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揺らぐ太陽の韻律  作者: みえさん。
第三章 或る王の真影
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10

 男が消し炭の街に向かっているのはすぐに分かった。

 進む方向にあの薄暗い通りしかないと言うわけではない。ただ、男の纏う気配が異常な程に毳立っていたのだ。まるで仇敵を見つけたような、それでいてどこか落ち着きのある足取り。

 知っている。

 その足音は裏の社会を生きていた者の足音。

 ライラの耳はおそらく他の同年代の女に比べて鋭い。いや、鼻が利くという方が正解だろう。生まれ持ったものが優れていたというのもあるだろうが、生まれてから十七年、経験してきたものが彼女の感覚を鋭くさせた。

 だから男が今は現役を退いているとしても、過去闇に生きた経験のある者だと分かる。

(ジュール卿の上の名前は確かコルダ……どこかで聞き覚えのある気はしていたのだけど、どこだったのかしら)

 同じ名前の人間が世界に一人だけとは限らない。

 似たような名前も含めればエテルナード内だけでもゴロゴロと出てくるだろう。

 不意にライラは目の前にいるはずの男の姿が消えていることに気が付く。はっとした瞬間、首元に何かが絡みついた。

「……っ!?」

「女に尾行られることをした覚えはねぇが」

 後方から笑いを含んだような声。

 ギリギリと首が絞まっていくのを感じた。

「てめぇ誰に雇われ俺を尾行た?」

「……っ!!」

 足下が浮き上がる感覚があった。

 息が詰まる。

 ライラは指を二本勢いよく立てた。

 ばちん、と爆発するような音と供に二人の間で爆発が起こる。

「ぐっ!?」

 勢いに驚き男が怯んだ。

 ライラは身をよじり締め付ける男の手から逃れた。

 ようやく呼吸が出来るようになった喉元から、微かに咳が漏れた。

「くそ、詠唱無しかよ!」

 男が目の辺りを押さえながらライラを睨む。

 ライラもまた咳き込みながら男を睨む。

 鋭い目つきの男だった。文官と聞いていたが武官といってもおかしくはないだろう。その体つきも随分と鍛えられている印象を受ける。

「どこの誰か知らねぇが、随分物騒なモン雇った。オマケに随分と別嬪だ」

「生憎と、誰かに雇われた訳じゃないわ」

「随分と変わった趣味してんじゃねぇか別嬪さん。俺を尾行てどうするつもりだ、ああ?」

 ライラは質問に答えずに呼吸を整えて率直な感想を述べる。

「文官って聞いていたけど随分と口が汚いのね。ええっとチンピラって言うのかしら、そういうの」

 呆れたように男が息を吐く。

「別嬪さん、それで挑発してるつもりじゃねぇだろうな」

「していないわよ、そんな面倒なこと。そもそも本人が気にしていないことを言っても挑発にもならないでしょう? あなたを挑発するつもりなら私ならこう言うわ」

 ライラは言葉を切る。

 興味深そうに男の視線が注がれた。

「十三王子がもたらした情報の何がそんなに気にかかったの?」

 ひゅん、と風を切る鋭い音がした。

 ライラは動かなかった。

 動けなかったと言う方が正しい。迂闊に動けば大怪我を負っていただろう。それが分かったから動けなかった。

 眼前に鋭い刃が突き付けられている。同時に彼女の肩ギリギリをすり抜けた投げナイフが後方の何かに突き立つような音が響いた。

 あの一瞬で二本のナイフを投げ、抜き放ち剣を突き付けてきたのだ。もしも彼の放つ殺気がもっと鋭かったのならば怪我をするのを覚悟で逃げることも応戦する事もしただろう。

 敵愾心は剥き出しだったが殺すつもりではないことは分かった。

 生かして捕らえて話を聞き出そう。そうしているように見えた。

 ライラは微かに唇を歪めて笑う。

「物騒ね」

「そうさせたのはあんたの方じゃねぇか」

 男の顔から表情というものが抜け落ちていた。

 それを見据えて彼女は頷く。

「そうね、まさかこんな強行で出るとは思わなかったけれど。意外と、短気なのね」

 ジュール卿の人と成りを知る者が言えば彼が短気であるのは意外でも何でもないだろう。実際にライラもこうして顔をあわせてみて性格的な面では随分と短気な人であると思った。だが意外と評したのには訳がある。

 あの一瞬は彼自身も無意識のうちに激昂したのだ。

 その結果仕留めるつもりで二本のナイフを繰り出した。だがすぐにそれは利口ではないと思い直し剣を止めたのだ。

 少なくともそれだけの考えが出来る人物だ。

 それが頭に血が上ったからと言ってあんな行動を取るとは、意外と短気という他にない。

「言え。お前は何を知っている」

「十三の事なら誰よりも詳しく。でもエテルナードのことはあまりよく知らないわ」

「お前……精霊返りか」

「ティナの国民の半数は精霊返りよ。気が付かない人も多いけれど。私は……そうね、あなたが思っている意味での精霊返りではないわ」

「つまり十三の補佐役の者じゃねぇと?」

「十三の補佐はケイスナーヴという男よ。ついでに言うとこの国に来ているティナの王族は十三だけ。……まぁ、行方不明の三王子がここの王様に会いに来ているなら話は別なのだけど」

「三王子?」

「友達、だと聞いているわ」

「誰から」

「三王子本人から」

 男の顔に表情が戻ってくる。

 どこか楽しげに、そして先刻とは別の種類の興味を抱いたような顔だった。

 剣は目の前に突き付けられたままだった。

「別嬪さん」

「それ、止めてくれないかしら。容姿の事を言われるのあまり好きじゃないの」

「贅沢なことだ。ならば何と?」

「名前という意味ならライラ。肩書きは魔法使いよ」

「ライラ……ね、いいじゃねぇですか。確かに別嬪さんと呼ぶよりそっちの方が些か似合いな気が」

 不意に彼が後方に飛んだ。

 ライラも反射的に大地を蹴った。

 どん、と言う音と供に二人の間に蒼い槍の形状のものが突き刺さる。

「そいつから離れなさい!」

 怒気を含んだ声。

 ライラは驚いて槍の放たれた方向を見上げる。

 どこかの店の屋根の上。

 そこには二本目の魔槍を構えたキカの姿があった。



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