11
「キカ!」
ライラが叫ぶ、叫ぶと同時に魔槍が放たれる。
それは彼女を通り越し、コルダ・ジュールの方に向けて一直線で飛んだ。
「‘スフォル’!」
コルダが高らかと叫ぶ。
彼の影から緑色の翼を持つ鳥が飛び出した。
召喚獣だった。
それは主に命を与えられるよりも早くキカの方に突進をする。
避けられる距離だっただろう。
だがキカはそれを避けようともせずに次の魔槍を放った。
緑の怪鳥の爪に捕らえられたキカの身体は揺らぎ屋根から滑り落ちるように地面に降り立った。
キカの放った槍はコルダの首を僅か掠め地に突き刺さる。
首元に手をやったコルダは、指先に付いた血を見て笑う。
「……クソガキが、やってくれるじゃねぇか」
「ライラさん、離れて下さい。それは人を躊躇なく殺せる男です」
指に付いた血を舐め、コルダは笑う。
「否定はしねぇが、突然襲ってくるお前にゃ言われたくねぇな」
「人のこと言えないくせに」
後を付けたという理由でいきなり首を絞めてきたのはコルダだ。
自分のことを棚に上げて良く言う。
ライラの言葉は聞こえていただろうが完全に無視を決め込んだコルダは見せつけるようにゆったりとした動作で剣を抜いた。
緑の怪鳥は様子を窺うように彼の頭上で羽ばたきながら待機をしている。
「嬢ちゃん、飼い犬ならもっと頭のいい奴選べよ。誰彼構わず噛みつくようじゃ、飼い主の品性が疑われる」
「別に雇っているわけじゃないのだけど」
はん、と彼は鼻を鳴らす。
「じゃあ嬢ちゃんの騎士気取りか? その火傷じゃ釣り合うようには見えねぇが」
「……」
「その気概だけは認めてやるよ。言えよ、口上くれぇは聞いてやる」
「……の」
「あん? 聞こえねぇなぁ」
「この、裏切り者が!」
憎悪を吐き捨てるような声。
「あ? 裏切り? 何の話しだ」
「破棄されたあの村で生き残ったのはあんたと俺だけです」
「んあ? お前、まさかあいつの……?」
「仇、討たせてもらいます」
「!」
どん、と衝撃があった。
強い力で叩き付けられた魔槍が地面に落ちると同時に爆風と供に凄い土煙を上げる。
コルダが構えの体勢を取ったのがわかった。
次の攻撃が来ればライラも巻き添えを喰らうだろう。この場から離れよう、そう判断した時だった。土煙の向こうから手が伸ばされる。
その手はライラの手首を掴み、こちらへ来いと促すように引っ張った。
キカだった。
煙に紛れるように彼はそのまま遠くへと離れていく。
どのくらい走っていただろうか。
あの場所から随分離れた路地に入ってようやくキカは足を止めた。
さすがに全速力で走っていたためにライラもキカも呼吸が上がっていた。
壁にもたれるようにしてライラは息を整える。
「まさか、逃げる……為に?」
呼吸が荒いために口調が切れ切れになった。
同じくキカも言葉を短く切りながら話す。
「そう、です。……次の攻撃が来ると思えば、防御の態勢に、入ります。その隙をつかなければ逃げられなかったでしょう」
「でも……どうして? 仇と言っていなかった?」
キカは目を細める。
「ええ、仇です。私が師に拾われ住んでいた村は特殊な場所でした。村の人間でなければ簡単に辿り着く事ができない場所なんです」
「……」
「その村がある日襲撃に遭ったんです。皆殺されました。師が私を逃がしてくれなければあの場で私も殺されていたでしょう。……あの村の住人で生きているのは私と、あの男だけです。私はあの男を追ってこの国まで来ました」
キカは火傷の頬を押さえる。
ライラは静かに彼を見上げた。
「あの男には動機があります。この国の、あの地位にいるには、あの村の出身であることを知られるのは不都合なのです。だから知る者全て葬った」
村がどんな場所なのか見当がついた。
隠されていたこと、その村出身と知られれば地位を失う可能性のある場所。
考えればおおよそ見当は付く。そしてコルダという名にどこか覚えがあったのも頷けた。地位が高い者やそれを守護する立場にあればどこかで聞いた覚えがあってもおかしくはない。
ライラは敢えてそれには触れなかった。
「半信半疑なの?」
「え?」
「本気ならばあの場で殺してしまえたでしょう? あなたはジュール卿が首謀者であると半信半疑なのね」
キカが瞬く。
そして頷いた。
「そう……です。俺はあの日、直接あの男を見た訳ではありません。だからもう少し様子を窺ってみるつもりだったんです。ですが、あなたとあの男が一緒にいるのが見えたから……殺されそうに……見えたから」
彼は顔を覆った。
ふう、長い息を漏らし、その場に座り込んだ。
「……巻き込んだと思ったんです。昨日、俺と一緒にいたから、どこかで情報を掴んだあいつが接触してきたんじゃないかと。気が付いたら身体の方が先に動いてた」
「ええっと、ごめんなさい。私、理由は言えないけれど別件で彼に接触をしていて」
キカは顔を上げてくすりと笑いを漏らす。
複雑そうな顔だった。
「そのようですね。……ともかく無事で良かったです。それと邪魔をしてしまってすみません」
「問題ないわ。少し収穫もあったから」
「収穫?」
内緒、とライラは口元に指を押し当てる。
キカは立ち上がり息を吐き少し考え込むようにする。
「どうしたの?」
「……協力、しませんか?」
「え?」
「いくらジュール卿が強いとはいえ、村の住人も腕に覚えのある者たちでした。一人でやれると思えません。協力者がいたんでしょう。俺はあの日、記憶が曖昧な時があるのですが‘シュトリ’という名を聞きました」
「その名前は……」
「協会が追っている男の名です。便宜上、ですが」
知らない訳がない。
むしろ嫌というくらいよく知っている名前だ。
彼の瞳の奥に鋭い色が混じる。
「お嬢も捜しているんじゃないですか? 例のあの男を」