6
「もう来たとは……随分と急ぎのようじゃねぇですか」
廊下を急ぎ歩きながらコルダは感想を漏らす。
同様に急いで進むユリウスは髪の乱れを整え彼の隣に並んで進む。
使者にこちらもお会いしたいという旨をしたためた手紙を託すと、すぐにでも会いたいという返戻があった。急ぐような態度を隠しもしなかった。普通「殿下」と呼ばれるだけの立場の者同士が会う場合、いくら個人的という話であっても少なくとも準備に半月近くかかるものだ。
だが相手は会えるのであればすぐにと言ってきた。
滞在日数などの向こうの都合なのかそれとも早く会って話をしなければならない事情があるのかは分からなかった。どちらにしてもこの機会を逃せば会えるのは祭りの後になりかねないためにユリウスもその急ぎに応じる形となった。
「やっぱり城下にいたようだね。個人的にだと言われたから私の友人として通ってもらっているけれど」
「それで良いんじゃねぇですか。陛下には何か?」
「伝えていないよ。まずは会ってから判断するべきだと思う。そうでなくても兄上の周りできな臭い話が多くなっている」
はん、とコルダは鼻先で笑う。
「本人は涼しい顔してますがね」
自分の命が狙われていると分かっていても涼しい顔で生活している。逃げることも隠れることもせずにただ当たり前のように出歩く。
肝が据わっているのかそれとも単純に馬鹿なのか。判断は困るところだろう。
未だにその命が繋がっていることを考えると悪運だけは相当に強い。
「ともかく十三のお顔を拝ませてもらおうじゃねぇですか」
応接室の前まで来ると、ユリウスがまず先頭に立った。その後ろに控えるようにしてコルダも立つ。兵士が到着の旨を応接室で待つ十三王子に伝えるように宣言をすると同時に別の兵士が戸を開いた。
応接室に待っていたのは優美に飾り立てた少年と、銀色の髪を持つ男だった。
少年がソファに腰を下ろし、男が後ろに立っている所を見ると少年の方が十三王子なのだろう。十代半ばというくらいだろうか。想像していたよりもずっと若い。子供とも呼べる年齢で会ったために正直驚いた。
ティナ人の黄檗色ではなく赤茶けた髪、赤の勝った茶色い瞳を持っていた。彼は気の強そうな物怖じしないような瞳をユリウスに向ける。王族や貴族の子供特有の自信に満ちた態度だった。
対する銀髪の男は従僕として仕え慣れているような印象を持つ。だがその表情は硬く、緊張しているのか、この訪問が不本意であるのか主同様に強い眼差しで睨むように見ていた。
「遠路遙々痛み入ります。私は王佐を務めさせて頂いておりますユリウス・フェデ・エテルナードと申します。こレは……」
「コルダ・ジュール卿。書簡にあった人だね? 堅苦しい挨拶はいいよ。そう言うのが嫌で個人的にとお願いしたんだ」
礼を欠くのはどちらも同じだと言わんばかりに彼は両手を広げて見せた。
言葉遣いはその辺にいる子供のようであったけれど、発音自体は綺麗なものだった。あまり訛りも感じられない。
「僕はラティラス・イン・ティナ。彼は僕の補佐官のケイスナーヴ。どちらも生まれは汚いからね、堅苦しいのはあまり好きじゃないんだ」
ケイスナーヴと呼ばれた銀髪の男は主に対して一瞬何かを言いかけたがすぐに口を噤んだ。
口を挟むなと言い含められて来たのだろう。どこか憮然とした様子にも見える。
「生まれが汚いと言いましたか」
コルダが探るように問いかける。
彼は気にすることなく言った。
「ああ、いわゆる御落胤ってやつだよ」
「十三王子という名前は初めて聞いたんですが?」
「見ての通り、僕はティナ人の外見をしていないからね。今まで僕のような子がティナの王位継承権者にさえ選ばれることは無かった。国では立場が微妙で今まで外構の舞台に立てなかった。……分かるよね?」
言う必要はないだろう、とでも言いたげに彼は笑う。
つまり彼はその外見から隠されて育ったのだ。王位継承は特殊な選定で行われるというティナ王国。他の国ではよほどの乱世でもない限り庶出の者が継承権を得るなどあまりない。他に十二人も継承権者がいながら彼が権利を得たのは理由があるのだろう。
おそらくこの気安い態度を侮ってはいけない。
断りを入れてソファに腰を下ろしたユリウスは彼の瞳をじっと見つめた。
人に阿ることも、頭を垂れることもない瞳をしていた。
「随分とはっきりお話になりますね」
「この髪を見れば誰でも疑問に思う。ならばいっそ初めから明かしてしまった方が楽だ」
きっぱりと言い切る態度はどこかこの国の王に似ている。
誰がどう思おうとも気にすることもない不敵な態度。
彼が本物の十三王子であるか半信半疑ではあったが、身分の高い人間であることは間違いが無さそうだった。
自ら「生まれが汚い」と言い、使う言葉も王族とは思えないものだったが、態度やちょっとした仕草から平民では無いことは分かる。
王宮の奥で抑圧されて育ったために反発心から屈折した態度を取るようになっただけか、あるいは幼少の頃はどこかの中流階級の家で育っていたかのどちらかだろう。
「僕は王位を継ぐつもりはないからね。嫡出だろうと庶出だろうと関係はない。まぁ、この立場が利用出来るならさせてもらうけれど」
「利用、ですか?」
少し戸惑ったが、相手はくすりと笑って捨てた。
「そう、王位継承権でもなければ、こうしてあなたとも会うことも無かった。少なくとも魔法協会から来たというより簡単に門を開いてくれる」
「つまり、王子としてでなく魔法協会の人間として来たと?」
「と、言うよりも僕個人としてだね」
「……、一つ窺ってもよろしいですかね?」
コルダが腹の底を窺うように見る。
「いいよ」
「イクトーラの交代劇に王子も関わっていたときいたんですが、その真偽のほうはいかがなもんで?」
「ジュール卿」
咎めるようにユリウスが言うと、十三は面白そうに手を叩いて笑った。
「すっげーの、俺、あんたみたいなの結構好き」
「殿下!」
この態度にはさすがに銀髪の男が窘めるような声を出す。
だが、王子はなおも笑う。
「一々めんどくさい腹の探り合いするより、ずばっと聞いてくれた方が気持ちが良いだろ? イクトーラの王が変わった時、確かにあの国にいたよ。でもそれだけだ」
「それを信じろと?」
「どっちでも良い。実際ティナ皇族がいたことでかき回す結果になったのは事実だし、疑いだしたらキリがない。これから僕らが話すことはそのイクトーラの件にも関わってくる。……さて、どこから話せば良いだろう」
そう言って彼は居住まいを正した。
これからは真剣な話になる。
そう言われているようにも感じた。
僭越ながら、と銀髪の男が声を発した。
「私がご説明させて頂きます」
冷たい気配を感じる声だった。
「まずは殿下の母君の話からせねばなりません」
「母君様ですか? 失礼ですがその方はその……」
「はい、今はもうお亡くなりになっております。故あって名前を申し上げることはできませんが、ラティラス殿下の母君は産まれは貧しくとも魔法学に深く精通された方でした」