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揺らぐ太陽の韻律  作者: みえさん。
第三章 或る王の真影
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 酒場を出てからも弟の怒りは収まっていない様子だった。

 ずんずんと先に進む弟を見て呆れたように息を吐く。

 色を好む事くらい知っていることだろう。婚約発表の前とはいえ、こんなにも目くじらを立てる程ではない。

「おい、何をそんなに怒っている?」

「怒ってはいません」

「怒っているだろう。不満があるのならば直に言えばいい。お前にはそれを許している」

 ユリウスは振り返り兄サイディスを見る。

 その蒼の瞳が泣き出す直前のように見えて彼は戸惑った。

「ユリィ?」

「あなたは自分の命を軽んじられている」

「さて、軽く見たつもりはないな」

「御身が狙われているんですよ」

「それにしても俺のいない時に襲うとは下調べが不十分と見える。放っておいても大事はないと思うが」

 違います、とユリウスは声を荒げる。

「そうではないんです。……兄上の寝台の真下に呪陣が描かれていました。呪師に調べさせましたがそれは光の届かない夜、その上で寝た者の命を徐々に奪う為のものです」

「ほう、長い歳月を掛けて命を削るものであったか」

 感心したように言う兄に対し、弟が驚いたように目を見開く。

「気付いて……いらっしゃったのですか?」

「大方何かあるだろうと踏んではいたが、何が仕掛けられているかは気付かなかった」

 だが、確かに寝台に何かあるとは思っていた。眠りというものは元来身体の疲れを癒すものだ。それにも関わらず新月に近い時に限って体力を奪われるような感覚があったのだ。それはほんの僅か眠りすぎたか夢見が悪かったという程度のものだったが、サイディスにとってはその些細な変化が重大だった。

 一度や二度ならば気のせいで済ましたのだろうが、それは繰り返される。よほどソファで眠った方が疲れが取れるのだからあのベッドに何かあると考えた方がいいだろう。

 ならばと眠るのは朝方にするか、新月の時はあの場にいないようにしてきた。

「何故気が付いた?」

「賊を追い払った傭兵の者が、違和感があると」

「その傭兵何者だ?」

「ディロード総統が雇った者で名の売れた剣士と聞きました。兄上もご存じではないでしょうか。南国の奇剣と呼ばれている男のようです」

「南国の奇剣か」

 それは伝承のように古くから良く聞く名前ではない。

 この数年で良く聞くようになった名前だ。エテルナード城下でもよく噂に上るようになった。この大陸の南部にあるサラブから来た腕利きの剣士。高名である故に名を語る者も多くあるだろう。

 本物だろうか。

 偽物であっても、本物であっても、それほどの剣士を雇い入れたのであればデュマに何か思うところがあると考えていい。

(機は熟したと言うことか)

 サイディスは少し考えるように口元を撫でた。

「兄上、ご自愛下さい。せめて誰かお連れ下さい」

「それは討って下さいと言っているようなものだ。城の兵など連れて出れば嫌でも目立つ。お前も単身出てきたではないか」

 彼は歩き始めながら言う。

 その後を付き従うようにユリウスが続く。

 そろそろと早い酒場は店じまいをし、道を行く人間もまばらになっている。行灯の明かりを消しに出た女が一瞬だけこちらを見たが、それが国王とその弟であるとは気付かなかったようだ。

 それでもユリウスは周囲を気にするように声を潜めて言った。

「大事にして貴方を危険にするのだけは避けたかった。……あなたがどこにいても私にはすぐに探せますから」

「これか」

 サイディスは背にある剣を撫でた。

 王位を継ぐ者が継承してきた剣。城内の、しかも要職に付く者でなければ見たところでただ魔法がかけられただけの剣だと思うだろう。だが、この剣は紛れもなくエテルナード王の証。

 そして剣の気配を頼りに探せるのは自分同様に王家の血を濃く継ぐユリウス以外にない。王家の血がその剣の性質を嗅ぎ分ける。

「これが俺の手から離れぬ限り、お前は俺を見つけられるのだな。例え生命が潰えたとしても」

「兄上、ご冗談でもお止め下さい」

「冗談と言えばユリィ、冗談のような噂を聞いたぞ。曰くお前がノウラと駆け落ちをしたそうだ」

 これにはさすがにユリウスも言葉を失った。

 駆け落ちというのは互いに好いていなければ成立しない。確かにユリウスはノウラを好いている。だが、だからといって兄から奪おうなどと思っていない。彼女は王の妻になる人間なのだ。

 その姫君と自分が駆け落ちをしたとは冗談でも驚く話だった。

「どうやらノウラが市井に降りたようだな。同時にいなくなったために噂が広まった」

「え、待って下さい。何故一日でそんなに広まるんですか?」

「面白い噂だからだな。城下全てに広がらないだろうが、情報が集まり易い場所には広まっている」

「誰がそんなことを」

「何の目的かは知らない。誰かが広めたと思って間違いないだろう」

 くっ、とサイディスは笑う。

 真意は分からないが誰かが裏で動いている。城内に情報を漏らす者がある。少なくともそれを誰かに知らせたいように思えた。

 ふと、サイディスはユリウスに聞きたかった事を思い出す。

「ユリィ、そう言えば思い出した事があるのだが、下らぬ事を聞いて良いか」

「え? はい、なんでしょう」

 噂を広めた目的について考え込んでいたユリウスは突然問いかけられ驚いたように顔を上げる。

 それとは無関係の話だったが、兄は気にせず問いかける。

「お前、一晩中魔法を使い続けられるかと聞かれたなら侮辱されたと怒るか?」

 虚を突かれた様子でユリウスは兄を見返した。

 まさかそんな事を聞かれるとは思っていなかった様子だ。

「いえ、怒ることは……あ、まさか兄上同じ質問を魔法使いが二人でいる時にしました? 男女の」

 ああ、と頷くとユリウスは盛大に溜息をついた。

「……あの、兄上、申し上げ難いのですが」

「何だ」

「それはとても下世話な意味になってしまうんです」

「下世話?」

 言いにくそうに彼は口ごもった。

「その、こと女性に対しては非情に良くない言葉です」

 そこまで聞いてサイディスは自分の額を抑えた。

 知らなかったとはいえとんでもないことを口走ってしまったようだ。弟の様子やキカ達の態度から推測するに、おそらくそれには侮蔑の意味も含まれているのだろう。

「兄上、お願いですから少し魔法学について学んで下さい。人を使う立場のあなたでは知らなかったでは済まされない場合があります」

 溜息混じりで言われ、サイディスも頷く。

 本当にライラの言う通り勉強をしなければいけないのかも知れない。


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