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揺らぐ太陽の韻律  作者: みえさん。
第三章 或る王の真影
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「それじゃあ皆の無事を祝して、乾杯!」

 若干呂律の回っていない口調の男が、本日四回目の乾杯の音頭を取ると、同じく呂律の回らない男たちが歓声を上げた。

 どう考えても戦闘に参加していたメンバーよりも多くなった男たちは前後を失うほど飲んでいる。その輪から逃れるようにライラはカウンターの一番端の席に座り、その横にユーカが座った。

「わはひまへおほってもらっへいいほ?」

 口の中に一杯詰め込みながらユーカが問う。もう突っ込む気力がないライラは眉間に寄った皺を伸ばすように揉んだ。

 ユーカの隣に腰を下ろしにこにことしている男がこたえる。

「いーの、いーの。ユーカちゃんの本戦出場祝いも兼ねてだから」

「へんひょはふはへるほ?」

「うん、遠慮なんか必要ないよ。俺と君との仲だからね」

 言葉になっていない言葉を翻訳して答えるイディーは嬉しそうだ。

 ライラの座る場所の後ろで壁に寄りかかりながら立っているキカが不思議そうに訪ねる。

「旦那、何で分かるんです?」

「うーん、これも愛だな!」

「そんなことを言って良く恥ずかしく無いですね」

「……少しでも見直した私がバカだったわ」

 ライラは息を吐いて果実水を飲む。

 彼の戦い方を見て感心した。戦闘中の彼が嘘のように今は最初に会った時同様の姿を見せる。果たしてこれはどちらが本物なのだろうか。

「本当の俺がどちらか迷っているのか。今度教えてやるよ。だから二人っきり……ぐゎっ」

「ストーーーーップ。私の許可無く触っちゃ駄目ーーー!」

「何だそれは! ……痛たたた! 分かったから、ユーカちゃん止めて」

 ライラに近付こうとしてユーカに阻まれたイディーはユーカに耳を捕まれ喚く。

 唖然とするキカを尻目にライラはユーカの飲んでいたものの匂いを確認して嘆息する。

「……誰よ、ユーカにお酒飲ませた人」

「にゃはは、お耳がみょーん」

「痛い痛いって……!」

「酒飲むとああなるんです?」

「うん、まぁ、三分の一の確立で」

「三分の一?」

「後の二回は別のタイプの酔い方をするの。あれはまだマシな方」

「なるほど」

「ところで、何か話したいことがあるんじゃないの?」

 笑いながらイディーの耳や鼻を引っ張っているユーカを出来るだけ見ないようにしてライラはキカに問う。

 彼はお酒を飲んでいない。下戸でもない限り付き合うのが普通だろう。それを飲まずにいると言うことは何かを警戒しているか、目的があるからだろう。自分の側に陣取ったと言うことはおそらくライラが一人になるタイミングをまっているのだ。

 因みにライラは飲めない……と言うことにしておいた。

 キカは小声で問う。

「魔石を精製してどうするつもりなんですか?」

「何のこと?」

「とぼけないで下さい。旦那からあなたがあの森で何かを埋めていた事を聞きました。簡易的な魔法陣を造り魔石が出来るように組んできましたね」

 余計なことを、とライラは呟く。

 イディーには誤魔化しきれると思ったが、まさかあの時の内容をキカに話しているとは思わなかった。森の土に埋めた石たち。その石の持つ力と月迦鳥の魔力を浴びて結晶化をし、一つの強い魔石に変化している。

 ユーカと合流した時点でケイスナーヴに伝言を飛ばしてもらっているから、今頃彼が回収しているだろう。

「彼に言った通り、保険よ」

「何のです?」

「万が一にも魔力を使い果たした時の、ね」

「……物騒な事を言う」

 キカは厳しい視線をライラに向ける。

 暗にそれだけの魔法を使う可能性を意味しているのだ。

 そしてそれは死の可能性をも孕んでいる。

「ねー、ライラ、今日面白い噂聞いたんだけど」

 イディーをいじるのに飽いたユーカがカウンターに戻り、口の中にものを突っ込みながら言う。横のイディーは涙目で鼻をさすっている。

 一応、取れてはいないようだ。

「噂って?」

「あんね、ここの王様の弟と、ノウラ姫が駆け落ちしたんだって」

 ごふ、っとイディーの口元から奇妙な音が漏れる。

 酒を飲もうとして失敗したらしい。

 口元を抑えて苦しそうにむせている。

「駆け落ちって……それは妙な話ですね。ノウラ姫と言えばサイディス王との婚約が決まっていたはずですが」

 キカはちらりとイディーを見る。

 少し咳払いをして気管支に入った酒を追い払いながら彼は答える。

「正式発表は祭りの時だと聞いたな。お前どこで聞いたんだ、そんなこと」

「酒場が中心かなー。結構噂になっているよ。信じている人半分、信じていない人半分ってところだけど。何かお城から同時に居なくなって騒がれているんだって」

 ユーカはライラがさりげなく酒の入っていない物に取り替えたものを飲みながら答える。

「同時にいなくなったのは全くの偶然とは考えられないか? そもそもディロードの娘がそんな勝手をするとは思えないな」

 唸るようにイディーが言う。

 私に聞かないで、とでも言うようにユーカが言う。

「どっちにしても、噂じゃそうなってるの」

「……そんなに早く噂を広めたいのかしら」

「うん?」

「同時にいなくなっただけなら……」

 ライラが言い差した時、ばたんと酒場の扉が強く開かれる。

 入ってきたのはいかにも怒っているという風情の男だった。いからせた肩から赤黒いオーラが出ていると錯覚するほどの怒りを隠そうともしない。騒がしい酒場すら、一瞬にして凍り付いた。

 簡素な服を着ていたが、その明るい黄金の髪は遠くからでも目立つ。彼は真っ直ぐにイディーの方に視線を向けるとつかつかと歩み寄ってくる。

 へらり、とイディーが笑う。

「何か用でもあるのか、弟よ?」

 弟、と言われなるほどと思う。イディーは大柄であり、彼は小柄な方であったが、髪や瞳の色はよく似ている。血の繋がった弟なのだろう。

 にこり、と弟が微笑んだ。

 だがその口調は非常に冷ややかで辛辣だった。

「兄上……賭とは女性を侍らせて遊ぶことですか?」

 そう見えるのだろうか。

 一瞬、ユーカが抗議の声を上げようとするのをライラは口を押させて阻止する。状況は飲めないが兄弟ゲンカに巻き込まれるのは面倒だ。

「この兄が遊んでいるように見えるか?」

「仕事をしていらっしゃるんですか?」

「いや、仕事終わりに飲んでいるだけだ」

 ぴくり、と弟の眉が跳ねる。

 笑顔と丁寧な口調こそ崩さなかったが、内容は罵倒しているようなものだった。

「このクソ兄貴様、一刻も早くその軽い尻あげてお家にお戻り下さい? 怠け者のあなたでも出来る仕事を残してありますからね?」

 人を罵ることに慣れているのかいないのかわからない。

 あまりの言いようにキカが苦笑した。

「帰ってやったらどうです、旦那?」

「う……まぁ、致し方あるまい。ユーカちゃん、また一緒にご飯食べようね」

「はーい、またねー」

「行きますよ、兄上!」

 半ば襟首を掴んで引きずるような状況で弟は兄を運ぶ。

 へらりとした兄はライラに向かってじゃれるような声を発する。

「ライラちゃーん、今度ゆっくり会おうねー」

「兄上!」

「はいはい、わかってますよー」

 仕方ないと言う風情で弟に引っ張られていくイディー。

 一瞬振り向いた弟とライラの視線がぶつかる。

 激しく睨まれた。

 ライラは軽く肩を竦めた。

「……嫌われたかしら」


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