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城門から馬車で外に出ると、暫く黙り込んでいた少年がたまらないという表情で吹き出した。
城から出てきた着飾った子供はどう考えてもどこかの国の貴族か王族だ。それには不似合いなけたけたという笑い声を知らぬ誰かが聞けば不審に思うこともあっただろう。生憎、馬車を操る従者も、少年の付き人として城内に入った男も事情を知る者である。
少年の笑い声に銀髪の男は不満そうに言った。
「マヤ、何がそんなに可笑しいのですか」
少年が涙を拭いながら答える。
「だって、お前……嘘すっげー上手いでやんの」
「それはあなたも一緒ではないですか。元々、こんな無茶を企てたのは……」
「ライラだけどさ、話を信じさせるようにあれこれ嘘塗りたくったのシグだろー? 今回は別にばれてもかまわねーってのに、スッゲー作り話。俺、途中で笑い堪えるの必死だったんだぜー」
「笑っていたじゃないですか」
「あ、ばれてた?」
彼はべっと舌を出す。
当たり前です、と男はむっつりとした。
今までティナの十三王子としてユリウス殿下に会っていた少年は、演じていた仮面を外し既に素の彼に戻っている。同様に銀髪の男、シグマもそうだった。
二人はラティラスでもケイスナーヴでもなかった。
本物の十三王子は実際の所王女と呼ばれるべき人だ。名前が男であり、ティナに女性の王位継承権は無かったために男と思われているのを利用し、彼らが代わりに城内に入ったのだ。
少年はラティラスの従兄になる。男は少年の母で「竜王」と呼ばれる人物に仕える者であり、今は故あって少年の護衛をしている。
彼らは人ではなかった。人とよく似た形を持っているものの、その本質は竜である。本来人との接触を殆ど持たず竜の谷と呼ばれる場所で暮らしている。それ故に、人の中には竜族の存在自体信じていない者も多い。だが、彼らは竜族であり、見かけ通りの年齢でもない。
人であればもう子供を持っていてもおかしくない年齢の少年は、その外見によく似合った子供らしい笑いを笑う。
「あー、でも、結構楽しかったなー。ん、シグー、お前不満そうな顔してんだよ」
「あんな茶番はもう十分です」
今回こんな茶番を演じたのはラティラスたっての願いからだ。彼女の目的は写本を捜し燃やすこと。王の弟ユリウスに話したことの中でその下りは間違いなく真実であった。そして写本を捜しているという男のことも真実。イクトーラの件も、多少端折って説明をしているが真実であることは間違いがない。
真実ではないのはラティラスの母親のこと、そして、彼らの身分について。
「そもそも、何故私がこんな事をしなければならないのですか」
「何だよー、今更それ言うのか? お前、俺のやることに協力するんだろ?」
マヤと呼ばれた少年は口を尖らせて言う。
淡々とシグマが答える。
「あなたに危害が及ばぬ限りは助力を致します。それが竜王陛下のご命令ですから。私が申し上げているのはですね、マヤ、何故あの娘が城下に居るのにも関わらず我々がそのふりをする必要があるかと言うことです。……イクトーラの一件のようにあの娘が潜む必要があるのなら分かりますが、今回はその必要もない」
「だからー、ライラは男だって思われてるんだから、前みたいに俺がそのフリしてたほうが早く王様とかに会えるだろ?」
確かにティナの王位継承権を持っていますと女が訪ねてきても相手は納得しないだろう。
ティナに女の皇族の王位継承権がないのは知られすぎている。
「王にまで我々の話が行っていたらあの場で捕らえられていた危険もあることでした。かの王はおそらく十三王子が女であることを知っている」
「でもさ、ライラが予測した通り、王様まで話がいかなかったみたいだよな、何でー?」
「それは、おそらく王を護るためでしょう。この国は大らかに見えて警戒心の強い人間も相当多い」
「それって俺等が王様の命狙っている刺客だとか思われたって事?」
はい、とシグマは頷く。
分かりやすく説明をするように少しゆっくりと話す。
「あの手紙の文面からはそうと取られても仕方がないでしょう。あの娘が一度城内に潜入した時点で相手に警戒心を抱かせているはずです」
「んー? あれだって、目的別だろう?」
「それも兼ねてのことでしょう。竜王陛下の血筋というだけあって、とても智慧の高い者ですから」
「あ、珍しい、褒めてやんの」
声を立てて笑うマヤを、シグマは不満そうに睨む。
彼が誰かを褒めるのは珍しいことだ。もっとも、彼にしてみれば「竜王の血」を称賛したのに過ぎないことだが。
「あの二人は写本について何も知らない様子でした。ですが、もしも王の耳に伝わり、あなたが偽物だと分かれば写本の在処を知る者が動くかもしれない」
「ああ、アレだな、絶対分からない場所に隠しておいたお菓子でも欲しがっている奴がいるって聞くと、不安になってお菓子の場所を確認したくなるってやつ。んでもって隠し場所がばれて盗まれるんだよなー」
「……お願いですからもっとマシな例え方をして下さい」
シグマは盛大に溜息をつく。
真理として言っていることは同じであったが、一方は写本とはいえ世界を滅ぼしかねないもので、もう一方は普段普通に口にするものだ。その重要性も価値も違いすぎる。マヤはどちらも重要なものだ、と言い出しそうだが、一括りにされるとどうしても危機感が薄れてしまう。
「お前なー、おやつの重要性を甘く見るなよ」
「私にはその重要性というものはまるで分かりません」
「お前もたまには甘いモノを食べろよ。そうすりゃそのぷんぷん治るかもしんねーぜ」
「……私は怒ってなどいませんが」
「どうだかなー、お前いっつもこーんな顔してるし」
言ってマヤは自分の目を横に引き延ばしつり上げる。
シグマは無言でマヤの手を取り彼の膝の上に戻す。そう言う行動は慎みなさい、と窘めているのだ。
彼は脱線した話を元に戻す。
「不安を扇ぐくらいの事なら、あの娘が自ら名乗ったところで同じだったでしょう。確かに早く謁見したいという気持ちは分かります。ですが、我々がどうしても必要な理由が理解出来ない」
「ん? つまりライラには別の目的があると言うこと?」
「さて、そこまで頭が回るでしょうか」
「さっき褒めた癖に」
からかうように笑いを浮かべてから、不意にマヤは真剣な表情に戻した。
「それより、シグ、お前大丈夫か?」
「何がですか?」
「顔色悪い」
「元々こんな顔色です」
彼は表情を変えないまま言う。
その顔色は青白い。彼が言うように色素の薄い彼は元々そんな顔色をしている。顔色が悪いと言われても他の人間には普段と変わらないように見えるだろう。
マヤはふう、と諦めたように息をつく。
彼の性格をよく知っているマヤは、こういう物言いをする時いくら追及しても真実を話さないことを知っている。倒れそうな程であれば殴ってでも休ませるところだが、それほど切羽詰まった状況ではなさそうだった。
「まー、いいけど。無茶はすんなよ?」
「それはこちらのセリフですよ」