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そこは試験会場と言うよりも武道大会の予選会場のようだった。
組み合わせ式の勝ち抜き戦で試合が行われその結果如何で合否が決められていく。必ずしも勝敗で決められている訳ではないようだ。あるものは剣を抜く前から、あるものは戦いに勝利したにもかかわらず不合格を突き付けられる。
人となりを見ているのだろう。傭兵隊の編成でこのような形式が取られるのは極めて珍しい。
渡された番号札231番を手に青年は傭兵志願者達の様子を眺めた。
年の頃二十歳前後と言ったところだろう。黒い髪に、深い碧の瞳を持った青年の面差しはサラブ人の特徴が色濃い。だが、その肌は白かった。殆どの者が褐色の肌を持つ砂の国サラブの者にしては異質だった。無論、サラブ人の中でも稀に白い肌を持って生まれる者はあったが非情に稀であるために生粋のサラブ人であっても混血のようにみえてしまう。母国に居た頃は彼は異質な存在だった。それでも、様々な国から人の集まるエテルナードでは彼の外見はそれほど目立つものでもなかった。むしろここでは浅黒い肌の者の方がずっと目立つ。青年が国を離れてから様々な国を回ってきた彼が肌の色で目立ったという記憶はない。白い肌であるためにサラブ人ということすら気付かれないことさえある。目立つのは、そう、彼の腰に帯びた剣を抜きはなった時。
「へぇ、魔剣使いか。珍しいなぁー」
声を掛けられ彼は振り向く。
金の戦斧を担いだ男だった。傭兵志願者達の大多数ががっしりとした体格であるため、長身ではあるが優男という印象さえ受けるほど細かった。黒髪の青年もどちらかと言えば細身の方だったが、上半身を身体のラインがはっきり出る黒い服で覆っているためか男の方が彼よりも遙かに細く頼りなく見える。青いバンダナをハチマキのように頭に巻きつけ、茶色の髪に様々な飾りを付けたている。何処の国の人間かは分からないが、一見した限りでは強そうには見えない。
だが、と彼は男を観察する。
年齢は自分よりも少し上くらいだろうか。無駄な筋肉のない身体は鍛え抜かれた印象を受ける。明るい笑みを浮かべた彼からは自信と余裕が見て取れた。
おそらく見かけよりもずっと強いのだろうと推測する。
「形状から察するに、寄生型の魔剣だねぇ。そーゆー危なっかしい剣使っている奴は一人しか思いつかないけど、ひょっとして君は‘南国の暗き魔剣’?」
「……そんな恥ずかしい名前になった覚えはないな」
言うと彼はにこにこと楽しそうに笑った。
「否定しないところを見ると、やっぱそうなのか。へぇ、へぇ、思ってたより若いなぁー。名前はえっとー、フィ……? 違ったかな……ジュ………でもないし、何だっけ?」
「ジン・フィスだ」
自分の名前が世間で知られていることは自覚している。南国の剣士、暗き魔剣、様々な別称で呼ばれている事も知っている。だが、まさか名前もうろ覚えの相手に剣の形状だけで言い当てられるとは思ってもみなかった。
碧玉の飾り玉のついたジンの剣は魔剣と呼ばれる類だ。
鞘が封印の役目をしているために抜かなければ魔剣と分からないだろう。それを一目で見抜いたのだから、彼の武器に関する知識は尋常ではない。
面白い男だ、とますます興味を抱く。
男は顔全体で笑顔を作った。
「そうか、ジンちゃんかぁー。ん、覚えた」
「……?」
「俺はクウル、クーちゃんって呼んで下さい」
「………ちゃん?」
ジンは瞬いた。
まさか自分を子どものような愛称で呼ぶというのだろうか。しかも自らもそう呼んで欲しいと言っている。
今までに会った事の無いタイプの人間だ。子供ならばこういう事を言い出してもあまり違和感は無いが、彼の年齢を考えると不思議な気分になる。
本来ならば相手にしない方が良いか、馬鹿にしているのか、と怒るべきなのだろうが、彼の持つ独特の雰囲気と毒気のない笑顔のせいか、溜息の代わりに笑みが零れた。
さすがに初対面の成人男性に対して「クーちゃん」と呼ぶのは躊躇われるが、彼と話すことはそれほど嫌な感じもしなかった。
まるで子供をそのまま大人にしてしまったような天真爛漫な人だ。
「で、何番?」
聞かれてすぐに例の番号札の事だとわかる。
札を見せながら答えた。
「231番だ」
「俺は108番だから……んー、どう考えても当たりそうにないなぁ」
彼は貼り出されている対戦表を眺めながら言った。
「残念だなぁ、君と一度手合わせしてみたかったんだけど」
「それは同感だ」
元々ジンは傭兵隊に入ることを目的で来ている訳ではない。強い人間を集めていると聞き、彼らと対戦するために志願したのだ。むろん雇われることになれば仕事もこなすつもりではいるが正直合否はどちらでも良かった。
それよりも今はクウルの方だ。
どれほどの強さを持っているのか、どんな戦法を取るのか。それを相手にして自分はどれほど立ち回れるのか。それに強い興味を持つ。
対戦表を見る限りでは彼と当たることはまず無い。
「ね、ね、まだ暫く時間あるみたいだしさ、準備運動でもしない?」
準備運動と言ったが明らかにそれは一戦交えようと誘っているのだ。
ジンは腕組みをして答える。
「ここで?」
「軽くだよ。軽ぅーく」
クウルはにこにこしながら斧を壁際に立て掛けた。
身体を揺らしながら闘う準備が出来ていると言うように拳を突き出した。
試験会場で勝手に闘えばおそらく不合格になるだろう。
だが、別に構わなかった。
ジンも剣を抜かずに構えて見せる。
それが合図になった。
先に走り込んできたのはクウルの方だった。身を低くさせ、懐に潜り込むようにジンに接近する。一房だけ長く伸ばされた髪が波打つように揺れた。
(速い)
一瞬の隙をつかれたとはいえ、素早い動きだった。無駄な筋肉のない軽い肉体だから出来る動きだ。
避けるよりも受け流す方が上策だろう。
攻撃を仕掛けてきたクウルの拳を掴みその力を利用して後ろに受け流した。
バランスを崩すこともなく、クウルはジンの腕を軸に利用し真上に飛んだ。刹那、ジンは多々良を踏むように後方に飛ぶ。
今までジンがいたその場所にクウル一撃が加わる。
にぃ、と男は楽しそうに笑った。
つられるようにジンの口元にも笑みがこぼれる。
思った通りだった。
彼は強い。
そして相当の戦い慣れもしている。
実戦とは違い、相手に致命傷を与えないことを前提にした軽い組み手だったが、ここまで興奮する相手は久しぶりだった。
軽く手を合わせただけでも相手がどれほど強いのか分かってしまう。だからこそ、こんな簡単な手合わせでも気分が高揚する。武器を手にした試合だったらどんなに良かっただろうか。
ジンは防御の態勢から構えを変える。
「!」
男の表情が一瞬変化した。
だが楽しそうなのは変わらない。
来い、と挑発するような表情。
ジンはその挑発に乗り地面を蹴った。