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揺らぐ太陽の韻律  作者: みえさん。
第三章 或る王の真影
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「解雇ー?」

 ノウラとオードに誘われて、遠慮もなく午前の茶会に参加していたクウルは総統閣下の言葉を聞いてお茶請けのクッキーを口に詰め込みながら目を丸くした。

 同じように驚いた様子のノウラが軽く腰を浮かせた。

「そうだ。故に暫くクウル殿一人でノウラの警護に当たって欲しい」

「んー? かまわないけどーノっちゃん連れ出したんなら俺も同罪じゃないのー?」

「お父様、私が無茶を承知でお願いし連れて行って頂いたのです。罪に問われることではありません」

「ノウラ、そう言う問題ではないのだ。彼は昨夜私へ剣を向けている」

 ひゅう、とクウルが口笛を吹く。

 少し手合わせしただけだったが、彼が強い相手との戦いを好む傾向にあるのは分かった。だからといって雇われている身分で上司に対して剣を向けるなど正気とは思えない。上官と言っても別に絶対的に従う義務はないと考えているクウルでさえよほどの事情がない限りそんなことをしないだろう。

 デュマはクウルを一瞥して続けた。

「誘拐未遂、暗殺未遂と罪状を並べても不当であると主張をしなかった。クウル殿に関しては利用しただけと述べている」

「利用ねぇ、された覚えないけどー」

「それで彼は拘束をされているのですか?」

 オードが少し切迫したような声で問う。

 首を振り総統は微かに笑みを浮かべた。

「解雇をしただけだ。彼は今この国に雇われた傭兵ではない」

 ぴくり、とオードの表情が動く。

 酷く驚いたというような顔だ。

 一方解雇をされたことに責任を感じているのかノウラはうつむき、その横でクウルは鼻歌を歌いながらテーブルの角砂糖の入った壺を手元に引き寄せた。

 蓋を開けてクウルはまるで犬のようにくんくんと匂いを嗅ぐ。

 角砂糖を一つ手に取り口の中に突っ込む。

「ねー、デュ閣下ー後でノっちゃんとデートしてきていーい?」

「うん?」

「父親公認なら後で文句言われる心配ないしー、ノっちゃんの気分転換必要だと思うけどー」

 デュマはじっとクウルの顔を見る。

 不作法にテーブルの上でばたばたと手を動かしている彼は子供のような態度だったが、その目の奥に何かを感じ取ってデュマは頷く。

「ノウラが望むのであれば」

「わーい、じゃあ後で遊びに行こうねー。ところでオーちゃんは甘いモノ好き?」

「私ですか? ええ、嫌いではありません」

「んじゃ、紅茶に砂糖たくさん入れる方?」

「いえ、紅茶にはあまり。それがどうかしたんですか?」

「んーん、ジャム入れると美味しいんだよーって話をしようと思って」

 ノウラが少し意外そうな顔で見る。

「ジャムですか?」

「それは先代の時に流行った飲み方だな」

「陛下!」

 驚いて声を上げたノウラとオードが慌てて立ち上がる素振りを見せたが、そのままでいいと止めたのは国王の方だった。

 国王が着る服としては簡易な服装であるが質素というわけではない。むしろ豪華に飾り立てられた服よりも彼に似合っていた。

「先代王は朱の果実を好み、その実で作ったジャムを紅茶に入れて楽しまれた。それが一時市井でも流行ったと聞く。俺の子供の頃の話だが」

 彼はどかりと椅子に腰を下ろすと、ノウラの飲んでいた紅茶のカップを手元に寄せた。

 慌てたようにオードが言う。

「陛下、今新しい紅茶をお持ちしますので」

「いや、これで構わぬ」

「陛下!」

 咎めるような声を無視し、彼は一気に紅茶を飲み干す。

 ノウラが慌てて立ち上がる。

「甘いな」

「砂糖が入っていますか……きゃあっ」

 戸惑ったように答えたノウラの腰を抱き引き寄せると、自分の膝に座らせるように抱きしめた。

「甘いものを好む割に痩せているな」

「お戯れを」

「もう少し太った方が好みだな。これではちゃんと食事をしているのか心配になる」

 王の指先がノウラの頬を撫でた。

 ノウラが緊張したように身を固くし、同時にオードが立ち上がって声を荒げかけた。

 が、その声はクウルの発した空気を壊すような声にかき消される。

「そー言うヘーカは甘いモノ食べるんですかー?」

 一瞬意外そうな表情を浮かべ、次いで笑みを浮かべた国王が答える。

「俺は甘いものはそれほど好きではないな」

「じゃあアレだ。甘いモノ食べない方が体格良くなる」

「それは無いだろう。先代は甘いモノを好んで食べた。そうだろう、デュマ?」

「はい。先王陛下は止めねば一日中食べているような方でした。体格は今の陛下と代わり無いでしょう」

「ふーん、じゃあ体質かぁ」

「あの、クウルさん、国王陛下に対してあまりに気安いのでは」

 慌てたように割ってはいるオードにクウルは不満そうに口を尖らせた。

「えー? ヘーカだから俺敬語使ったんだってばー。俺竜王にだって敬語使わないんだよ?」

 威張る事ではない。

 どうして良いのか判らず額を抑えるオードとは対照的にデュマはその成り行きを静かに見守っていた。否、あまりの態度に彼も反応に困ったのかも知れない。

 当の国王だけが楽しそうに身体を揺すった。

「お前は面白い事を言う。俺のような愚王を竜族の王と並べて量るとは」

「並べて量る? うーん、竜になった時は別にして体格でいうとヘーカの方がずっと大きいかな。シェンもナっちゃんも人の形としては小柄な方だしー」

「誰のことだ」

「シェンは俺の親友で、先代の竜王。ナっちゃんは俺の奥さんで、今の竜王」

「凄いな、お前には竜族の知り合いが二人もいるのか」

「俺も竜族」

「ほう、では俺にも竜族の知り合いが出来たと言うことか」

 楽しそうに言った国王は目に見えて信じてはいない様子だった。

 ただ彼の面白い作り話に乗っただけというだけの口調だった。

 クウルは楽しそうに頷く。

「うん、というわけでー、お近づきの印にー俺のことはクーちゃんって呼んで下さい」

 一瞬黙り込んだ国王に、クウル以外の人間はひやりとした。いくら許しているとはいえ、クウルの行動はあまりにも礼に欠いている。

 だが、次の瞬間、サイディス王が盛大に吹き出した。

 耳元で大笑いされたノウラがびくっと震える。

「実に愉快だ。だがこんな大男がクーちゃんと呼べば気持ちが悪いだけだろう」

「そ? 俺嬉しいけどなー」

「俺が気持ちが悪い」

「んー、じゃあクーでもいい」

 くすくすと笑う。

「ではクー、俺のことは……そうだな、サズとでも呼んでもらおうか」

「サズゥ? へぇ、サイディスの愛称はサズなんだ? なんかイディーって感じだけど、まいっかー」

 サイディスの瞳の奥が一瞬氷のような冷たさを帯びる。

 気が付かなかったのかクウルはにぃ、と楽しそうな笑いを浮かべる。

「んじゃ、サズ、あとで甘くない何か、お土産で持っていくから待ってて?」


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