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揺らぐ太陽の韻律  作者: みえさん。
第三章 或る王の真影
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「まずは第一関門突破って感じ?」

 ユーカは城門から出てきた馬車を見送って‘時間内に食べきったらタダ! 怪獣パフェ’にチャレンジしながら言った。ちょうど上のフルーツ&クリーム地帯を終了した所だ。

 城門から出てきた馬車の中には協力者が乗っていた。

 無事に出てきたとなればおそらく予定通りの話が終わったのだろう。後はエテルナードの動きに期待するだけだ。

「んで偽物登場、城内大にぎわいって事になるわけだね」

 ユーカの問いにライラは小さく笑う。

「まぁ、登場するかどうかはともかくとして、ティナの王族が城内に入った事で動きはあるはず。ちょっと注意して見ていて」

「りょーかい。ライラはマヤ君と合流するの?」

 ライラは首を振って城門の脇の方を指差す。

 ユーカもそちらを向いた。

「あにゃ……人が出てきた」

「年齢、背格好、髪の色……ジュール卿よね?」

 ユーカはアイス地帯に突入しながらパフェ越しに男を観察する。

「多分そうだよ。にしては随分焦って出てきたカンジ。だってあの人、ついさっきまでマヤ君達と会っていたんじゃないの?」

「親書に書かれた通りならね」

 今日城内に招かれたと言っていたマヤは、同時に王の弟の他にジュール卿も同席するという内容が来たと教えて来た。無論、直接聞いた訳ではないのだが。

「会ってすぐ動くってなると……ひょっとする?」

「どうかしら。十三が偽物である可能性を考えて調べに行くのかもしれないわ。ともかく気にかかるから」

「追ってみるわけね。りょーかい。……気を付けなよ。あの人私の送った風の偵察君達に気付いたから」

「ええ、あなたも気を付けて」

 二度目のフルーツ地帯に突入をかけながらユーカはライラを見送る。

 ライラは人混みに紛れるようにして男の後を追った。

 一瞬見えた彼女の視線は鋭く、純粋に気にかかるから追うというだけのようには見えなかった。

 ユーカはふう、と息ついて笑う。

「あれは本気だねぇー。ま、私も本気で食べちゃう……?」

 がしゃん、と音が響くと同時に目の前のパフェが覆面の男に変わる。

「な……」

 一瞬の静まりの後に、客達から耳を劈くような悲鳴がこだまする。

 ユーカは瞬いた。

 今までパフェがあったはずのテーブルの上に男が仰向けになっている。その男がギロリ、とユーカの方を睨んだ。

 男は人質に取るつもりで彼女の方に手を伸ばす。

 刹那。

「何すんのよーー! オッサンのバカァ!」

 ユーカの怒りのフォークが覆面の男に向かって振り下ろされる。

 がつん、と鈍い音と同時に、テーブルが見事にまっぷたつに割れた。

 驚いたのはおそらく男の方だった。

 寸前でフォークを交わし、転がるように逃れた男は一撃で砕かれたテーブルを見て驚愕の表情で彼女を見上げる。

「私の、私のパフェーー!! 後ちょっとでチョコレート地帯だったのに!」

 彼女の叫び声に反応するように辺り一帯に風が巻き起こる。

 その強風はまるで魔法のように渦を巻き始める。

 覆面の男が身構えた。

「止めろ、街中だ!」

 覆面とは別の場所で誰かが高く叫んだ。

 彼女がはっとして正気に戻ると同時に風が少し弱まった。その隙をついて、覆面がユーカに向かって躍りかかった。

 再び悲鳴が聞こえた。

 ユーカは腰元に挿していた鉄の笛を引き抜いた。

 彼女が受け止める準備をし終えるよりも、男が短剣を抜いて襲いかかる方が一瞬早かった。

 しかし、

「無関係の人間を巻き添えにするのは感心しない」

 目の前に、印象的な黒髪があった。

 まだ若く、青い衣服を着た男だった。

 彼は覆面の男が渾身の力を込めて振り下ろしたはずの短剣をいとも簡単に細い剣で受け止めていた。力を込めれば折れてしまいそうな程に脆弱に見えるというのに、その剣は折れる気配も見せない。左に握られたそれは、まるで彼の腕に絡みつくような複雑な形をしていた。

「……すごっ……格好いいー」

 ユーカは率直な感想を漏らす。

 ちらりと黒髪が彼女の方を見る、下がれ、とでも言うように右手が彼女の身体を押す。

「何の目的か知らないが、人を襲うと言うのであればそれなりの覚悟はしているはずだな」

 冷ややかな男の言葉に、ぎり、と歯ぎしりをするような音が聞こえた。

「ディロードの犬が」

 憎々しいと言う風に男が吐き捨てた。

 黒髪の口元に笑みがこぼれた。

 挑発するようでも、自嘲するようでもなかった。

「飼い犬になった覚えはないな」

 ちらり、と男の胸元で丸い銀の装飾品が光る。そこに描かれている紋様に見覚えがあった。

 それは紛れもなくディロード家の紋章。

 犬と呼ばれるからにはおそらくディロード家の私兵。

 ユーカは黒髪と覆面を見比べる。

 覆面が自分を人質に取り優位に立とうとしたのは分かった。そして黒髪がそれを阻んだ。おそらく、二人の争いなのだろう。何らかの理由で覆面は黒髪を殺そうとしていた。そしてユーカは運悪くそれに巻き込まれた。

 素顔と立場を晒している分、黒髪の方が善意あるように見える。まして、ユーカをかばったのだから言うまでもない。

 だが、突然彼女の怒りが突き抜けた。

 考えて見ればパフェを台無しにしたのはユーカの前に突っ込んできた男ではなく、戦っている時に男の身体を飛ばしたであろう黒髪の方なのだ。

「何だか良く分かんないけど、ケンカ両成敗っっ! ついでに私のパフェ返せーー!」

 はっとして黒髪が身を伏せた。

 彼の頭上を凄いスピードで鉄扇が通過する。それはまるで意思を持っているかのように飛び、覆面を切り裂いた。そしてそのままユーカの手元まで戻ってくる。

「あにゃ、片成敗になっちゃった。ってか、覆面くんが覆面じゃなくなっちゃった」

 ユーカの言葉に覆面を切り裂かれた男ははっとして顔を隠す。

 黒髪が笑いを漏らす。

「なるほど、閣下は敵が多い」

「え? 何? 知っている人だったの?」

「行って主に伝えろ。信じることばかりが正しいとは限らない。月の出る日を待て、と」

 男は暫く無言だった。

 だがこれ以上ここにいるのが無駄であることを判断したのか、突然身を翻すと人混みをかき分けて走って消えた。

 それを見届けた後、街中は徐々に落ち着きを取り戻し、やがて壊れたテーブルや散らかったものを除いて元通りに戻っていった。

 黒髪はユーカを振り返って言う。

「巻き込んで悪かった。弁償するからそれで不問にしてくれないか?」

「え? んー、まぁ、取り替えてくれるならいーけど。……勿体ないけど」

 ユーカは店員が片付け始めたパフェの残骸を見ながら言う。

 食べ物を粗末にしてしまってごめんなさい、と手を合わせる。

「助かる。……良くこの辺りの店には来るのか?」

「そーだね、故郷にいた頃も抜け出してちょくちょく来てたかなー」

「少し聞きたいことがあるんだが」

 その言葉にユーカはにまっと笑う。

「いーよ。その代わりアレと、アレもおごってくれる?」


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