったらしいな。……噂だが」

「それで‘はいわかりました’?」

 イディーが笑う。

「‘承知しました’と言ったらしい。その二言で決まったらしいな」

「二言……」

 ライラは蟀谷を叩く。

 まるでお酒が切れたからもってこいと言われて返事をするような軽さだ。

 一般の男女の当人同士の話でもそんな風に簡単に話が進むものではない。噂が広まる時は誇張されるのが常だ。そんなに簡単な会話でなかったにしても、それでも随分簡単に決まった事なのだろう。

「それ、この国では普通の会話なの?」

「いや、軽く異常だろうな」

「そうよね。キカ、おそらくいるわ」

「でしょうね」

 ライラの言葉にキカが頷き、イディーが首を傾げる。

「いる?」

「野心や思惑あって動いている人は一人二人ではないはず。王は暗愚であるという噂があるけれど、だからといって国を荒らしている訳ではないのはこの国の状況を見れば分かるわ。噂を鵜呑みにしている人の方が珍しいくらい。この状況で玉座簒奪というのは……」

「賢い選択ではないな。王を擁護する連中も多いだろう。特にこの国は創始から王制が続き、王がいるのが当然の国だ。民も王家の血筋以外が玉座に座るのを良しとしないだろう」

 そう、とライラは頷く。

 もしも愚かで国を荒らしているのならば、弑逆したとしても支持する者は多いだろう。だがそうでない場合、例え理由をつけて討ったとしても逆賊の汚名を背負うことになる。

 今の状況で言えばディロード家が王家に加わることが良くないと思う者も多いだろう。だが、だからといってノウラ姫に危害を加えるのも、ディロード当主のデュマを叩くのもあまり良い結果が得られるとは思えない。

 むしろデュマやノウラ姫に取り入る方がよほど建設的だろう。

「それなのに、城下に流れる噂は王やディロード家を貶めようとする噂。その上、ノウラ姫が狙われたという話も聞くわ。それなら簡単なこと、誰か唆している人間がいるのよ」

 おそらく今動いている者全員が一つの目的で動いている訳ではない。複数の人間がそれぞれ別の目的を持って動き始めたのだ。

 この時期に、一斉に。

「不利な状況にも関わらず有利と思わせるような事を囁く訳か」

「ええ。説得力と影響力を考えるとそれなりの地位を持った人よ」

「見当が付いているという口ぶりだな」

「城内の様子を見なければ見当を付けるも何もないのだけど、よく似たケースを知っているのよ。混乱に乗じて何かを企んでいる人がいる」

「早めに手を打たないと犠牲が増える可能性もあると言うことだな」

 彼は険しい表情を見せる。

 状況は悪いだろう。

 おそらく多くが祭りの前後を狙って来る。ディロード閣下を良く思わない側はおそらく祭りで王が婚約を発表する前に片を付けようとしてくるだろう。

 そうなってしまえば遅すぎる。

 混乱を引き起こしている何者かは、その状況を狙って目的を果たすだろう。

「そこでものは相談なのだけど、私ある本を探しているの」

「うん?」

 怪訝そうに見上げる彼にライラは続ける。

「それはこのエテルナードのどこかにあるはず。一番可能性の高いのは王宮、そしてレブスト教会。あなたは、即戦力になる人材が欲しい。違う?」

「なるほど、力を貸す代わりにその本を探すのを手伝えと言うことか。本の為に命を賭けると言うことか?」

「命は賭けないけれど、本気になる価値のあるものよ」

 キカはくっと笑いを漏らす。

「魔法協会の魔法使いさんはそんなもんですよ。知識探求の為の労働は厭わないという奴です」

「耳が痛いけれどそんなところね」

 ふむ、とイディーは思案するように口元を押さえた。

 実際ライラの目的は写本を手にすることだったが、混乱を何とかしたいとも思っている。だが、この国のために動きたいと言ってもイディーは信用しないだろう。ライラは他国の人間であり、一般人と言うことになっている。それがどうしてエテルナードの為に命を張るのかという話になってくる。

 ならば初めから自分の利を教えていた方が早い。

「分かった、多少危険なことになるが、俺が最後まで生き残れたなら最大限協力をしよう」

「貴方は死なないわよ」

 ライラはにこりと笑う。

「同じ目標を持っているのなら仲間よ。仲間は、簡単に死なせたりしない」


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