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揺らぐ太陽の韻律  作者: みえさん。
第三章 或る王の真影
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 話を聞き終えてユリウスは戸惑った。

「ちょっと待って下さい、それではその写本があの国にあったためにイクトーラ先王が身罷り、その姉君も亡くなったと?」

 今までまるで信じていないという態度を崩さなかったコルダでさえ、彼の言葉に唖然とした。

「正確に言えば、写本があることで惑わされた人間の心によって先王が翼岩に飲み込まれ暴走し、それを止めるために姉君が命を落とされたのです。人がもっと智慧のある生き物であればあるいは変わっていたのかも知れません」

 皮肉を込めるように銀髪が言った。

 彼の話によればこうだった。

 十三王子の母親は魔法協会で一冊の写本を手に入れた。それは太陽の法、即ち地上に太陽を落とし世界を造り替えるという禁断の魔法「恒星落陽」が記された書物であった。過去に何が起こり、幾度恒星落陽が起こされたか、それにより何が変わりどれだけのものが犠牲になったかが記されていたと彼女は友人に話したという。

 彼女がどこまで読み、何を知ったかは分からない。彼女は、その写本を狙った者により殺されたのだと彼らは話した。ただ、彼女が唯一残した手紙に‘写本は誰の手にも渡してはいけない、この世から消し去るべきだ’という文章があったという。

 十三王子は始めそのことを信じた訳ではなかったそうだ。

 ただ、母親が殺された事を知りその敵である男を追ってティナを出奔、イクトーラまで辿り着いたのだという。

 そこで、彼らはイクトーラにもう一冊の写本があること知ったという。

 写本を手にしていたのはイクトーラ先王。

 魔術のかかった書物は生き物であり、それ自体が魔法であるが故に、読み解くことは難しく、魔法の心得のあまり無い彼には到底読むことが出来ないはずだった。だが、ある男が王に入れ知恵をし、それによって写本の一部を読んだ王はとんでもない勘違いをしたのだ。

 世界を造り替える、それは自らが神になること。

 王はそう思いこみ「恒星落陽」を引き起こそうとした。だが、古来よりイクトーラを護り続けた翼岩がそれを阻んだのだという。王を取り込むことで恒星落陽を止めようとしたのだ。だが、耐えきれず暴走を始めた。それを命を賭して止めたのが王の姉君であるのだという。

 俄には信じられないことだ。

 だが、嘘を付くのならもっとマシな嘘を付くだろう。

 あまりにも突飛であるために逆に作り話には思えなかった。

「その、王に入れ知恵をした男というは……まさか」

「そう、母の敵だよ」

 言って少年は唇を噛んで俯いた。

 よほど無念だったのだろう。

 今まで視線を逸らすことをしなかった彼が初めて目線を外し口元を押さえているのだ。話すことが出来ない様子の彼に変わって銀髪の男が言う。

「その男が、今この国にいる可能性があるのです」

「それは何故です?」

「この国に写本がある確立が高いからです。イクトーラの写本は殿下の手で燃やされました。けれど、あの写本は、禁書を写し取ったほんの一部分。殿下の母君が手にされたのも僅か一部です。おそらく始めにあった禁書を写した本がバラバラになり各地に散らばった結果、様々な場所で写本が見つかるのだと思います。男はおそらく……」

 彼の言葉はコルダが受け継いだ。

「写本を全て集め、禁書と全く同じものを完成させようとしていると?」

「その通りです」

「だが妙な話じゃねぇですか。その写本とやらは最近出回った物じゃないでしょう。ラティラス様が燃やしたというのなら、過去に燃やされた本もあったでしょう。それじゃあ今更完成させるも何もあったもんじゃない」

 これに答えたのは王子の方だった。

 彼は気丈に答える。

「写本は生き物だよ。実際に人間みたいに立って歩くわけではないけど、魔法で作られた生き物は簡単に死ぬことはない。普通の本みたいに簡単には燃えない」

「ではどうやって?」

「ティナの十三は燃やす方法を知っている」

 まるで他人事のように王子は言った。

 この言い方は拒絶だ。

 教えることは出来ないと言っているのだ。おそらく母親が残したという手紙にその方法が記されていたのだろう。話せば止められるほどの危険な方法なのか、あるいは母親の復讐の為に彼自身の手でやり遂げたいのか分からなかった。

 難しい表情を浮かべたままユリウスは言う。

「男がこの国に来ている可能性があると言いましたね? あなたがここを訪ねたのはその男を捜して欲しいという要請ですか?」

 いいや、と十三は首を振る。

「出来るものならそうして欲しい。けれど、男は……便宜上シュトリと呼ばれている男なんだ」

「シュ……トリ?」

 反応したのはコルダだった。

 滅多に焦りや不安を表に出さない男が、酷く狼狽をし青ざめていた。

 ユリウスが怪訝そうに彼を見る。

「ジュール卿、その男が何か?」

「いや、少し噂に聞いたことがあるだけですよ。とても強い者で……他人になりすますことが得意だと」

 ユリウスはこんな風にコルダが言葉を濁すのは初めてだと思った。

 彼が聞かれたくないことを聞かれた時、まるであらかじめ答えを用意していたように巧妙に嘘を付くか、気付かれないように上手く誤魔化す。

 だが、今のコルダは明らかに何かを隠したような素振りを見せたのだ。まるでこんな時にこんな相手からその名を聞くとは思ってもいなかったと言うような驚いた表情すら浮かべている。

 彼の普段を知らない彼らは、その態度を不審にも思わなかったのだろう。銀髪の男は頷いて続けた。

「その男は姿を変える名人です。便宜上シュトリ、男と呼ばれているだけで実際の性別も名前も不明です。それ故に一度紛れ込まれてしまえば見つけるのは至難。我々の目的はその男よりも先に写本を手に入れ燃やす事です」

「男を見分ける手段はないのですか?」

「身体のどこかに魔条痕があると言われていますが、この世には魔術で刻まれた傷を持つ者は多い。僅かな人間の中であるなら、おそらく見分ける手段にはなりますが、捜すのには」

 それもそうだろう。簡単に見つかるようならばティナ本国が各国に要請し、男を捜すように言っているだろう。

 魔条痕という特徴だけでは見つけ出すのは難しい。

 王子が同意するように頷いて言う。

「だから僕らは男を見つけるよりも、先に写本を見つけた方が早いと思っている。写本は強い魔力を秘めたもの、魔法学の権威か王宮……エテルナードで言えばレブスト教会と言う可能性もある。その中から、写本を捜してほしい。若しくは捜すために王宮内を歩く許可を」

 難しい話だ。

 話によれば写本の形質は一定ではない。本の形すら成していない可能性もあるという。元々「魔法書」というのは必ずしも本の形ではないことくらいユリウスも知っている。

 となれば少しでもそれを知っている人間に捜してもらうのが早い。

 だが、それが真実であると信じてしまって良いのだろうか。無論真実であるのならば一刻を争うことだろう。

 それでも、仮にも他国の王族を城内に招き入れて良い物だろうか。兄の命が狙われているという、この時期に。

 その迷いを察してか、銀髪の男は少し頭を下げた。

「こういう話です。すぐにお返事をと言うのも無茶な話でしょう。我々は暫く城下に滞在します。……なるべく早くお返事を下さることを期待しております」



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